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友達


ほぼ全ての生徒が出席していた舞踏会でリリティアはマリアンヌと学友となる事を命じられた。つまりそれは、学園内でリリティアがマリアンヌと話をする事は、誰にも咎められなくなったという事だった。



舞踏会の翌日、午前の授業が終わった昼休み。勇気を出してマリアンヌのもとへ向かおうとしたリリティアだが、それよりも早く見事な赤髪を靡かせたマリアンヌがリリティアの教室へとやって来た。


「マリアンヌ様……」


リリティアが立ち上がりマリアンヌに呼び掛ければ、マリアンヌはグッと何かを堪えるように唇を噛みしめる。そして腕を組んでそっぽを向きながら声を張り上げた。


「何をグズグズしておりますの?早く食堂へ行かなければ昼休みが終わってしまいますわ!」


それはマリアンヌからの精一杯のお昼の誘いであることが分かるリリティアは、頬を緩めた。


「はい、マリアンヌ様」


二人が食堂で向かったのは、二階にある特別な個室だった。


「ここは、王族の方がお使いになる個室ですよね?」

「ええ、婚約者である私は使用を許可されているのよ。下では皆の目があってゆっくり話せないでしょう」


そう言って席に着いたマリアンヌは、ピンと背を伸ばしてリリティアを見つめた。


「舞踏会での王太子殿下のお言葉。正直、いきなり殿下があのような事をおっしゃって驚きましたけれど……、わたくしは……う、嬉しく、思っていてよ」


顔を背けながら言っているが、赤く色づく頬は隠せていない。一年の時から、ほとんど話す事はなかったけれど、それでも仕事のせいで寝不足の私を休むように言ってくれたり、仕方ないからと言っては授業でペアになってくれた。とても不器用で、でもとても優しい少女なのだ。

二年になってジェイコブに悪役を演じることを命令されるようになってからは、迷惑をかける訳にはいかないとリリティアから距離を取っていたけれど、時たま、心配そうにこちらを見ている視線を感じていた。


「マリアンヌ様が殿下にお願いした訳ではなかったのですか?」

「いいえ、私と殿下はそのような個人的な事で相談するような仲ではありませんもの」


やや寂しそうな様子を見せたマリアンヌは、しかしすぐに顔を上げてみせた。


「ですが、良かったですわ。あなたに改めて、お礼をしなくてはと思っていましたから」


マリアンヌの言葉に、リリティアはギュッと手を握り姿勢を正した。


「マリアンヌ様、実は私、謝らなければいけない事があるのです」

「謝る?」

「はい。実は、私はマリアンヌ様を蛇からお救いした訳ではなかったのです。マリアンヌ様に水をかけるようジェイコブ様から命令されていたのを、ウォーレン先生に助けていただいたのです」

「なるほどね、……うすうす気づいていてよ。あなたの様子は不自然だったし、あのブランザ公爵令息が出てきた時点で、また何か命令されていたのだろうと思ったわ」


マリアンヌの言葉に、リリティアは目を見開く。


「マリアンヌ様は、知っていて、庇ってくださったのですか?」

「わたくしを誰だと思っているの?そのくらい分かりますわ。別に、あなたを庇った訳じゃなくて、ブランザ公爵令息が気に入らないだけですからね!」

「……はい。ありがとうございます、マリアンヌ様」

「まったく、そんな事、わざわざ馬鹿正直に言う必要はないのに、あなたときたら」


プリプリと怒るマリアンヌに、リリティアは穏やかな声で問いかけた。


「マリアンヌ様、一年の時、隣に座ってくださってありがとうございました。私、実はずっと、こんな風にお話をしたいと思っていたのです。……改めて、私とお友達になってくれますか?」

