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ウルティオの手腕(2)


「な、ない……?」


鞄の中には、ジェイコブが指示したはずのビアンカのネックレスは入っていなかった。焦り中身を全て床にぶちまけても、影も形も見当たらない。


「そ、そんな筈はない!そうか、机に隠したな!」


リリティアがネックレスに気付き机に隠したのかと思いリリティアの机に手を入れるも、中には教本以外は入っていなかった。混乱するジェイコブに、後ろから冷静な声がかかる。


「私は何もしていないと、ご納得いただけましたか?」

「な、じゃ、じゃあ、途中で捨てたのではないのか⁈こちらはお前が盗んだのを見た者も……!」

「その方のお名前を伺っても宜しいでしょうか」


リリティアの予想外の返しに詰まったジェイコブの代わりに、ビアンカが胸の前で手を握って訴えかけるようにリリティアに潤む瞳を向けた。それは側から見れば、まさに悪役令嬢に立ち向かう健気なヒロインそのものだった。


「リリティア様を見たのは私のお友達なのです!お名前を教えて万が一リリティア様のお怒りに触れたらと思うと……。たとえ私に罰が下されようと、その子の名前を教える事はできませんわ!」


友達を庇う健気な少女を演じながらも、リリティアが権力でもって自分に不利な発言をした者を害する人間だとアピールするビアンカは、ある意味優秀な人間であった。

そんなビアンカを見つめてから、リリティアはそっと目を聴衆の中に向ける。その中に見つけた丸メガネの男子生徒が安心させるように笑って頷くのを見て、リリティアは震える手を押さえるようにギュッと握りしめ、声を発した。


「どうしても私がやったと言うのですね……。

それならビアンカ様、その鞄を見せていただけますか?」

「な、何をするつもりですか⁈」

「念のため、もう一度ない事を確認させて欲しいのです」

「ちゃんと確認しましたわ!疑っているんですの⁈」

「私も疑われているのです。そのぐらいの確認はさせていただけませんか?」

「っ、分かりました」


いつもは反論などしたことがなかったリリティアの言葉にイライラしたように鞄を下ろしたビアンカは、教室の真ん中でその鞄を開いてみせた。


「ほら、この中には入っていませんわ。教室の机にも……」


…………。


「え……?」


それは、ビアンカの声だったのか、周りの生徒の声だったのか……。


皆が見つめる鞄の中には、まるで見やすいように箱の中から飛び出した高価なネックレスが入れられていた。


「う、嘘よ!何で⁈」


慌てたように箱にしまい隠そうとするビアンカだが、それはもう後の祭り。その場の空気は、すでに決定的に変わってしまった。


「その素晴らしい宝石のネックレスは、ジェイコブ様からいただいたもので相違なさそうですね。

……どうやらまた(・・)、ビアンカ様とジェイコブ様の勘違い(・・・)だったようですね」


リリティアがそう言えば、ジェイコブとビアンカは怒りに震える目でリリティアを睨みつけた。


「勘違い…?」

「そういえば、先日の盗用騒ぎもビアンカ様とジェイコブ様の勘違いだったとか……」


生徒達の声に、ビアンカとジェイコブの顔が怒りと羞恥から赤く染まる。


「ビアンカ様、何故ネックレスが無くなったと勘違いされてしまったのかは分かりませんが、そのお友達も私と似た人物を見間違えてしまったと、そういう事なのでしょう」

「それはっ」

「そうですわよね、まさかわざわざ自作自演で侯爵令嬢である私に冤罪をかけようとした訳ではありませんでしょう?」

「っ!」


リリティアの言葉に、ビアンカは隠しきれない苛立ちでもってリリティアを睨みつけた。


「ネックレスも見つかった事ですし、私は用事がありますのでもう行きますね。皆さま、お騒がせいたしました」


そうして優雅な仕草で礼をしたリリティアの姿に、多くの者が目を見張る。美しいミルクティーブラウンの髪が肩からすべる様まで計算されたような、完璧で美しい礼儀作法。

今まではずっと俯いてほとんど喋る事もなかったリリティアは、妾腹のために礼儀作法も出来ていないという噂があったのだが、それは今日この時から払拭される事となった。



***



足早に校舎を抜けて裏庭に出ると、その足はだんだんと小走りになり裏庭の生垣の奥へと髪を靡かせる少女を連れてゆく。裏庭に咲く小さな花々が少女の通った後でゆらゆらと風に揺られた。


小花の道を抜けいつものベンチに座る青年を目にした少女は、ラベンダー色の瞳を輝かせた。


「怪盗さん!」


リリティアの呼びかけに、振り返った丸メガネの青年は笑顔をこぼす。


「こんにちは、お嬢さん」


丸メガネの青年はクシャリと髪を後ろに流し、その特徴的なメガネを外した。そこに現れたのは、漆黒の髪に端正な美貌の魅力に溢れた怪盗ウルティオの姿だった。


「怪盗さん、今日はありがとうございました。ビアンカ様のネックレスを入れ替えてくださって……」




――今日の騒ぎの前。リリティアは移動教室から帰ってくる時、廊下でぶつかり様に丸メガネの男子生徒からメモを渡された。驚いて振り返れば、彼はニコリと笑って唇に人差し指を当てて見せた。


「怪盗さん……?」


リリティアが教室でこっそりとメモを開けば、そこにはジェイコブの従者がリリティアの鞄にネックレスを入れていたこと。それをウルティオがすでに回収していること。そして恐らくまたジェイコブ達の企みであろうため、回収したネックレスはこっそりとビアンカの鞄に戻しておくと書かれていた。


(怪盗さん……)


メモを両手でギュッと抱きしめ、リリティアはジェイコブ達がやってくるのを待っていたのだ。




「怪盗さんのお陰で、盗みの冤罪をかけられずにすみました」

「いいんだよ。お嬢さんも、よく言い返せたね。怖かっただろうに」


ウルティオの言葉に、フルフルと首を振る。

確かに、今までの呪縛のような恐怖で体はカタカタと震えていた。言い返す時は、震えを悟らせないようにするので精一杯だった。でも――。


「いいえ、全部、怪盗さんのお陰です。怪盗さんがいてくれたから、勇気を出す事ができました」


あなたが居てくれたから。

あなたに、良くやったねと言って欲しかったから、頑張れた。

あなたに会えなければ、きっと言い返そうという考えすら持てていなかったから。


「今日の事で、あそこにいた生徒達の一部ではかなり認識が変わったと思うよ。優秀と言われている公爵令息は、何でもかんでも、それこそ勘違い(・・・)でも自分の婚約者を怒鳴りつける奴だってね。

素早く今日のことが噂で流れるように、さっきの変装のまま細工してきたから、明日には全校生徒が知っているはずさ」


パチリと片目をつぶったウルティオは、立ち上がると優しくリリティアの頭に手を置いた。


「頑張ったね、お嬢さん」


ウルティオの言葉に、リリティアはかすかに頬を赤く染め、嬉しそうに小さくはにかんだ。


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