酒とタバコとバレンタインデー 8話
翌日の朝。
微睡みとちょっとした二日酔いで私はうなされながら目覚める。
昨日は焼き鳥を食ってから、何をしたのか記憶が曖昧だったけど無事に帰れたのでまあよしとしよう。
「……起きたのね。」
「あ!ことねぇおはよ!」
「……おはよう。今日はいよいよバレンタインのチョコを作る日ね。」
「あ〜面倒くさくなってきた。ことねぇ……代わりにチョコ作ってよ。」
そうすると、ことねぇは鬼の形相でほっぺをつねる。
「……あんたが作りなさい。」
「ご、ごめんて。」
相変わらずことねぇの私に対する扱いがちょっぴり酷いような気がした。
しかし、やると決めたからにはやるしかないのだけど具体的に何するかイメージがつかない。
「ことねぇはチョコ作れるの?」
「……まあ。」
そういうと、ことねぇはチョコを砕いてお湯の張った湯煎にかけてチョコをゆっくりと溶かし始めた。
「火で溶かさないの?」
「……あんた、ほんと女子力皆無ね。」
「ほっとけ!」
「チョコは基本的に生物の油だから強すぎると固まらなくなるのよ。」
「へぇーだからか。」
そういうと、ことねぇはちょっとずつ溶かしたチョコをゴムベラで混ぜると徐々に液体になってきた。
「おーー!じゃあ、あとは型に流し込むだけだ。」
「……甘いわね。ここからが本番よ。」
そういうとことねぇは氷水を用意して、今度はチョコを固め始めた。
チョコは少しだけ色に艶が出てきて、流動性が収まってる気がしてる。
もう何してるかわたしには到底理解が及ばなかった。
「何してるの?」
「……これは、テンパリングよ。」
「あ!私もバイトの時とかによくテンパリングするよ。」
「……それはただテンパってるだけじゃないの。テンパリングはチョコの結晶を生成する作業なんだけど、これを怠ると水分と油分が分離したりするのよ。」
「へー!ことねぇって色々知ってるね。」
私はチョコを作ったことがないけれど、ことねぇのその知識にはなかなか興味がそそられるものがあった。
「……よし、テンパリングが終わったから少し温度を上げて、型に流し込んだから余計なチョコを戻すの。すると……。」
「え、もう固まった?凄い!」
チョコの型がすぐに完成した。
どうやらテンパリングとやらは固まるのも早める効果もあり、仕上がったチョコはツヤがあり美しかった。
「……ふふ、こんな感じよ。」
「どれどれ、あれ?ことねぇ〜テンパリングしようとしたらダマになっちゃった〜!」
ことねぇはスムーズにやってたから簡単そうに見えたけどかなり難しかった。
固めすぎるとダマになるし、テンパリングが甘いと固める時になかなか固まらない。
私は何度もやっても満足の行くチョコが出来ずに少し折れそうだった。
「なんだ、これは。」
「……ふふ、可愛いとこあるのね。」
妙にことねぇは優しかった。
何度も失敗しても温かい目で見守ってくれる。
いつもこんなに優しいと助かるんだけどね。
そう思ってるとことねぇは一緒にゴムベラを持ってサポートしてくれた。
そして……。
「できた〜!」
「……うん、いい感じね。」
何とかチョコの型を作ることができた。
丸くツヤがあり、市販で売ってるものと大差がない気がして妙に達成感に溢れる。
「すごいよな〜ショコラティエってこんなダルい作業を毎日してるんでしょ?変態じゃん変態!」
「……全国のショコラティエ職人に謝りなさい。」
「それで、そのあとはどうすればいいの?」
「……あんたね。もういいわ、別のチョコに生クリームを混ぜてガナッシュにしましょ。」
そういうと、ことねぇは生クリームを小鍋で温めてチョコと混ぜると、トロリとした液体が完成する。
スプーンで1口渡されるとわたしは驚愕する。
「うま!?なにこれ、生チョコじゃん!」
「……ふふ、あんたは反応が初々しくていいわ。」
私は、恐る恐るチョコの型にガナッシュを流し込んでチョコで蓋をする。
そして、試しに食べてみるとお店のような味が完成して私は言葉を失ってしまった。
「……うん、いい感じね!」
「ことねぇ!チョコ作り面白いやん!」
そのあとは、色々アレンジにも挑戦した。
例えば、ピスタチオのペーストと混ぜてみたり、ドライフルーツやナッツをまざたりして、私はどんどんとチョコを作っていく。
その成功体験が楽しくて、私は無我夢中になっていた。
材料と時間が許す限り、どんどん作っていく。
その度にことねぇの可愛い包装をして、私は2人に渡すためのチョコを作り上げるのだった。
☆☆
「ふぅー!作った作った!」
「……お疲れ様、頑張ったわね。」
「えへへ〜!」
そう言って、私はれんれんと編集長とは違うチョコをことねぇに渡す。
「……どうしたの?」
「ことねぇ!これわたしから……いつもありがとう!」
「……。」
そう、実はこれはことねぇへのサプライズでもあった。
いつも私たちは喧嘩ばかりしている。
私は酒を飲み、ことねぇはタバコをふかしている。
でも、それでも私はこの繋がりがきっと大切なものだろうと思っていた。
ことねぇは、チョコを取り出してひとくち食べる。
「どう?美味しい?」
「……うん、とっても美味しい。酒ともタバコとも違うけど、私にとってはこれも大切な味なのかも。」
ことねぇはいつも遠回しだった。
今だってそうだ。
でも、そんなことねぇをいつもいつまでも1人の親友として大切にしたかったのだった。
「……さやか、私もいつもありがとう。こんなに無神経で愛想の悪い私と友達でいてくれて。」
「ううん!私もいつもありがとう!」
人に何かを送るというのは、とてもかけがえのないものだと思った。
そして、私はれんれんにもそれを渡しに行く。
彼はどんな顔で喜んでくれるのか、今からでもとても楽しみだった。
「……さてと、私が面倒見れるのもここまでね。」
「え?」
「……今のあなたなら、飯田くんときちんと仲直りできるんじゃない?」
「ちょ……ちょっと早いんじゃないかな。明日からでも。」
「……いや、帰るところに帰りなさい。きっと飯田くんも寂しいと思うし、あなたも準備できてるはずよ。」
そう言って、ことねぇは私を追い出してきちんと洗濯してくれた服をビニール袋に包んで渡すと家の鍵を閉められてしまった。
外を見ると、大粒の牡丹雪がゆっくりと降り、光を乱反射していてとても幻想的な風景だった。
寒いはずなのに、妙に私の心は暖かくなっていた。
「全く、いつも不器用なんだから。」
でも、帰るところが決まると私はれんれんの家へと歩いていく。
ほんのりと道は雪で白く染め上げ、足の裏を柔らかい雪が潰れて独特の踏み心地を味わう。
その1歩1歩を踏みながら見慣れた街へと歩いていく。
吐息が白く小さな雲を作るかのようだった。
帰ろう。
れんれんには、謝罪でなく感謝を伝えるために。
チョコを片手に私はどこまでも極寒の雪道を歩いていく。




