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最初のステップ


夢の中で、リリティアは幼い頃に戻っていた。まだお母さんも元気で、幸せに暮らしていた頃の夢。


青空みたいな瞳の少年が、リリティアの手に少年の瞳のように綺麗な青空色のガラス玉をそっと握らせる。


リリティアがまだ六歳くらいの、随分と昔の記憶だ。もう顔も思い出せないけれど、その綺麗な青空色の瞳だけは覚えていた。


――リリィが辛い時は、今度は俺が助けるから――


そんな声が聞こえた気がした。



***



「さて、婚約破棄を目指すにしても、まずは君の名誉を回復させる必要がある。新しいお嬢さんのお相手探しのためにもね」


次の週、リリティアは裏庭のベンチに座り、ウルティオの今後の方針についての話を聞いていた。


「は、はい」


緊張からか不安げに瞳を翳らせたリリティアに、ウルティオは心配するなと力強く笑う。


「大丈夫!お嬢さんのお母さんの治療の継続は最優先事項だ。それを妨げるような危険は犯さないよ」


ウルティオの言葉に、リリティアはホッとしながら頷く。この八年間、毎日のように母の治療を続けたければ逆らうなと言われ続けてきた。その恐怖は、ずっとリリティアの心に鉛のように重くのしかかっている。


「まず、計画は二段階。

一つ目は、君の名誉を回復する事。

二つ目は、あの馬鹿男の有責で婚約破棄をさせる事だ。出来ればお相手探しも並行して進めたいね。

でも、君の名誉が回復すれば攻略結婚はいくらでも望めるから、カスティオン侯爵もお母さんの治療を中止したりはしないだろう。

さしあたっては、お母さんの治療のためにもまずは今の婚約を継続しながら君の名誉を回復させる事だね」


ウルティオは、スラリとした二本の指を立てる。


「ですが、母の治療の為にはジェイコブ様からの命令には逆らえません。今までの行為からも、私の印象を改善するのは難しいと思うのです」

「そうだね。お母さんの治療のためには、命令された事には逆らえない。でも、それ以外はどう?」

「それ以外、ですか?」

「そうさ。君の全ての行動を指定する事は出来ない。そうだろ?」


疑問符を浮かべるリリティアに、ウルティオはニヤリと笑みを浮かべる。


「彼に命令された通り、最高の悪役令嬢になってやれば良いんだ。決して誰にもケチをつけられないような誇り高い淑女に、ね」


ウルティオの言葉に、リリティアはパチパチと目を瞬かせた。


「最高の悪役令嬢が、誇り高い淑女……ですか?」

「そう!そもそも、侯爵令嬢であるお嬢さんが男爵令嬢に虐めをしたところで、誰も罪になんて問えないんだ。命を脅かさない限りはね。それがこの国の法だ」


そう、この国は貴族が幅を利かせるようになってから、厳格な身分制度が顕著になっている。平民と貴族には海よりも深い身分差が横たわるが、それは貴族間でもいえること。爵位の差は非常に大きく、軽い傷害程度なら当然のように高位貴族は罪に問われる事はない。むしろ不敬罪として被害を受けた方が咎められることもあるほどだ。


「婚約者に男爵令嬢がちょっかいをかけているのを諌めるのは侯爵令嬢として当然のことだ。その上で、君が淑女として素晴らしく優秀であることが認められれば誰もが気づくはずだよ。どちらがおかしい事をしているのかをね」


「ですが、勝手な事をすればジェイコブ様がどう出るか……」

「そもそも、あの馬鹿男に婚約の決定権は無いんじゃないか?」

「え?」

「だって馬鹿男は君との婚約は初めから嫌がっていたんだろう?でも、父親であるブランザ公爵には逆らえずに今まで婚約が維持されている。そして、カスティオン侯爵は公爵家との縁組が持続していれば文句はない訳だ。

馬鹿男が何を言っても公爵が婚約に異を唱えなければ、君の父親もお母さんの治療を中止することはできない。

つまり馬鹿男のことは必要以上に怯える必要はないんだよ」


ウルティオの言葉に、リリティアは目を見開く。


「そんなこと、考えた事ありませんでした……」


考えてみればその通りだ。ジェイコブはあれほどリリティアを毛嫌いしているのに、これまで婚約は維持されている。ブランザ公爵夫人もリリティアをいつも貶しているのに婚約が解消されないのは、ひとえにブランザ公爵がこの婚約の継続を望んでいるからだ。ジェイコブも夫人も、公爵の決定には逆らえない。

しかしリリティアにとっては長年呪いのように父にジェイコブに逆らうなと言われ続けてきた為に、それに逆らう事など考えられなかったのだ。いや、恐怖でもってそういう思考を植え付けられてきたのかもしれない。


「ね?君の父親の指示もあるし、馬鹿男の指示には従わなくちゃいけないけど、それも逆手にとって君は誇り高い令嬢を演じるんだ。この学園で、あの馬鹿男にはもったいないくらいの完璧な淑女である事を皆に示そう」

「私に、出来るでしょうか……」

「この怪盗ウルティオがついてるんだ。大船に乗ったつもりでいて」


ニカリと笑ったウルティオに、リリティアは小さく笑みを返す。

リリティアの浮かべた笑みに、ウルティオは嬉しそうに笑みを深めた。


「そうやって笑っていてごらん。そうしたら、君を悪役令嬢だなんて言う奴らはみんな意見を翻すさ」


ポンと頭に置かれた手の温かさが、どこまでもリリティアの心を救ってくれる。


「さて、まずはあの馬鹿男と男爵令嬢の計画をことごとく潰してやろう」

「どうやるのですか?」

「ウルティオの二つ名を忘れたの?」

「……変装の達人、ですか?」


リリティアの答えに、ウルティオはパチリと片目を瞑って笑ってみせた。


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