反応
その日の放課後、公爵家に赴きジェイコブの仕事を肩代わりしていたリリティアのいる執務室の扉が、ノックもなしに蹴破るように開けられた。
「お前、どういうつもりだ!」
肩を怒らせたジェイコブが射殺さんばかりにリリティアを睨みつけ、机を殴りつける。
リリティアは向けられる暴力に震える体を叱咤し、真っ直ぐにジェイコブに視線を向けた。
分かっていたのだ。この自尊心の強い婚約者が、どんな反応をするのかなんて。
「本日のネックレスの件でしょうか?」
「当たり前だ!!貴様、俺に逆らってどうなるか分かっているのか⁈」
唾を飛ばしながら怒鳴りつけるジェイコブは、怒りからか顔を真っ赤にさせている。
「私は、何も逆らってなどおりません」
「なんだと⁈俺に恥をかかせやがって!」
「……お言葉ですが、ネックレスの入れ替えを失敗したのは私の責任ではありません。私は今回の計画は聞いておりませんでしたから」
「その後の態度はなんだ!」
「私はジェイコブ様の指示通りに悪役令嬢を演じただけです。あの場で何も言わないのは悪役令嬢として不自然だと思われましたので」
リリティアの冷静な反論に、ジェイコブは机の上の書類を手で叩き落とした。
「お前、そんな口のきき方をして許されると思ってるのか?お前の母親がどうなるか――」
「……それはどうでしょうか」
「なんだと?」
「ブランザ公爵は、この話を聞いたとして私達の婚約破棄に納得なさるでしょうか?私は、ジェイコブ様の命令通りにしただけですのに」
「っ、こいつっ!!」
ブランザ公爵の名を出した途端、ジェイコブは顔を赤黒く怒らせてリリティアに手をあげた。
「っ!」
頬がジンジンと痛くなる。ジェイコブが加減もなくリリティアの頬を叩いたのだ。
リリティアは、しかし目を背けることはしなかった。
「父にもお伝えくださって結構です。しかし父も、私があなたの指示に背いた訳でもなく、婚約も継続されるのであれば、母の治療を中止はいたしません。そういう契約ですので」
リリティアの言葉に、殺しそうなほど憎しみのこもった目を向けるとジェイコブは部屋の中を荒らしながら部屋を出て行った。
***
「な、どうしたんだ、その頬は⁈」
翌日、裏庭でリリティアと顔を合わせた途端、ウルティオは血相を変えてリリティアの肩を掴んだ。驚くのも当然だろう。リリティアの頬は一晩たった今でもまだ赤く腫れており、痛々しい様子がはっきりと分かるのだから。リリティアはウルティオに心配をかけないように自分に光魔法を試みてみたが、傷を塞ぐのと違い上手く癒すことができなかったのだ。
リリティアが困ったように視線を下げると、ウルティオは昨日の状況を踏まえて答えを悟ったのだろう、血が滲むほど強く拳を握りしめた。
「この傷は……君の婚約者だね」
確信を得たように問いかけるウルティオに、リリティアは諦めて小さく頷いた。
「すまない、俺の認識が甘かった。まさか手まで出すとは思っていなかったんだ。俺の発案のせいで……」
後悔し、ひどく憔悴したように謝るウルティオに、リリティアは慌てて首を振る。
「このくらい、なんて事ないです。それに、怪盗さんには感謝こそすれ、謝られるようなことは全くありません」
「しかし……」
ウルティオは自分を責めるように歯を食いしばり、そっとリリティアの頬に手を伸ばす。傷に障らないように、まるでガラス細工に触れるかのように優しく触れられた大きな手に、リリティアはそっと手を添える。そして真っ直ぐに真夜中色の瞳を見つめた。想いが、ちゃんと届くように。
「怪盗さん、これは私の勲章なのです。
私、昨日はジェイコブ様に言ってやったのです。その話を公爵にしたところで、婚約破棄は出来ないでしょう、って。どうでしょう、立派な悪役令嬢みたいだと思いませんか?」
小さく、しかし誇らしそうに微笑んだリリティアの光をたたえたラベンダー色の瞳に、ウルティオは魅入られたように目を見開く。
「それに、この傷を見て昨日の顛末を聞いた生徒達はどう考えるでしょうか。昨日のジェイコブ様達の企みを、これ以上ないほど逆手に取れました」
凛々しくそう言い切ったリリティアは、しかしその後視線をやや下に向けた後、小さな声で恥ずかしげに切り出した。
「……だから、その、……褒めて、くださいますか?」
はにかむように頬を染めて小さく微笑んだリリティアの姿に、ウルティオはその色が移ったかのように微かに顔を赤く染めた。ガシガシと頭を掻くと、やがて慈しむような笑顔を浮かべてリリティアの頭を優しく撫でた。
「ああ、本当に、よく頑張ったね、お嬢さん」




