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舞踏会に向けて


初夏の日差しが木々を眩しく照らす昼休み。

小さな小花が寄り添うように咲く裏庭のベンチには、心地よい風にふかれながら話をする二人の男女の姿があった。



マリアンヌの件の後、リリティアはウルティオがどこかから調達してきた新しい制服に着替え、泥を落としてから早退した。リリティアがジェイコブやカスティオン侯爵から傷つけられないようにとひどく心配したウルティオからの指示だった。

ウルティオから言われた通り、早退してきたリリティアに詰め寄った侯爵に、リリティアはジェイコブからの指示通りにマリアンヌに水をかけたが、たまたま蛇がいたためにリリティアが助けた事にされている事。ジェイコブから突き飛ばされた際に足を捻ったため教師から念のため帰宅するよう指示されたと報告した。

思った通り、ジェイコブからの指示に従っていたリリティアの報告内容に問題は無いと考えたのか、役立たずと罵られるだけで済んだ。

公爵邸で苛立ちから騒ぎ立てていたジェイコブはブランザ公爵から注意を受けたらしく、さらに勘違いで勇敢な行いをした婚約者を突き飛ばしたとして白い目で見られるため、公爵邸でも学園内でもリリティアに突っかかってくることがなくなったのだ。

一時的なものであろうとも、リリティアにとって今はとても穏やかな時間が流れていた。





「怪盗さんは、お仕事の時はいつもそのお屋敷の人に変装するのですか?」


ベンチに座るリリティアの手元には、図書館から借りてきた昨日の新聞。その紙面には、怪盗ウルティオがとある侯爵家の家宝の宝石を盗み出したと書かれていた。

リリティアが尋ねれば、ウルティオは面白おかしくその時の話をしてくれる。リリティアは、その時間がとても好きだった。


「いや、誰かに成り代わるのはそれだけ時間と手間がかかる。その人物の話し方、癖、交友関係、考え方まで調査しなきゃならないから、結局はまずその人物に近づいて情報収集しなければならないからね。なら、下っ端の使用人としてその屋敷に入ってしまう方が手っ取り早いんだ。ま、高位貴族の家は下っ端でも紹介状がないと雇ってもらえないから、公爵家にはまだまだ手が出せないけどね。

怪盗なんて派手に見えるけど、まずは地道な情報収集から。どれだけの情報を集められたかが、盗みの成功を左右するんだ」

「そうなのですね」


キラキラとした瞳で話を聞くリリティアに、ウルティオは面白そうに笑う。


「お嬢さんは本当に怪盗の話が好きだよね。初めて会った時、正義の味方なんて言っていたし」

「あ、その、昔読んだ『怪盗ウルフの冒険』が大好きで……。それに、平民たちにとって、怪盗ウルティオは本当に正義の味方ですもの」


少し恥ずかしそうに頬を染めたリリティアに、ウルティオは嬉しそうに目を細めた。


「そう言えば、今月末の学園の舞踏会の準備で業者がかなり入ってきているよね。お嬢さんは舞踏会には出席するのかい?」

「いえ……、エスコート相手がいないですし、一度も出席した事はありません。夏の舞踏会への出席は義務ではありませんし、成績へも反映されませんから」


学園では将来の予行練習の意味合いもある舞踏会が年2回行われる。今回の夏の舞踏会と卒業式の記念パーティだ。学園の卒業式には生徒たちの親である高位貴族たちも訪れるため、もはやデビュタントのような様相で大掛かりなもののため、学園の夏の舞踏会は唯一学生主導で比較的自由に振る舞える最後の機会とも言える。

しかしもちろん婚約者のいる者は婚約者にエスコートされるのが暗黙の了解だ。また、その場合婚約者が相手の女性にドレスを贈る事が一般的であるため、リリティアの場合ドレスを用意する事も出来ない。ドレスの発注にはカスティオン侯爵の許可が必要だが、何故ジェイコブにドレスを準備してもらえないのだと罵倒されるのが目に見えているからだ。

ましてリリティアは、罵倒や蔑みの視線に晒されるのが分かりながらも舞踏会に参加したいとは思わなかった。


「なるほどね。あの馬鹿男はそんな婚約者としての義務まで怠っている訳だ」


ウルティオは笑顔を浮かべながらも、どす黒い怒りのオーラを放っていた。


「決めた!その場でまた、あの馬鹿男と男爵令嬢への疑念をさらに植え付けてやろう。しばらくはちょっかいかけて来れないくらいのね」


そう言ったウルティオは立ち上がり、リリティアの前で跪く。そして大きな手をそっと差し出した。


「お嬢さん、他の奴らからの視線からは必ず俺が守ってあげる。

だから、俺と舞踏会に行かないか?」

「怪盗さんとですか?」

「正確には、ウォーレン・リドニーとして君をエスコートさせて欲しい。一度も社交の練習を行えていない生徒を手助けするのは教師の役目だろう?ドレスも学校の貸し出しという形で用意できるよ」


ウルティオは愉快そうにウインクをしてみせる。


「あの、怪盗さんのご迷惑にはならないですか?」


心配そうにリリティアが問えば、ウルティオは当然だとばかりに頷いた。


「俺から誘っているんだから、迷惑な訳ないだろう?」

「……私の為に、無茶なことはなさらないと約束してくださいますか?」

「ん?うーん……、うん、分かった。約束する」

「……それでしたら、お願しても良いでしょうか」


リリティアが差し出された手にそっと手を乗せると、その躊躇いのなさにウルティオはうって変わってやや心配そうにリリティアの顔を覗き込んだ。


「自分で言っておいて何だけど……、本当にいいのかい?舞踏会に出席すれば、確実にあの馬鹿男からいちゃもんをつけられて注目を浴びてしまうだろう。君には、嫌な思いをさせてしまうかもしれない」


(どうしてそんな事を聞くんだろう?)


リリティアはとても不思議そうに首を傾げてウルティオの問いに答えた。


「怪盗さんと一緒なら、怖くありません。

……それに、怪盗さんと舞踏会に出られる機会などきっと今回だけですから。私、初めて舞踏会に行ってみたいと思ったんです」


リリティアの全幅の信頼がのった言葉と笑顔に、真夜中色の瞳が驚いたように見開かれた。そしてバッと下を向いたかと思えば、差し出された手とは反対の手で顔を覆って何事か呟いた。不思議に思いリリティアが「怪盗さん……?」と呼び掛ければ、やがてウルティオはかすかに照れたように顔を上げた。


「了解。お嬢さんの信頼には絶対に応えてみせよう。君の事は、俺が絶対守るよ。

それにね、きっと舞踏会では、君にとって良い事が起こるから。楽しみにしていて」


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