隣のグビ姉は小説家 12話
俺は笛吹さんに過去を話して、その後近くのホテルに向かうことになった。
「いらっしゃいませ、飯田様ですね。」
「大人二人でお願いします。」
「承知致しました。こちらはルームキーとなります。」
俺たちは2人でホテルに泊まるということにこの時はもう緊張感はなかった。
だって、普段から一緒に住んでるようなもんだしな。
「お!てかこのホテル温泉付きなんすね!」
「えへへ〜、私温泉好き〜。」
伊豆は元々火山島が噴火の影響で日本と繋がった経緯があるので伊豆は至る所に温泉があった。
旅ばっかで忘れていたのだが、こうしてリフレッシュも設けるのを忘れていたと後悔をする。
俺たちは部屋に入ると、荷物をおろし温泉に行った。
コトン……
暖かい温泉は、若干のアルカリ性がありヌルヌルしていて、それでいて熱めのお湯は俺の体の疲れを吹き飛ばしてくれるようだった。
入浴するだけでもほっとするというか、リラックスするからね。
それに普段お湯でも一人暮らしにとっては貴重だ。
これを感じられるだけでも贅沢そのものだろう。
笛吹さんは……何してるんだろ……。
反対側にいるのかな……?
まあいいや、露天風呂ってこうして外気に触れながらリラックスできるので今はこの時間を堪能しよう。
はじめて、過去を明かした。
そして、はじめて共感をしてくれた。
笛吹さんが施設暮らしとか……親の顔を知らないとか初めて聞いたけど、それを乗り越えたのは間違いなく彼女の才能だろう。
彼女は、改めて天才だとおもった。
普段だらしないし、酒とタバコに塗れてるし、人の布団の上で致すこともあるけど、それは彼女の芯の強さゆえなのかもしれない。
でも、こうして自分をさらけ出すって言うのは案外悪くない、彼女もいつも自分をさらけ出している。
それは、大きく肩の荷が降りるような感じがした。
「……ちょっとのぼせてきたかも。」
そろそろ、風呂をでて料理を食べるとしよう。
今日は海鮮たっぷりの料理である。
俺は自室に戻り、料理の出るところに行こうと思った。
すると、廊下に人影がある。
笛吹さんだ。一人でなにしてるんだろ、
「おーい!笛吹さ……!」
「最初はグー!じゃんけんぽん!あいこでしょ!」
……え?
「あいこでしょ!あいこでしょ!くぅー!右が勝ったから……今日は日本酒にするか〜!」
俺は絶句してしまった。
彼女は両手を使いジャンケンをしていた。
いわゆる1人ジャンケンである。
「……笛吹さん。」
「ぎゃあああ!」
「ちょっと!大きな声出すんじゃありません!」
「……なんだれんれんか〜。」
笛吹さんの声って耳に響くんだよな。良く通る声なんだけど……彼女はTPOを考え音量調節が苦手なのかもしれない。
「何してたんですか?」
「一人ジャンケンでビールか日本酒か悩んでた〜。」
「1人ジャンケンって成り立つんですか?だって何出すか考えますよね?」
「いや?手に勝手に決めてもらってる。」
「そうなんですか?なんか、タコとかイカみたいに触腕一つ一つに意思でも宿ってるんですか?」
「そうだよ〜えへへ〜。」
笛吹さん、軟体動物説が立証されてしまった。
「あれ、じゃあ執筆してる時は……。」
「あれはね、手が勝手に動くんだ〜。人の設定とか決めて、後は登場人物があたしの頭の中で勝手に喋ったり走ったり、知らないところに行ってそこにはそこのルールとかが勝手に生成されるんだ!」
「うーん、ちょっと何言ってるか分からないですね。」
やはり、凡人の俺には理解は難しかった。
彼女は、良くも悪くも天才である。
「じゃあ、海鮮料理たべますか。」
「いぇーい!飲むぞー!」
「……なんというか、ツーリング中も小休止に酒飲んでるのに笛吹さん逞しいっすね。」
「料理の酒は別腹だよ〜。」
「そんな、スイーツは別腹みたいな事を言ってるけど……実際は酒ヤクザというか酒カスいうか。」
「ディスってる!?」
「いえ、尊敬してます。」
「どこ見てんだよ〜!!」
ポカポカと俺の胸を小突く笛吹さん。
すると、テーブルには豪華な料理が沢山並べてきた。
