5話 仕方ない、それが持つ者だから
「くそっ! 満月の夜じゃからって、本気になりおって! 何が「今日は疼くからいかせて?」じゃ! 串カツの仕込みができてないじゃろうが!!」
そんな声が聞こえる事に俺は突っ込むしかなかった。
「なんでアルデがここにいるんだよ!?」
「むっ? スノハラにユリアか? 其方らこそ何故こんな所にいるのじゃ……っ! あ、や、つ! わざと妾をここに投げよったな!!」
そう言ってアルデが窓の外を睨む。
その目線の先には……。
「ふふっ! 正解だったわ!」
外から聞こえる女性の声。
「出て行った時にしてたのよね、匂いが。期待に満ちた匂いが」
いつもとは違うテンションで高い声が響き、
「ダメよご主人様、わたしはサキュバスなのよ? わたしがいるのにわたしを放って置いて、その子の所に行くなんて、嫉妬しちゃうわよ?」
濃いピンク色に光った目が俺を見て、
「だからわたしも、ご一緒いいかしら?」
そう言った。
「……」
「あら? 黙ってどうしたのご主人様? あっ、もしかしてわたしが来て嬉しいのかしら?」
そうくすっと笑いながら言うサキュバス。
もしかしたら冗談なんだろうか? サキュバスジョークってやつなんだろうか?
でも、こんな完璧なタイミングでこんな事……
……笑えねぇ。
俺の怒りは振り切れていた。
すぐにでもクレナリリスの断末魔がこのセンリスクの街に響き渡るだろう。
そう思いながらクレナリリスの方をしっかり見ようとしたら、
「あ、あの……」
ユリアに声をかけられる。
「どうしたユリア」
「いや、あの……この状態……」
「っ!!」
うつむきながらそう言ったユリアと俺の体制……右腕でユリアの腰を持ち、壁に押し付ける様にし、左手は壁についている。
つまり、『壁ドン』の形になっていた。
「ご、ごめん」
そりゃ照れるよ……な。
壁ドンって、この状態って割とする方も照れる。
でも謝りながらも俺は手を離さずその状態をキープする。
まだ窓の破片とか飛んでくる可能性もあるからな。危ないしこのままで。
「お兄さん……」
それに追い討ちをかけるように、ユリアが俺に掴まれている右腕を掴み、上目遣いで俺を見つめた。
「っ! ちょっと、ユリアさん!?」
アルデとクレアがいるのに積極的すぎませんか!?
いや、そこまでするって事は……わかりました!
俺の思考が加速する。
「よし、わかった! こいつら一瞬で片付けるから!」
そう言い切切ったのだが……。
「……すみません……もう大丈夫です」
そう言った。
「えっ?」
大丈夫ってどういう事? 別にこいつらがいてもいいって事か? いやいや、それは流石に……
……え?
そう言ったユリアの顔をしっかり見る。
……え?
ただの上目遣いじゃな無い。
その表情は酔いが覚めた様な冷静な……いや、それ以上に冷めた目で見ていた。
その目を見て俺は壁に当てていた左手を下ろした。
「えっ? あれ、えっと……すみません。どうして私そんな事言ったんだろ……」
しかしすぐに元に戻った様に表情が変わるが、
「いや、あの……ごめんなさい! 何が何か……こんな所でこれは無いですよね。ちょっと酔いすぎたみたいです。今日は帰ります……」
そう言ったユリアは何か焦りながら、俺の右腕を退け、脇を通り抜け、駆け足で……出て行ってしまった。
「……あら、ちょっと、どうなったのかしら……?」
そう少し焦った様な、軽い声が聞こえる。
「……っ!! スノハラ其方……」
そう驚く声も聞こえる。
しかし、そんな事は逆の耳から全て抜け落ちる。
「……は?」
何が、何が起こったんだ!?
分からん。え、何? どういう事?
さっきまではいい感じだったじゃないか!
