襲撃(3)
リリティアの気迫に押されたように、男たちがゆっくりとガスパルとマリアンヌから離れていく。その一挙手一投足から目を離さぬまま、リリティアは二人に歩み寄った。
「……姐さん、なんで戻ってきたんだ……」
すでに息も絶え絶えに倒れ伏しているガスパルに、リリティアは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、ガスさん」
そう言って、リリティアは新たに傷つけた指先から流れる血の一滴を動けないガスパルの口元に持っていく。口に入ったのを確認したリリティアは、ガスパルの胸に手を当て祈る様につぶやいた。
「光よ、この者に光の加護を」
美しい光が溢れ……、そして幻のように消え去った時には、ガスパルから毒の症状は消え去り穏やかな表情で意識を失っていた。
「ば、馬鹿な!この毒は解毒できないはず……!」
(やっぱり、初めから解毒薬を与えるつもりなんてなかったんだ)
焦る男たちを冷静に見つめ、リリティアはマリアンヌの治癒にも取り掛かる。
公爵家の機密であろう毒薬の成分はリリティアにも未知のものだ。症状からある程度の原料は推測できても、幾通りもある組み合わせにすぐに解毒薬を作り出すことは出来ない。それはつまり、光魔法でも治癒が難しいという事を指していた。
(でも、私の血に解毒作用が含まれているのなら……)
リリティアは自らの血のついた手を見つめる。
男の話が正しければ、この毒に対する解毒作用のあるお茶を飲んでいたリリティアの血にはいまだ解毒作用が残っているはずだった。リリティアは思い出す。医療知識もなかった時に、ひたすらに回復を願って魔力を注ぐと傷が治っていた。あれは、恐らく人の自己回復力を増大させていたにすぎない。
(でも、それが出来るのならば、私の血の中の解毒作用を増大させることもできる可能性がある……!)
リリティアから溢れた光が消えた時、マリアンヌの呼吸は安定し穏やかな表情で眠っていた。完全に解毒に成功したのだ。
リリティアは首にナイフを当てたまま、倒れ伏す護衛たちの治療も行っていく。首元の襟は、流れ出てきた血でぐっしょりと濡れていた。くらりとする視界を耐えながら、リリティアは最後の一人の治療を終えて立ち上がった。
「さあ、気は済みましたか?それでは我々と一緒に来ていただきましょう。逃げられるとは思っていないでしょう?」
「分かっています。でも、まだ動かないで」
リリティアが視線をどこかに動かしこくりと頷くと、いつの間にか路地に現れた赤毛の男がガスパルとマリアンヌに近づいていく。
「な、誰だ⁈」
「動かないで!彼が完全に立ち去るまでに動けば、首を切ります」
赤毛の男――ダインの登場に動き出そうとした男たちをリリティアが止める。その間に二人を担ぎ上げたダインがリリティアの横を通り過ぎながら心配そうに小声で聞いてきた。
「……本当に貴女を置いていっていいのですか?」
「はい。全員で暗殺者でもあるこの男たちから逃げ切ることは不可能です。貴方は急いで安全な場所まで逃げ切ってください。時間は、私が稼ぎます」
リリティアの強い意志のこもった言葉に、ダインは躊躇いを見せながらも目礼し、素早く身を翻す。
それを見届けて、リリティアは決して逸らさないようにと視線を男たちに向けた。ナイフを握った手に力を入れて、足の震えを必死で隠す。
(……ごめんなさい)
私に自分の身を一番に守ってほしいと願ったウィルの瞳を思い出し、引き裂かれそうになるほど胸が痛んだ。
(ごめんなさい、ウィル……)
それでも、ガスパルとマリアンヌの症状を見れば一刻の猶予もないことは分かっていた。自分が捕まることでどれだけの迷惑がかかるか分かってはいながらも……、二人を見殺しにすることなんて、どうしてもできなかったのだ。
(できる限りの情報はダインさんに伝えられた。暗部の男たちの人数に特徴、闇魔法についての推察、ブランザ公爵家の毒。ウィルならきっと、この情報を上手く使ってくれる。……それに、私の血も託すことができた。ブレダ先生なら、そこから解毒薬も作り出せる。ウィルたちがこの毒で殺されることは、防げる)
震える両手を握りしめ上を向いたリリティアの揺れる視界の中に、藍色の小鳥の羽ばたきが映りこむ。
(よかった、ちゃんと、二人は逃げ切れた……)
ふっと力の抜けた両手から、ナイフがぽとりと滑り落ちる。その瞬間を狙ったように、男たちが動き出した。
男の一人に首に手刀を入れられたリリティアは、そのままパタリと意識を失った。




