46.売られた聖女は愛を誓う
数日間ロセアン公爵家に滞在し、私たちはフェーグレーン国へと戻った。
帰国早々、私たちはトルンブロム宰相の準備していた婚約書類にサインした。
これからは一年後の結婚式に向かい、準備を進めることになる。
私たちが帰国したタイミングで、エヴァンデル王国の王家は、国中を瘴気が覆った事件を『浄化の魔法陣の寿命』だったと発表した。
私が聖女を降りる事件となったシーンバリ伯爵領での事故はその前兆であり、私に責任はなかったことだと告知され、一応の名誉の回復がはかられた。
また、シーンバリ伯爵令嬢は、聖女として魔法陣の崩壊に対処しようと取り組んだが、一人の力で崩壊を止められるものでもなく、結果、エヴァンデル王国も他国と同じように今後瘴気の被害を受けることになるとの説明もあった。
真実はシーンバリ伯爵令嬢が聖域に瘴気を持ち込んだからだが、王家もそれを知っていて黙認していた。
そのことを広めると、王家にも都合が悪いからだろう。
命を削り対処した身としてはやるせない話だが、統治者の立場に立つと仕方のない対応かもしれなかった。
シーンバリ伯爵は違法奴隷の件で、処刑されるそうだ。
シーンバリ伯爵令嬢は父の犯した罪もあり、聖女の地位を返上した。
今後は国内を回り、瘴気の被害に遭った人たちの治療などを行うのだという。
フェーグレーン国の宮殿の一室で、フェリクス陛下よりエヴァンデル王国の王家の行った発表の内容を聞き、私はため息をつくのを我慢していた。
それも容易に見破られてしまったようだ。
「あちらの王家のやり方が不満か?」
頷くに頷けない私に、陛下は微笑むと、意味深なことをいう。
「まぁ、見ているといい。
彼らは自ら結末を選んだのだ」
「どういうことでしょうか」
「今は言うことができぬが、すぐにわかるだろう」
それ以上のことをフェリクス陛下は教えてはくれなかったが、陛下の言葉の意味はすぐにわかった。
エヴァンデル王国の王家の発表に、当時、ほとんど支援されることのなかった大都市以外の町や村に住む人々が、『それだけであのような非常識な量の瘴気があふれるとは信じられない』と不満の声をあげたのだ。
また、彼らへの補償を行わなかったことで、その補償を求める声も大きい。
日々強くなる民衆の疑問と不満の高まりに応え、ロセアン公爵――父が『王家が隠した真実を公表する』と立ち上がった。
そして、実際に、王家が隠したかったほとんどのことを、民衆に広めてしまった。
どうして父がそのことを知っているのかと一瞬思ったのだけれど、陛下が話したのだという。
そういえば、ロセアン公爵邸に居る間に二人きりで長い時間話をしていた。
事実を知った民衆の怒りはすさまじかった。
王家の責任で魔法陣を失ったことに対し、連日、責任を取れという声が王城にまで物理的に届くほどだという。
そしてついに、民衆は、今の王家ではなく、真実を広めたロセアン公爵こそが今後この国の王に相応しいともてはやすようになった。
父に危ないことをしてほしくはないけれど、王家に喧嘩を売ったのだ。
何事もなく終わるはずがない。
ロセアン公爵は『王家に責任を取らせる』という大義名分のもと、手勢を率いて王都へ向かった。
義勇軍などは募っていないのに、行く先々で同行を申し出る者が増え、結局はたくさんの人間が父の元に集まった。
その姿にさらに民衆からの支持が集まり、それを見て大多数の貴族も父についた。
それでも、王族とその周辺にいる一部の貴族は今の王家側についている。
どうなることかと思ったけれど、決着は父が王都入りする前についた。
国王と王太子は、王城に忍び込んだ王都の民の手によって捕縛されたのだそうだ。
捕縛された二人は父に引き渡され、裁判にかけられた後、処刑された。
父がエヴァンデル王国の国王となり、ルーカス・ロセアン・エヴァンデルと名を改めた。
そして国内が落ち着いたタイミングで私たちのところにも使者が訪れ、改めて国交が結ばれた。