それが、一瞬急に冷めた様な表情に……。あれは酔いが覚めたレベルの覚め方じゃ無い、何か乗り移られた様な……。
本当に急に、変わったよ……な……。
「……っ!!」
嘘だろ? まさかっ!!
いやいやいや、それは……。そんなことあって……。
「スノハラ、マイナ……」
そう声が聞こえた瞬間、頭の中で残念すぎるピースが嵌ってしまった。
そして、俺の頭の中はその言葉で埋め尽くされる。
「また、マイナス能力かよぉぉぉぉぉ!!!!」
俺の悲惨な叫び声が店の中に響き渡り、壊れた窓から外に響き、センリスクの街に響き渡った。
「そうじゃ、またマイナス能力じゃ。それも今回は2つ。妾も気にしておらなかったが、『童貞』と『自宅警備員』の能力で……」
そんな声が聞こえるが、やっぱり俺には聞こえない。
とにかく俺の頭の中にはもう怒りしかない。
とにかく、とにかく、とにかく!!
「……とにかく、お前らは許さん!」
「えっ?」
「なっ!?」
「お前らが来なかったらこんな事にもなってなかった! お前ら、覚悟は出来てるんだろなぁ!!」
俺は切実に、涙を流しながら、アルデとクレアに叫ぶ。
「ね、ねえ、ご主人様。ちょっと待って、今回はわたしが悪いわ。謝るわ。本当にごめんなさい。だからゆる……あっ……これは本気ね……。諦めるしかないわ……ごめんなさい……」
「ま、待て、覚悟するのはクレナリリスだけじゃろ!? 妾は関係ないのじゃ! こいつに飛ばされてここまで来たのじゃ! 妾は被害者じゃ! だから、待て! 待っ……!!」
そして、センリスクの街……いや、エンスラッド中にクレナリリスとアルデミスの断末魔が響き渡った。
◇
「おいスーさん! あんたばっかり羨ましいなぁ、おい!」
いつも通りの朝、疲れ切ったアルデとクレア、それに対して元気なティオルを連れて屋台に来たら、出会い頭にハマさんに言われた。
「……羨ましいと言われても俺も困ってるんだけど」
そのハマさんの言葉に対して愛想ない返しをする。
「何言ってんだよ。美人はそこにいるだけで価値があるんだよ! まだ若いからわからねぇかもしれないがな、そうなんだよ!」
しかし、俺に対してのハマさんのテンションは高い。
いつも以上にテンションが高い。
それに圧力もいつも以上にやばい。
多分その中の美人といえばクレアの事なんだろうけど。
「この前あのおっぱ……常連さんを連れてきた時は目を疑ったが、あんたの周りには美人ばかりじゃねぇか!」
「やめてくれ……。あいつらに囲まれても大変なだけだから」
こいつらはハーレムなんかじゃない。ハーレムにもしたくない!
それにこいつらの平均年齢やばいぐらい高いんだぞ!?
それに、
「あいつはダメだ。特にクレアは終わりだ。昨日だってあいつのせいで最悪だったんだからな! なあ、クレア?」
「……っ!! は、はいっ!」
ビックっと身体を震わして敬語で元気よく返事をするクレア。
そうだよな、よくわかってるな。
でもなっ……くそっ! 昨日の出来事を思い出したよ!
あのタイミングで来たのはサキュバスの本能で、1番いいタイミングで乗り込むのがサキュバスの習性らしいが、俺にとってはくそウザいタイミングだった。
確実に消滅させている案件だ! クレアと契約をしていなかったらの話だけどな!
サキュバスと契約する人間は性欲が強くて1年中そう言う事も楽しくするのだが、俺はまだその階段を上がってない。というか、その階段を上がりたかったのに!!