綺麗に盛られた刺身や鍋、炊き込みご飯など見るだけで食欲をそそる。
俺は刺身を食べてみるのだが、これがかなり美味い。
なんというか、新鮮な刺身って水っぽくてコリコリしてるのだが、しっかりと処理をしていて食べるとトロっと口の中で溶けて、尚且つ魚の旨みがダイレクトに感じてくる。
美味い……美味すぎる。
俺は幸せの絶頂にいた。
旅行とはなんと素晴らしいものなのだろう。
笛吹さんも……日本酒を堪能していた。
「この日本酒美味すぎる〜!」
「へぇ〜純米酒の池ですか。」
「米の甘みとキリッとした味わいが最高……これは至高の日本酒や。」
「未成年なんでわかりません。」
「飲んでみる?」
「俺は法律を遵守しますので。」
「むう〜お堅いよ〜。まだまだお子ちゃまだな〜。」
「笛吹さんは、幾つから飲んでるんですか?出来れば20歳超えた年齢であることを願うんですけど。」
「え、〇〇歳だよ。」
「おいいいいい!まじかよ!」
笛吹さん……俺くらいの年齢からロックなんだな。
「私はね〜小説を書いてから編集長に毎日書かされてボツされてさ〜ムカついてビールをパクったのが初めてだったな。美味しかったな〜スゥパァドゥラァイ!」
「ねっとり言わないでください。あと食べながら喋らないでください。」
「むう〜!」
俺たちはその後も食事を楽しんで自室に籠った。
俺は、睡眠の準備をしていた。
正直、バイクに乗ってばかりで少し腰も痛い。
「あれ、笛吹さん寝ないんですか?」
「えへへ〜ちょっとね。れんれん先に寝てて〜!」
「じゃあお言葉に甘えて。」
シャシャっと筆を走らせる音が聞こえる。
笛吹さんは普段はタブレットで書くのだがやはり原稿に万年筆を走らせる方が良いみたいだった。
しかし、この書く音ってASMRみたいで落ち着くな……。
そんなことを思いながら……俺は意識は遠のいていった。
☆☆
朝の4時に目が覚める。
どうやら、よく眠れたから睡眠の質が良くなってそれほど眠らなくても良いみたいだった。
部屋を見返す。
すると、原稿用紙が散らかっていた。
何枚あるのだろう、ざっと200枚位はあるのかもしれない。1枚が400文字だから、俺が寝ている間に彼女は酒に酔いながら彼女は8万文字を書いたことになる。
なんて、集中力なのだろうか。
彼女は……机に腕枕をしていて眠っていた。
全く……困った人だ。
俺は、掛け布団を彼女の肩にかけ、風邪をひかないようにする。
すると、彼女のすぐ前に1枚の紙があった。
俺はそれを見てみる。
どれどれ……、主人公の亡くなった父親が主人公にかけた言葉か……、って早速俺のエピソードを小説にしてるじゃん!
でも、父の言葉というものに少し興味が湧き読んでみる。
「俺はある日不覚にも命を落としてしまった。お前にはとても辛い思いをさせてしまったのだと思っている。でも父さんは幸せだった。確かにお前にも辛い想いをさせてきたし、俺も目の前のことでいっぱいだったけどお前がいたからこそ前を向けたし、乗り越えられてきた。それが俺にとって人生最大の誇りだ。あの日お前が俺を選んでくれた時ほど嬉しい日は無く、父親であることを心から誇りに思えた。俺の息子として生まれてきてくれて、ありがとう。今は辛いかもしれない、でも乗り越えていけ。あ、でもちゃんとゴムは付けて俺みたいにはなるなよ〜、なんてな。」
俺は……そんな駄文に泣いてしまった。
まるで……本当の父親の遺書のようだった。
きっと、彼女が父親という設定を見事に再現して、勝手に喋った言葉なのだろう。
俺は……親父にありがとうを言えなかった。
だから、再現された親父に言葉を伝えたかった。
「ありがとう……親父……俺、頑張るよ。」
その日、俺は小さな夢ができた。
俺は美容師になりたい。
俺は親父の遺志をついで親父がいるあの世まで俺の名前が届くようにしたい。
そんな、子どもっぽい夢。
笛吹さんは、改めて天才だった。
この作品はきっと本屋に並ぶだろう。
そう安心したら突然、また眠気を強く感じた。
さーて、もう一眠りしますか。