父の統治は始まったばかりだが、うまくいっているようだ。
聖域を調査させ、浄化の泉に、聖属性の魔力を持つものが祈りを捧げると浄化作用を持つようになることを公表した。
そのことが希望となり、民衆の支持は高い。
浄化の泉の水を取り過ぎないよう、管理はロセアン王朝と、フェーグレーン国の二国で行うようだ。
フェーグレーン国からも瘴気の浄化の研究を行っている専門家を派遣するという。
泉に浄化魔法をかける者は、一人きりに頼らずともよいように、複数の聖属性の魔力をもつものが交代で担当するようだ。
聖属性の魔力をもつものは、珍しいとはいえ何人も居る。
その人達で協力して、浄化の泉を次世代に残すよう取り組んでいくという。
スムーズに決まっていく事態に、私は陛下に尋ねた。
「どこまで、最初から考えていらっしゃったのですか?」
「何のことだ?」
「ロセアン国の浄化の泉のことです」
最初にあの泉を見つけた時点では、エヴァンデル王国の処刑された前国王に告げるという選択もあった。
「処刑された前王は、一度浄化の魔法陣の管理に失敗している。
反省があるかどうか見ていたが、あの後も事実を隠蔽し、何も変わらない様子だった。
セシーに謝罪もなく、感謝もなかった。
あれでは、任せてもまた同じことが起きるだけだろう。
私はセシーが守ろうとしたものを、確実に守ることのできる者へと引き継げるよう支援しただけだ」
陛下は、エヴァンデル王国内に騎士隊の一部を残し、父のサポートも行っていたそうだ。
あまりの周到さに絶句する私に、フェリクス陛下は微笑む。
「セシーも満足のいく結果になっただろう?」
「そう、ですね」
あの泉を、あのままアルノルド殿下と前国王陛下に任せきりにするのは私も抵抗があった。
おそらくは、一番よい結果に落ち着いたのだろう。
「ならば、褒美をねだってもよいだろうか」
上目遣いに私を見つめてくる陛下に、私は辺りを見回した。
今、この部屋は人払いがしてあり、私たちの他には誰もいない。
「目を閉じてくださいませ」
「セシーの恥ずかしがる顔を見ていたいのだが」
「フェリ様」
軽口をとがめると、陛下は静かに目を閉じた。
いたずらに煌めく青銀の瞳が隠れ、頬にまつげの影が落ちる。
美術品のように綺麗な顔立ちは、そうすると触れるのが怖い程に神々しい。
私は、おそるおそる頬に手を添え、弧を描く唇へと自らのを重ねた。
一年後。
結婚の準備はつつがなく終わり、吉日を選んで結婚式が行われる。
今日は結婚式の当日である。
私は、エヴァンデル王国風の白いウェディングドレスを着ている。
この後、列席者が見守る中、女神様に誓いの宣誓を行うのだ。
エヴァンデル王国からは兄が、王家を代表して参列してくれている。
ほかにも、フェーグレーン国の貴族だったり、周辺国の使者も来てくれていた。
エヴァンデル王国の王位を父が継いだことで、私は、エヴァンデル王国、フェーグレーン国の二国で聖女としての地位を与えられた。
そのこともあって、この婚姻は近隣各国からも注目されているようだ。
侍従が呼びに来た。
そろそろのようだ。
陛下が私の手を握る。
「セシー、緊張しているのか?」
「少し。陛下は、あまりお変わりないのですね」
「やっとセシーを妻に迎えることができるのだ。緊張どころか、少し浮かれている」
返事をする前に、陛下が足を踏み出した。
私もエスコートされるままに進み出る。
「本日、エヴァンデル王国のロセアン国王のご息女、セシーリア王女を我が妻として迎える。
私はこの命尽きるまで、彼女を愛すると女神イリスに誓う」
「私もフェーグレーン国の国王、フェリクス陛下への終生の愛を、女神様に誓います」
一瞬の間の後、会場には祝福の拍手が満ちる。
静まった後に、陛下は告げた。
「この良き日に、かけつけてくれたこと感謝する。
今日はエヴァンデル王国から祝いの酒も届いている。
我が国の料理もぜひ堪能していってほしい」
披露宴は立食式だ。
