酒とタバコとバレンタインデー 5話
「お帰りなさいませ〜!ご主人様!!」
「おおー、ことねちゃん!可愛い子だね、新人かい?」
甘い匂いが漂うメイド喫茶。
そこで私こと笛吹さやかはそこにいた。
「そうなんですよ!じゃあ……自己紹介!」
「し……新人メイドのふぇで〜す!よろしくお願いします!」
し……死にたい。
私はなぜこんな所でメイド服を来ているのかと言うと……それは昨日の出来事だった。
☆☆
「…そろそろバレンタイン4日前だし……そろそろチョコでも買おうかしら。」
「えへへ〜、とびっきりのやつ作るぞ!」
「……そうね、買い出しも行かないとね。」
私たちはバレンタインのチョコを作ることになって、いよいよその計画を進めようとしていた。
「……えっと、何作ろうかしら?」
「んー、いざ作ると何も思い浮かばないね。お互い女子力皆無だからな。」
「……一緒にしないでくれる?」
さりげなく酷いな。
きっと女子力皆無な事実を回避したいのかもしれない。
「んだよぉ!つーか……ことねぇは誰に作るんだよ!!」
「……そんなの、し……しごと仲間に決まってるじゃない。」
ことねぇは少しだけ目を逸らす。
あれ?いつもの毅然とした態度はどこいった?
「ほんとに?」
「……ほんとよ。」
「もしかして、男の人にもあげるの?」
「……(ギクッ)あげない。」
今ギクッて挙動していた。
表情は明らかに平然を繕っていた。
「……逆にあんたは誰にあげるのよ。」
「えー、編集長とれんれんに決まってるじゃん。あ、男の人だよ。」
「……あんた、いい性格してるわね。」
「まあいいじゃん、お互いアラサーなんだしそういうのもひとつやふたつあるに決まってるし、さーて!私の財布いくら入ってるかなー!」
財布を開けると数枚小銭が入っていた。
10円が4枚と、5円が1枚、そして1円玉が4枚の49円しか無かった。
「あ……あれ?おかしいなー、この間まで4万円くらいあったはずなんだけど。」
「……いや、あんたこの前酔っ払ってパチンコにお金費やしてたじゃない。」
「そだっけ?」
「……飯田くんがあなたの口座を管理する理由、ちょっとわかったかも。」
「どうしよう……ことねぇ、お金が無いよ!お金貸して!」
「……嫌よ、あなたもう何回か私の貸した金踏み倒してるもん。」
どうやら、酔っ払ってる間にことねぇに幾つか借りてた事実も発覚した。
どうしよう、でもお金を取りにれんれんに連絡するのもなんか違う気がする。
「どうしよう!ことねぇ!」
「……タ〇ミー使ったら?あとUb〇r。」
「そんなの私がやったらミスを連発したりして死ぬわよ!社会不適合者舐めんな!」
以前私が売れる前も幾つかバイトはしてたけど遅刻したり、仕事を覚えなかったりで1週間以内にクビになっていた。
恐らく人の言うことを聞くことが出来ないのかもしれない。
「……仕方ないわね。じゃあ別の方法考えてあげる。」
「まじ?ことねぇ、ほんと頼りになる!」
「……ふふ。まあ楽しみにしてて。」
☆☆
こうして、翌日私はことねぇにメイド服を着せられ、メイクとヘアメをして今に至るのだ。
こ……この服スカートの裾も短い。
男たちがニヤニヤしてる姿を見てゾッとしてしまう。
こんな公開処刑みたいなことを毎日してるのかと思ったらことねぇのことを少し尊敬しそうでもあった。
「ふぇちゃんは、趣味とかあるの?」
お客様……もといご主人様からそんなことを聞かれる。
どうしよう、なんて答えれば正解かな?
