8話 スライムが倒せない
「……って事で、わかりましたかスライムのお兄さん。あの門番の目が真実ですから」
「ユリアの言う通りだよ、スライムのおにーさん。しっかり言う事を聞いてついてきてね」
門を無事に通り、門のすぐ隣にある大きな建物、冒険者ギルドの前でエミリとユリアは俺に言い聞かせるように話す。
でもユリアが言う通りあの門番の目線はかなり痛かった。この2人のギルドでのランクが高かったようで、すんなりと入れてもらえた事に感謝しかない。
「で、ここがギルドです」
そうユリアが門を出てすぐの建物を指さす。
「これがギルドか……」
そう呟きながら、目の前の建物を見上げる。
何というかラノベや漫画のイメージそのままのギルドって感じだ。
異世界と思える物を見ることで、ワクワクしてくる。
「ギルドも見るのは初めてだったり?」
「まあ、初めてだな」
「本当にどこで生きてたんですか……」
「それか、かなりの箱入り息子かどっちかだね」
そう言いながらエミリとユリアの目は「もう仕方ない」と諦めている。
ちなみに、とうとう「スライムに負けた」という情報も消えてなくなり、「スライムのお兄さん」にクラスチェンジしたようだ。どちらかと言うとクラスアップだな。俺がスライムみたいだけど。
「そんな所もあるんだよ。でもな俺は箱入りじゃなくて……」
「あ、お兄さん言っておきますけど、ここではギルドカードを作るだけですからね? 冒険者登録と言っても別にクエストを受けなくて大丈夫ですから。この街のほとんどの人がギルドカードを持っていますからね。一番簡単な身分証なので」
俺が何か言い出そうとすると釘を刺す様に口を挟まれる。
「うんうん、弱いおにーさんは外に出ただけでスライムに食べられちゃうからね。外はもっと強いモンスターで溢れているからね。出たらダメだよ」
俺の言葉を遮ってまで2人が注意深く説明をしてくれる。
もうここまで言われたら本当に心配されてそうで言い返しにくい。
しかし、実はもう俺のターンになっている。ギルドまで来たらもう俺の時代だ。見てたらわかるが、このギルドで騒がれる存在になるだろう。エミリもユリアも本気で俺が強いと信じることになる。
あ、ついでにこのギルドにいる冒険者達にも俺の凄さを知らしめてやろう。
「ふっ……まあ、そんなことも言ってられるのも今だけだよ。すぐに俺の凄さがわかる時が来るから」
俺は胸を張って言うが、
「おにーさん、もうその冗談は飽きましたよ。道中ずっと言ってたし」
「そんな恰好で威張られてもですよ。行きますよ」
エミリとユリアに冗談だと流される。
冗談じゃないんだけどな。まあいい、すぐにわかることだしな。
「じゃあ、いくよー」
エミリがギルドの扉を開ける。それに続いて俺もギルドの中に入る。
入った瞬間活気に満ちた声が聞こえてくる。それはもう異世界だと言わしめるような光景だ。イメージ通りの冒険者ギルドだ。
「ここが冒険者ギルドだ……よ?」
「お兄さん……?」
しかし俺は周りの冒険者や光景に余所見もせず2人を追い抜き、奥にある受付を目指し歩いていく。
「……お兄さんやる気ですね」
「ただ身分証を作るだけなのにねー」
受付には男、おばさん、お姉さんと3人いる中、俺はお姉さんの所に行く。
ここで周りに驚かれる事になるんだ、受付のお姉さんにも驚いて貰おう。
「あ、ようこそギルドへ。あら、あまり見ない顔ですね。新人ですか? でもその格好……違う街から来た方ですか? どちらにせよ本日のご用件は何でしょうか?」
肩まである赤茶色の髪をポニーテールにした受付のお姉さんが声をかけてくれる。
もちろんその質問に対して言うことは一つしかない。
「冒険者登録をしたいのですが」
「冒険者登録ですね。何か身分証は……あれ? ユリアさんとエミリさん。こんにちは。この方はお二人のお連れ様ですか?」
「こんにちはおねーさん」
「お姉さん、お世話になってます。そうですね。連れと言っていいのかわかりませんが……あ、そこは気にしないでください」
「連れだよー」
受付のお姉さんとエミリとユリアは顔見知りなのだろう。仲良く話している。
「そうなんですね、わかりました。お2人のお連れ様でしたらすぐにでも登録致しましょう。えっと、お兄さん、何か身分証はお持ちでしょうか?」
「ないです」
俺の即答に受付のお姉さんの顔が一瞬変わる。しかし、すぐに元の笑顔に戻り次の質問をする。
「わかりました。では、冒険者登録は初めてでしょうか?」
「はい」
再びの俺の即答に、何とも言えない顔でお姉さんが俺を見てくる。
なんだろ? おかしなことを言っただろうか。「ない」と「はい」しか言ってないんだけど。
「わかりました……。えーっと、かなりの箱入りさんなのですね。では冒険者登録をさせていただきます」
ちらちらと俺の後ろの2人を見ながら話していた。ユリアが驚いてた通り、この歳で何も身分証を所持していないのはかなりの異例の事なのだろうか。
「あっ、もう一つ確認なのですが、今何か職業を持っておられますか?」
「職業ですか?」
「はい。箱入りさんでしたら、冒険者登録する前から家系によっては職業を持っておられる方がいますので。お兄さんもそうかと思ったのですが、お持ちではないですか?」
お姉さんが疑うように俺を見てくる。なんとなく目線が痛い。
えっと、職業ねー。あのジジイは「剣聖」とかは職業じゃなくて能力だと言ってよな。じゃあ違うか? でも、一応言っておくか。
「えっと職業はわからないんですけど、能力は「剣聖」とか「魔導王」とか色々持ってますけど」
「……は? ……んんっ! すみません。えっと、剣聖に魔導王ですか? 剣聖に魔ど……ふふっ、冗談はやめてくださいよ」
俺の言葉に受付のお姉さんの目が点になり、それから笑い出した。
「おにーさん、受付のお姉さんを困らせないでください」
「そうですよ。その冗談はさっきで終わりですから。あっ、スライムに負けたことをそこまで隠したいんですか?」
そう2人が呆れた声で笑ってくる。
……って、おい! スライムに負けたことは言うなよ!