「っ……当たり前でしてよ!だいたい、あなたは前からマリアンヌと呼ぶように言っているのに頑なに言わないんですから!」

「公爵家のマリアンヌ様を呼び捨てにすることなんてできません。でも、そう言ってもらえて、嬉しかったです」


リリティアがそう言って嬉しそうにふわりと微笑めば、マリアンヌは驚いたように口に手を当てた。


「リリティアあなた、そんな風に笑えたのね」

「え?」

「あなたいつも人生諦めたみたいな顔していて、笑った顔なんて見た事なかったもの」

「そうでしたね…」

「……ウォーレン先生の影響かしら?」

「……え⁈」


マリアンヌの言葉に、リリティアの頬がパァっと薔薇色に染まる。


「あら」


リリティアの反応に、マリアンヌは開いた口を隠すように手を添えた。


「リリティアとこんな話が出来るなんて思わなかったですわ」


ニヤニヤとした顔でとても嬉しそうにマリアンヌが笑う。しかしリリティアは、ブンブンと首を振ると俯いて、とても静かな表情で笑った。


「ウォーレン先生は、本当に優しくて、素晴らしい方です。私なんかじゃ、釣り合わないですわ……」


感情を押し込めるようにそう言ったリリティアに、マリアンヌは心配そうな顔をしながらも、追求する事なく雰囲気を変えるように明るく扇を翻す。


「正直、私はあの馬鹿男よりよほどお勧めするけれど……、私たちの身分では、ままならないものですからね」

「ふふふ」

「あら、何か面白いこと言ったかしら?」

「…馬鹿男って、おっしゃっていて。ふふ、内緒ですが、ウォーレン先生も同じ事を言っていたものですから」

「あら、気が合いますわね」


顔を合わせて、クスクスと笑い合う。こんな風にマリアンヌと話せるようになった事が、とても嬉しかった。


「そう言えば、殿下から一つだけあなたに聞いておいて欲しい事があると伺っているの」

「何でしょうか?」

「ウィリアム・ルーベンスという人物について、何か知らないかって」

「どなたでしょう?ルーベンス公爵家には、そのようなお名前の方はいらっしゃらなかったと思いますが……」

「リリティア、あなたまさか貴族名鑑をすべて覚えてますの?」

「あ、いえ、ここ数年のものだけですが」

「安心しなさい、それだけでも凄すぎですわよ。

まあ、私も聞いた事がないし、殿下にもそうお伝えしておくわ」


(誰なんだろう。古い貴族名鑑を調べてみようかしら……)


リリティアは首を傾げるがこの話はそこで終わり、やってきた昼食を食べながらリリティアとマリアンヌは話が尽きる事なくおしゃべりを楽しんだのだった。



それからの学園生活は、まるで世界が変わってしまったように楽しく思えた。授業中や休み時間、一人でない事がこれほど安心できるのだと驚いた。陰口もマリアンヌがひと睨みで撃退する場面が何度もあり、次第に消えていった。


(全部全部、怪盗さんのおかげだわ)


リリティアは、胸の中で溢れるほどの感謝を伝える。あの青空みたいな笑顔に、今すぐに会いたくなった。



***



夏の眩しい日差しが木々の葉にさえぎられ、心地よい風がベンチに座る少女の柔らかな髪を揺らす。

静かに本に視線を下ろしていた少女は、カサリと聞こえた足音に、パッと顔を上げるとふわりと笑みを浮かべた。


「こんにちは、怪盗さん」

「こんにちは、お嬢さん」


二人の週一回の昼休みの邂逅は今も続いていた。ウルティオは、リリティアが楽しそうに学園であった事を話すのを、いつも嬉しそうに聞いてくれる。


その日も一緒に食べようと持ってきてくれたお菓子の箱をお礼を言って受け取ったリリティアは、微かな違和感に気づいて首を傾げた。


「怪盗さん、左手はどうされたのですか?」


いつもお菓子を手渡してくれる左手は、今はダラリとぶら下がったまま動かしていない。


(そう言えば、問題なく文字を書いていたけれど、授業でもいつもと違う右手で文字を書いていたわ。もしかして、怪我を……?)


リリティアの問いに、ウルティオは少し困ったように笑ってみせた。


「あー、少しドジを踏んでしまってね。でも、かすり傷だから心配ないよ」

「やっぱり怪我をされているのですか⁈見せてください!」

「お嬢さんが気にする程じゃないよ」

「お願いします!……駄目、ですか?」


必死なリリティアのお願いに、ウルティオは抗うことができずに諦めたように手袋をとって左手を差し出した。

リリティアが慎重にその手から包帯を取れば、何かで切られたような深く痛々しい傷跡が現れた。その傷に、リリティアは自らの方が痛そうに眉を寄せる。


「一昨日、ガルア侯爵家にウルティオが現れたと聞きました。その時に怪我をされたのですね」

「あはは、その通り。ごめんね、心配かけちゃったかな」


リリティアに心配をかけないようにしているのか、戯けたように笑うウルティオに、リリティアはフルフルと首を横に振った。傷に触れないようにそっと手を重ねると瞳を閉じて、傷が少しでも早く良くなるように一心に願った。


「光よ、この者に癒しの加護を」


温かな光がリリティアから溢れ、ウルティオの左手を包み込む。リリティアの必死な横顔が幻想的な光に照らされる。

光の粒子が消えると、その手の傷はほぼ塞がり薄い傷跡が残るのみとなっていた。


「ありがとう、お嬢さん」


ウルティオが感謝を伝えると、リリティアは心配そうにウルティオを見上げる。


「痛みはどうですか?」

「もう嘘みたいに無くなったよ。君の力は凄いな」

「良かった……」


リリティアは瞳を潤ませて大きなウルティオの手をキュッと握る。


「ごめんね、お嬢さんにわざわざ光魔法を使わせるほどじゃ無かったんだけど」


ウルティオの言葉に、リリティアはブンブンと首を横に振る。


「いいえ、私、嬉しいんです。やっと少しでも怪盗さんのお役に立てました」


本当に、本当に嬉しそうに笑うリリティアを、ウルティオは眩しそうに目を細めて見つめた。淡く薔薇色に染まったリリティアの頬に、そっと伸ばしそうになった自分の手をハッとしたように握りしめ、ウルティオはいつもの戯けた笑みを浮かべてみせた。


「ありがとう、お嬢さん」


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