44.売られた聖女は異郷の王の愛を得る
翌日は、珍しく陛下も何もご予定がないようだった。
「セシーリア嬢、今日は何か予定があるか?」
「いいえ」
「なら、少し付き合ってくれぬか」
そう言って、城の外に連れ出される。
そのままスヴァルトに乗ると、改修の進む王城の一部を遠回りして、聖域の方へと向かった。
遠回りした際に、少し王都の様子が見えたけれど、そちらも復興が進んでいるようだ。
聖域にいた魔獣もすべて退治されたようで、危険な気配はしない。
浄化の泉へは、問題なくたどり着いた。
最後に浄化を行った日のままの姿で、泉は静かにそこにあった。
水辺には黄鈴花が咲き乱れている。
一帯に、甘やかな匂いが広がっていた。
私は、陛下にスヴァルトから降ろしてもらい、あたりを見渡した。
もう一度ここへ来たいと思っていたけれど、私から言い出すと余計な憶測を生みそうでなかなか言い出せずにいたのだ。
「どうして、こちらにつれて来てくださったのですか?」
「セシーリア嬢は責任感が強い。
あの後どうなったか、気になっているではないかと思ったのだ」
陛下はスヴァルトにしばらく好きに過ごすよう告げてから、私の手を取った。
そして共に泉へと向かった。
「既にこちらの国の研究者たちが報告を上げたようだが、ここの魔法陣は、瘴気に触れると劣化する性質を持つ石材で作られていたそうだ。
今、この世界中を探しても、この国以外ではもう見つけることのできない、神魔戦争以前の素材らしい」
「そうだったのですね」
大地を瘴気が満たしている他の地域では、確かにここ以外で見ることのできない素材だったのたろう。
けれど、もうそれも過去のことだ。
「つまり、もう、再現は出来ないのでしょうか」
「石柱に刻まれていた魔法陣は記録されているようだから、他の石材で、再現できるかだろうな」
再現しなければ、この国は他の国と同じ道を進むことになる。
そして、そのような大切なものを絶対的な欠点がわかっていて使っていたのだ。
おそらく他の素材では再現できる可能性が低いのだろう。
「私は、どのような責任を負うのですか?」
「セシーが?」
フェリクス陛下は不思議そうな顔をされる。
だが、私の行った浄化はあの石柱の寿命を縮めたようなものだ。
「ここの敷地の管理者は王家で、セシーに浄化をせよと命じたのはこの国の国王だ。
言われた通りに仕事を果たして、結果もだしているのに、どんな責任を取るというのだ?」
「……石柱が、私の浄化でなくなってしまいました」
「研究者が言っていたが、あそこでセシーが浄化の力を振るわなければ、数日であの石柱は自壊していたそうだ。
むしろ、石柱があるうちにあの量の瘴気を浄化できたからこそ、王都はこの程度の被害ですんでいるともいえる。
だから、セシーは褒められこそすれ、罰せられることなどない」
「そうなのですね」
陛下の答えに、心のどこかで張り詰めていた緊張が抜けていく。
「すべての責任は、聖なる地だと知りながらこの地に瘴気を持ち込んだものたちが取るべきだろう」
フェリクス陛下は続ける。
「浄化の魔法陣がなくなったせいか、この国の野心の高いものたちから、遠回しに、この国が欲しくないかと言われた」
「どう、答えられたのですか?」
「断った。
我が国も常に問題を抱えている。
こちらにばかり、注力もできないだろう。
せめて、領地が接していれば違っただろうが、このような離れた場所に領土をもらっても困るのだ。
自ら国土を広げる幸運を断った私を、不甲斐ないと思うか?」
「いいえ」
心のままに答えると、陛下の表情が少しやわらぐ。
「王家にはセシーとの婚姻を認めさせた。
セシーの気持ち次第だが、問題なく嫁いで来られる」
おどろく私に、陛下はその場にひざまずくと手を取った。
「セシーリア、愛している。
どうか私と結婚すると誓ってくれ」
父が反対することはないだろうが、まだ話さえしていない。
けれど、陛下には十分、待ってもらっている。
それに陛下を失いかけたあの時のことを思い出すと、結論は出ていた。
私こそ、陛下の存在が必要だ。
「はい。私も、愛しています」
私の答えに陛下は私の手を額に押し頂く。
「生涯をかけて、あなたを守ると誓おう」
誓いの言葉の後、陛下は立ち上がり、私を抱きしめた。
「セシーが承諾してくれて嬉しい。
だが、何をためらったのだ?」
目ざとく私のためらいを見とがめた陛下に、素直に答える。
「……まだ、父には了承を得ていません」
そう答えた私に、陛下が微笑んだ気配がした。
「もし、セシーのお父上が反対なさっても、必ずや説得しよう。
それ以外にも、不安があれば何だって私がしりぞけよう。
他は何が不安だ?」
その頼もしすぎる答えに、私も微笑む。
「何もありません。
これからも、どうぞよろしくお願いします」
そう続けると、陛下の腕が緩み、今度は頬に手が添えられる。
頬にかかった髪の毛を掬われ、耳にかけられた。
陛下が近づく気配がして、私は、反射的に目を閉じる。
そうして、柔らかなものがそっと唇へと触れた。
今まで感じたことのない甘いしびれに、体中から力が抜けていくようだった。
最初は軽く、次第に深くなる口づけに身を任せ、私たちは時間を忘れて、スヴァルトが迎えに来るまで、ずっとそうしていた。