「なんだよ! 『童貞』って! 『自宅警備員』って!!」
「うぉ! どうした急に!」
急に叫んだ俺に驚くハマさん。
「なんでもない!」
アルデ曰く『童貞』とは自分が異性と良い雰囲気になれば必ず邪魔をされる。つまりリア充爆発しろって事らしい。
あと『自宅警備員』とは『壁ドン』と『床ドン』の達人であり、その行動をしたらされた本人とその周りの人間は「引く」思いっきり「引く」らしい。
だからユリアは冷めた目で俺を見ていた様なんだと。
そんなマイナス能力があるなら先に言ってくれよ!
と言っても、今回伝えていなかった事でアルデは本当に可愛そうな目で俺を見ていた。
謝ったからアルデは許すが、その元凶であるクレアに対してはまだまだ怒り浸透である!
そんな感情を表に出してしまっていた様で、
「そ、そうか。すまんな。何となくだがわかった……」
ハマさんが謝る。
ああっ! 思い出して余計腹立ってきた!!
「と言う事で、クレアはここに置いていくから!」
「えっ!!」
そう断言するとクレアが叫んだ。
「や、やっぱりわたしがここに残……」
「はぁ? お前何言ってんだよ? 昨日の事忘れてるのか?」
「……いや、えっと……すみません」
「それでいいんだよ」
クレアの言うことを頭から否定する。
「という事じゃ。クレナリリスよ、其方は一生ここで待っておればいいのじゃ!」
「アルデミス!! 貴方ねぇ……」
「おい、クレアもアルデもうるさいぞ」
「っ!! すまんのじゃ」
「っ!! すみません」
俺が睨むと2人とも頭を下げる。
よっぽど昨日の事に面食らっているみたいだ。
「あと、クレア。もし俺達に付いて来るとか、約束破ったらどんな手を使ってもお前に一生魔力を渡さないから。逆に吸い尽くしてやるから」
死なない程度のギリギリのところで魔力供給を止めてやる。
「……わ、わかったわ」
俺の一言にクレアの表情が固まるが、納得したのか頷いた。
「って事で、ハマさん。こいつを置いていくからあの油のおっさんと面倒見てくれ」
「な、何か大変な事になりそうだが……わかった。このおっぱ……クレアさんと留守番をしよう! 美人さんと一緒にいられるならなんでもいいか!」
「ハマさん……一応手は出すなよ? 色々と大変なことになるからな」
「おいおい、さすがの俺でも人の女には手は出さねーよ!」
「……あ、いいわ。俺の女じゃないから手は出してもいいけど程々にな?」
「ご主人様!?」
「……そんな口調で言われたら、ちょっと、止めておくわ」
何かを察したのかハマさんが、クレアを見る目が変わった。
「さて、俺達は行くから。クレア任せたぞ」
「……わかったわ。もしわたしが必要なら直ぐに召喚してね」
「ああ、絶対しないから」
「ええっ!?」
驚いているクレアを無視してハマさんに話しかける。
「じゃあ、ハマさん。また、サッさんと頼む!」
「ああ、任せておけ! あの油屋のおっさんだけは気にしておくよ」
「あいつにはしっかり言っておいたから今回は大丈夫だろう。串カツの揚げ方も教えてるし、クレアがいたら止められるだろう」
クレアは昨日の後、寝ずに串カツを揚げさせ続けた。
それにおっさんは何回かアルデ達にも合わせてるから串カツの訓練はさせた。前と同じ失敗はしないし、させない。
「だったら安心か? まあ、クレアさんを頼るわ」
「ああ頼むな。じゃあ、行ってくる」
そして俺はアルデとティオルを連れて街の外に出ようとした。
その時、
「春原さん!」
聞き覚えのある声に呼び止められる。
「ん? 健治か?」
「春原さん! 呼び止めてすみません!」
そう言いながら健治達勇者一行が走って来た。
この3人で見るの久しぶりだな。
しかしどうしたのだろうか、何か切羽詰まっている様な雰囲気だ。
そして、息を整えないまま、
「俺に剣を教えてくれ!」
健治がそう言った。
スノハラと言えばマイナス能力ですから。誰もが嫌がる能力ですね。
次回の更新は来週水曜日の昼ごろです!