「えっ、スライムに、負けたのですか……?」
「いやいや、冗談ですよ。スライムは」
後ろでエミリとユリアが「ホントだよ」「草原で襲われてました」とか言っているけど無視する。
「冗談ですか。その格好といい、何か訳ありかと思っていたのですが……。あー、でしたら能力の方も冗談ですね」
「いや、そっちは冗談じゃないんですけど。他にも「剣豪」「金剛騎士」「大賢者」など数十種類あります」
「えっ! 剣……ふふっ、あははははっ! ほんと冗談がお上手ですね。新人で職業もなくて、そんなに能力を持っている人なんてありえませんよ。しかも、そこの草原でスライムに襲われていたんでしょ? ありえませんって!」
俺の言葉にとうとう受付のお姉さんが吹き出した。
「……スライムは……いいです。でも本当ですよ!」
スライムの事は追求しないで欲しい。まあ、今の状態の俺なら想像がつかないことはわかる。でも、そこまで笑わなくてもいいと思う。
「ふふふ、無いです、無いです。もちろん先天性で、能力を1つ2つ持っている人もいます。でもあなたが言う能力は全部最上級能力ですから。中には今は誰も持っていない能力もありましたし。もし全て持っていたら勇者決定ですよ! ふふふ、面白い方ですね!」
女性に初対面で面白い方と言われたらかなりの高感度でここから話を弾ませていくが、俺の今の目的は違う。さっさと俺の名誉を挽回することだ。
仕方ない、これは最後に取っておく予定だったけど、言うしかないな。
「そうですよ? 俺が魔王を倒した勇者なんです、けど……?」
その言葉と同時に受付のお姉さんの表情と声が変わった。
「待ってください。あなた、流石に冗談で勇者と騙ったらいけません。勇者とは特別に選ばれた人間だけです。今の勇者様はこの世界に数人しかおられません。その勇者と偽るのはさすがに冗談でも許されませんよ?」
お姉さんが怖い目で俺を見る。その目線に少し気が引けてしまうが、俺も後には引かない。後々ギルドカードを作った時に周囲にも知らしめてやろうと思ったが、作戦変更だ。
「わかりました。だったら今すぐ俺の能力見てもらっていいですよ。どのみち冒険者登録したらわかることなんですよね?」
「……は?」
真剣に話していたお姉さんの動きが止まった。そして、驚いた顔でゆっくりと口を開く。
「……えっと、あなたが持っている能力を見る、ですか? ……えっ?」
「……えっ? えっと、戸惑う理由がよくわからないんですが」
「戸惑う理由って……。こっちの方が意味分からないのですが?」
受付のお姉さんが何を言ってるんだと言う目で見て来る。
「いやいや、何言って……」
「……えっと、結論から言えば無理ですよ?」
「……は?」
その言葉に思考が一瞬停止する。
「えっ、ちょっと待ってください。ギルドって普通、能力を見てもらえる、でしょ?」
ギルドカードには持っているスキルなどの一覧が書かれていたり、職業やレベルが書かれていると、てっきりそう思っていたのだが……。
「な、何を言ってるんですか!? 見れないですよ! どこの誰にその様な情報を聞いたのですか? ありえません! 個人の能力って最大の個人情報ですよ? 他人に簡単にわかったら大変じゃないですか! ありえません!」
「……うそ……まじかよ……」
俺の能力が見れないだと……? ここで俺がチートだと知らしめてやれるタイミングだったのに……見れないって……。
でもまあ、最大の個人情報と言われれば納得してしまうけど、普通はここでわかるパターンじゃないだろうか!