各国の使者や貴族たちからの挨拶を受けた後、礼装に身を包んだトルンブロム宰相がやってきた。
驚くことに、あの長かった髪が切られている。
「陛下、妃殿下、ご結婚おめでとうございます」
「ああ」
「ありがとうございます」
聞いてよいのだろうか。
ためらっていたところを、フェリクス陛下が尋ねる。
「その髪はどうしたのだ?」
「願いが叶いましたので切りました」
「そうか。ヘンリクの短髪は懐かしいな」
「陛下の兄上のオリバー様の初陣の時から、伸ばしていましたので」
「そうか」
「きっと、オリバー様も、ベルトルド様も、お喜びでしょう」
「ああ」
オリバー様とベルトルド様というのは、陛下の二人の兄上のお名前だ。
陛下の二人の兄に献杯をしたところで、兄がやってきた。
「陛下、並びに妃殿下、本日はおめでとうございます」
「ロイド殿。来てくださって感謝する」
「本当は両親も来たかったようなのですが、さすがに今は王位を継いだばかりで国を出ることができなかったようです」
「そうです。通常は、国王陛下が国を空けるなんていうのは、異常事態なのですよ」
お兄様の言葉に力強く同意する宰相に、陛下は返す言葉がないようだ。
浄化の泉の権利を持って帰ったからよいものの、一年前、陛下が当初考えていた以上に長期間国を空けたことに関して、思うことがおありのようだった。
そうしていると、ロイドお兄様もやってきた。
「そちらは――」
お兄様は一度は会談を行っているそうだが、宰相のことが一瞬誰だかわからなかったようだ。
「宰相のヘンリク・トルンブロムです」
「髪を切られると、印象が変わられますね」
「そうかもしれません。ところで、ロイド殿は妃殿下の無実を晴らすために西の国々も回られたのですか?」
「よくご存じですね」
「最近あちらの国の情勢が変わったようで、少しお話を聞きたいのですが」
「ではここでは、少々目立ちすぎますので、あちらでお話ししましょうか」
「よろしくお願いします」
そして、お兄様は宰相に連れていかれてしまった。
「私たちも少し外に出よう」
そういう陛下に連れられて、私も外に出る。
庭に出ると外は抜けるような青空だった。
前庭が城下の民に開放してあり、私たちの結婚を祝うにぎやかな声が聞こえてくる。
騎士団は、今日はほぼすべての隊が出動してくれている。
彼らには後日、休暇と祝い酒が振舞われる予定だ。
「疲れてはいないか?」
「いいえ。陛下はいかがですか?」
「先ほどと同じだ。少し、浮かれている」
そう言って、陛下は微笑む。
「このままここを抜け出してもよいのではないかと考えているくらいだ」
さすがにそれは許されないだろう。
「だから、今はこれで我慢するつもりだ」
そう言って、軽いキスが唇に落ちる。
化粧が崩れるからと、侍女たちには朝から止められていた。
本当は、私も止めなくてはならない。
けれど、私ももう少ししたらフェ―グレーン国風のドレスへとお色直しを行うことになっている。
それまで、少しくらい良いだろう。
私も、陛下に身を任せた。
後世。
フェリクス陛下はその優れた治世により、賢聖王の呼び名がついた。
私は、二か国で聖女と認められた王妃として有名となり、また、陛下とロセアン王家の尽力があり、聖属性の魔力を持つ者の能力を導くための学校を開くことができた。
その学校は、エヴァンデル王国と共同で管理する浄化の泉のそばに作られた。
聖属性を持つものは、国を問わず誰もが浄化や治療に特化した技術を学ぶことができるという学校だ。
そして、そこで学んだ者たちが、各国、各地で活躍し、その名を高めたという。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
連載中、ご感想や評価などを頂けて嬉しかったです!
ありがとうございました!!
もしお時間がありましたら、ブックマークや画面の下の方にある☆☆☆☆☆ボタンを押してくださると、とても嬉しいです。
今後の励みにいたします!