「んー、酒とパチンコ?」
「おお!!」
40代くらいの男3人が歓声を上げていた。
「へー!お酒強いんだ!何飲むの?」
「えっと……普段金ないから鬼ころし飲んでます!」
「マジか!ふぇちゃんめっちゃおもろいやん!この子推すわ!」
「そうだな!ふぇちゃん界隈つくろう!」
……どうしよう、思いのほか男たちは大ウケだった。
普段公園で1人のみしてる時は見向きもされないのに、メイド服を着てるだけでキャラとして確立してしまうらしい。
「ふぇちゃんいいわ〜!この子とチェキ頼も。」
「俺も俺も!」
そうオーダーされたので、私は追加料金のオプションでチェキを撮ることになった。
チェキ1枚で700円。
いかん、下手すれば小説並じゃん。
人ってこういうものにも金使うんだな。
何枚か写真を撮り終える。
「ことねぇ、チェキってどうすればいいの?」
「……この写真にありがとう!みたいな感じで文字書いて。」
「んー、なるほど……よく分からないけどわかったー。」
そういって、私はチェキにサイン会のサインを書いて渡す。
スマンがこれしか書けないんだよな。
それをさっきのおじさんたちに渡すと大喜びだった。
「すご!なにこれサインじゃん!」
「え、なんかやってたりする?」
どうしよう、文字書くだけで褒められる。
単発バイトだと、使えねぇだのいらねぇとかで最後罵倒されてたのに……なんて良い職場なのだろう。
「そうですね〜ちょっと小説を。」
「「「小説??」」」
おじさん達は目を丸くしていた。
どうやら、私は普通の人には情報量が多いみたいだ。
「へぇ〜!すごいじゃん!」
「だな!俺たちなんて会社の課長してるしみったれたおっさんだから尊敬するよ!」
「え、出版とかしてるの?」
「まあ一応……。」
多分ここで正体はタブーかもしれない。
編集長によると私は知名度が高いから少しでもしくじれば株価が傾くとか色々いってたから余計なことは言わなくていいだろう。
「いやー!俺達も若い頃は会社立ち上げようとかやってたのにな〜。」
「だな……家族とかできると中々できないもんだ。」
「ふぇちゃんの作品は……結構売れてるのか?」
「まあ……ぼちぼちですね。良い作品を作ると、つねにそれよりもいいもの作らなきゃとか、色んなプレッシャーに押しつぶされそうです。」
つい、少しだけ本音で話してしまう。
ただの客だと思ってたけど、人として見るととても話しやすくていい人たちだった。
「そうなんだな。」
「でも……ふぇちゃんはいいよ!そのキャラがいいよな!たった数十分でも俺たちはこうしていい酒を飲めてるから、きっといい作品書いてるんだろ!」
「じゃあ……もう一杯頼むか!ふぇちゃんが成功できることを前祝いで……!」
そういって、男たちは酒を注文して乾杯していた。
他にもたくさんの人とも話すけど、とても良い刺激だった。
たしかに私は社会人としてはダメなのかもしれない。
オーダーもろくに覚えられないし、接客もめちゃくちゃだ。
でも、ひとつの事を貫くとそれだけで他の人に無いものを持っていると思い知らされた。
気がついたら、忙しくなってきて仕事はとうとう終わりを迎えてしまった。
「あー!めっちゃ楽しかった!」
「……色々ツッコミどころ満載だったけど、お陰でドリンクとか売れてすごく助かったわ。」
「うん!あ、店長……それで給料は。」
「そうだったわ、はい……これ。」
こうして、ことねぇから封筒を渡されてにこにこしてみる。
意外と汗水流して稼いだ金というのも悪くないものだ。
さーて、いくら入ってるのか……。
しかし、渡されたお金は2000円しか入ってなかった。
「あ……あれ?ことねぇ〜!少ない、ちょっと少なすぎない?」
「……いや、正当よ?」
「いやいや!あんたの店時給そこそこ高いの見たよ!多分1万円は余裕で超えてたと思うんだけど!」
「ほら、あなた私に借りがあったじゃない?そこを天引きさせて、チョコだけを買えるお金は払っておきました。」
「鬼だ!ここに鬼がいる!!」
「……あんたね、良くもそんな口きけるわね。」
こうして、閉店されたお店の中で私たちの声がどこまでも響き渡る。暗闇の中ほんのりとオレンジ色の蛍光灯が照らしていた。
しかし、私の心は不思議なくらい満たされていた。
たくさんの人に出会い、話をして知らない自分の視点を見ることができた。それくらい楽しく過ごせた1日だったのだから。
ともあれ、きっとこの2000円を酒やパチンコに費やすことはないだろう。
このお金で、れんれんに喜んでもらいたいから。




