ウルティオの手腕(1)
王立学園の昼休み。そこでは、いつものようにジェイコブとビアンカによる茶番が繰り広げられようとしていた。
ジェイコブは盗用の件で皆がジェイコブとビアンカに怪訝な視線を送ってくるのに苛立っていた。
(クソっ、たかが奴隷女と平民にしてやられるなんて許せるかっ!生意気なあの女を徹底的に糾弾してやる)
ジェイコブは今日従者に命じ、ビアンカの名前の彫られたネックレスを皆の目が無い移動教室の時間帯にリリティアのカバンに入れさせていた。
生徒達が午前の授業から解放され、昼食を取ろうとざわめき出す中で、予定通りジェイコブの教室にビアンカが鞄を抱きしめながらやってきた。
「ジェイコブ様、あの……」
「どうしたビアンカ、何かあったのか?」
「それが、ジェイコブ様からいただいた大切なネックレスが、無くなってしまって……」
ウルウルと涙を浮かべるビアンカの肩を、周りに見せつけるように抱く。
「ビアンカ、君があんなに大切にしていた物を不注意で無くすとは考えられないな。朝はあったのか?」
「はい。でも、移動教室から帰ってきた時には無くなってしまっていて……。ごめんなさい!とても、大切にしていましたのに……」
素晴らしい演技で泣き崩れるビアンカの可憐な姿に、周囲の生徒は同情の視線を送る。それに陰でほくそ笑みながら、ジェイコブはビアンカと共に台詞をなぞる。
「誰か、心当たりのある者はいなかったのか?」
「……それが、お友達が、私の教室から出ていくリリティア様を見たって……。でも、見間違いかもしれませんし……」
「いや、あいつはビアンカに嫉妬し、いつもお前に酷い態度をとっていた。あいつが盗んだ可能性はあるな。確認しよう」
「まあ、またリリティア様が」との周りの声を引き連れながら、ジェイコブはリリティアの教室へ向かっていった。昼休みの廊下は多くの生徒が歩いており、ジェイコブのイライラを募らせる。
(チッ、次期ブランザ公爵である俺に道を開けることくらい出来ないのか)
そんな中、一人の男子生徒がよろけた拍子に二人にぶつかってきた。その男子生徒はビアンカにもぶつかり、ジェイコブはよろける彼女を慌てて支える。
「おい、この俺にぶつかっておいてタダで済むと思うなよ」
どんな罰を与えてやろうかと睨みつければ、分厚い丸メガネをかけたパッとしない男子生徒がすごい勢いで謝罪してきた。
「も、申し訳ありませんでした!人が多くよろけてしまい……!お怪我はございませんでしたか⁈お、お怒りはごもっともでございます!ど、どうか命だけはお助けを……」
皆が振り返るような大声で土下座せんばかりに謝罪されてしまい、この場で罰を与えようものなら自分が狭量な人間と周りに思われてしまうと判断し、ジェイコブは舌打ちしながら仕方がなく解放する事にした。
(ここにいるのが下級貴族どもだけなら、あんなやつ鞭打ちしてやったものを。まあいい、今はあの奴隷女を甚振って溜飲を下げよう)
そうしてビアンカを伴い、ジェイコブはリリティアの教室の前にたどり着いた。
教室の扉を開け放つと、ちょうど立ち上がっていたリリティアと目が合いジェイコブはニタリと笑みを浮かべる。
「おい、リリティア・カスティオン!お前、またビアンカに嫌がらせを行ったのではないか⁈」
ジェイコブの声にビクリと肩を揺らしたリリティアに、ジェイコブは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「なんの、事でしょうか……?」
「しらばっくれるな!俺がビアンカに贈ったネックレスが今日盗まれたんだそうだ。ビアンカが移動教室の間に、お前が教室から出てきたのも目撃されているんだぞ!」
リリティアの教室にいた生徒達は、ジェイコブの言葉に不快そうにリリティアに視線を移した。
「またリリティア様ですの?」
「元平民だけあって、お手が悪いこと……」
コソコソと囁かれる声に、リリティアはいつものように顔を俯かせると思っていたが、今日は何故か顔を上げ、真っ直ぐに視線を向けてきた。
「私は、やっておりません」
リリティアの口答えにジェイコブは怒りを覚えるが、その鞄の中身を皆の目の前で晒してやればどんな顔をするだろうと思えば愉快ですらあった。
「否定するのならば、その鞄の中を見せて見ろ!」
ジェイコブはリリティアの持つ鞄を引ったくり、鞄を開ける。しかし――。
「な、ない……?」