いや大丈夫だ。他に知らしめす情報がないわけではない。今の俺のステータスを見てもらえれば凄いとわかるだろう。
「じゃあ、俺のステータスは見てもらえますよね?」
「……は? だからどうしてそんな考えになるんですか!? ステータスって能力値ですよね? あり得ません、それこそ最大の個人情報ですよ!?」
「うそだろ……。じゃ、じゃあ、レベルは?」
「見れません」
「なに…………」
お姉さんから発せられた呆れた声に、その場に崩れ落ちてしまう。
「おにーさーん、大丈夫ですかー?」
なんだと……能力が見れないのに加えてステータスも見れない。ましてやレベルまでもが見れないとは……。どういうことだ。俺の、俺の凄さが、誰にも伝えられないだと……! こんな事になるとは考えてもみなかった……。
崩れ落ちたまま俺はその場から一歩も動く事ができない。
「そこまで落ち込む必要はないんじゃ? 元々わかっていたことだし?」
「そうですよ、スライムに負けるぐらいなんですから……えっ、まさか本気で言ってたんですか!?」
2人が優しく言葉攻めをしてくる。
その言葉は俺にはとてつもない攻撃なんだけど。
「あっ、えっと……何か私悪いこと言ってしまったでしょうか?」
「いいえ、大丈夫です。この人ちょっとおかしい人ですから」
おい、俺をおかしい人呼ばわりするんじゃない! いや、このままなら十分おかしい人ですけど!!
今も周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
そこ! 俺はお上りさんじゃない!
「そこまで落ち込まれるなら、えっと……あっ! でしたら、ギルドカードの裏面にモンスターと出会った形跡が表示されますので、直近のことならわかるはずですよ? 本当にそこまで能力を持っていて、もしモンスターと戦っていたらですけど……。言いにくいんですけどスライムに負けるくらいですよね……?」
その言葉に俺はすぐに立ち上がる。
そうだ! モンスターだ! そう、俺はモンスターと戦っていた。それも凶悪なモンスター、魔王と! 魔王がモンスターかはわからないが。もしモンスターじゃなかったとしても、その側近の部下どもは蹴散らした。そう、文字通りに跡形もなく木っ端微塵に! いける! これならいける! 証明できるぞぉぉ!
「作りましょう! 今すぐにギルドカードを作りましょう!」
「は、はい……」
俺の熱量に受付のお姉さんが一歩後ろに下がる。しかし、そんなことは今の俺にはどうでもいい。さあ、俺の最強歴史が今紐解かれる!
「お兄さん必死ですね」
「ここまで必死だったら言ってる事が冗談じゃない気がしてきたよ」
おお、エミリよ、君が思っていることはその通り事実の事だよ。さあ、証拠としてギルドカードを見せてやろうじゃないか!
「ではこの水晶に手を置いてください。それでギルドカードが作れますので」
そう言い受付のお姉さんはサッカーボールほどの水晶が埋め込まれている、機械の様な物をテーブルの上に置いた。そして、手のひらサイズの白色のカードをセットする。草原でユリアが見せてくれたものとは色が違うカードだ。
俺は言われるまま水晶に手を置く。すると水晶とカードが黄色に光始める。
「少しお待ちください。カードに登録でき次第、確認致しますね。カードの裏に直近戦ったモンスター100体と形跡が表示されますので。一応対峙しただけでも表示されますので」
「はい。直近でかなりのモンスターとは戦いましたから、確実に出てくると思いますよ」
やばい、わくわくしてきた。魔王の側近の部下だ、さぞかし強いモンスターが表示されることになるだろう。
「あ、できました。確認してみますね……」
「お願いします!」
さあこい! モンスターの数々よ! 俺の凄さを知らしめてやれ!
「……えっ、本当ですかこれは!? うそっ……、いや、本当だよね、ギルドカードに書いてあるんだし……」
おお、お姉さんが敬語を忘れるぐらいお驚いているぞ。これは来たな! 本当ですよ本当! 俺って勇者ですから! さあ、早く! モンスターの討伐数を言ってくれ!
「えっと、言いにくいんですが……」
え? 言いにくいって……ああ、凄すぎて大きい声で伝えられないって事だよね。
「さっきユリアさんがい言っていた通り……」
待て……ちょっと待って。それって……。
「スライムに負けてたんですね。しかもギルドカードが埋まるくらい……100体ものスライムに完膚なきまでに……」
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「あはははははっ!」
「流石お兄さん! ここまでの事が全て伏線だったんですね! あははははは!」
お姉さんの言葉に声を荒げる俺を見て爆笑するエミリとユリア。
「ちょっと待って、俺にも見せてくれ!」
「ど、どうぞ」
お姉さんからギルドカードを奪うように受け取る。そして見る。カードに穴が開くほどに見る。何度も左上から順に、右下の逆方向からも順に。
しかし、
「……うそ、だろ」
そこにはスライムの文字がびっしりと100個、書いてあった。
そして俺はもう一度その場で崩れ落ちた。
100体のスライムに一気に襲われたらやばいですけど、春原の場合は数体のスライムが徐々に襲ってきた構図になります。普通の冒険者なら余裕で対処可能な状態です。




