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【書籍化・コミカライズ】売られた聖女は異郷の王の愛を得る  作者: 乙原 ゆん


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38.売られた聖女は救出される

 気がつくと、私は薄暗く狭い場所にいた。

 拘束されており、身動きは取れない。

 まだ夜のようで、辺りは暗く、外の様子もわからなかった。

 振動から、馬車の中にいるのだということだけはわかる。

 かなり速度を出しているのだろう。揺れは激しく、時々体が固いものにぶつかる。


 心の中で後悔が募る。

 カールソン伯爵への用心が足りなかった。

 あのような場で、思い切ったことをするなど思いもしなかった。

 話を聞かずに、まっすぐ客室に戻っていれば、今このようなことにはなっていなかったかもしれない。

 何か手がかりになる声は聞こえないかと、しばらく耳を澄ませていたが馬車が走る音しか聞こえなかった。

 今さら無駄かもしれない。

 けれど、私はできることをしようと、魔力を集中させ続けた。

 そのまま、一睡もせずに朝を迎えた。


 馬車の隙間から光が差し込んでくると、放り込まれたこの場所の様子が確認できる。

 どうやら私が載せられているのは荷馬車のようで、私の周りには空き箱が積まれている。

 私が時々体をぶつけてていたのは、その箱のようだった。

 今どのあたりだろうか。考えていたところで、馬車が止まった。


「お目覚めになられていましたか」


 荷馬車の入り口から顔を覗かせるカールソン伯爵を睨みつける。


「どうやら眠られなかったようですね。それでは体は持ちませんよ」

「……このようなことをして、許されると思っているのですか」

「あなたに許される必要はありません。私は王家の命に従っています」

「このような方法で連れ帰っても、私は協力はいたしません」

「それは私の仕事ではありませんからね。きっと殿下が何か考えておられるでしょう。

 しかし、お元気そうでよかった。まだ休憩は不要のようですね。

 一応、ロセアン嬢の気が変わったために急遽帰国を決めたと置き手紙をして参りました。

 ですが、あの国王の様子ですと、追手がかかっているでしょう。

 しばらくはこのまま先を急ぎます」

「――きっと、フェリクス陛下が見つけてくださいます」

「さて、それはどうでしょう。私も準備はしてきているのですよ」


 カールソン伯爵は不敵に言い放ったその時だった。


「ほう、エヴァンデル王国の王家は我が国のことを、大分侮っておられるようだな」


 聞き覚えのある声と共に、視界に銀色の鋭い輝きが映った。


「フェリクス陛下……!」

「セシー、無事か? 遅くなった」


 カールソン伯爵の喉元には銀色の刃が当てられている。

 その剣を握るのはまごうことなきフェリクス陛下だった。


「――な、なんで!?」


 動揺するカールソン伯爵に、陛下が答える。


「この国の誇る魔馬をご存じないのか?

 夜通し普通の馬を走らせた程度で、撒けるなどとは思わないことだ」

「ほ、他の馬車は――」

「お前が用意していたおとりは、三つのうち二つは王都の検問で止めた。

 もう一つも、今頃、他のものが捕まえているはずだ」


 話している間に、騎士がやってきて、陛下が騎士へとカールソン伯爵を引き渡す。

 だが、カールソン伯爵は納得いかない様子だ。

 フェリクス陛下が縛られている私の拘束をほどいてくれた。


「で、でも、なぜこちらだと――」

「セシーリア嬢が、痕跡を残してくれていたからな」


 どうやら、フェリクス陛下は気がついてくれたようだ。

 馬車が通った道の黄鈴草を不自然に成長させ花を咲かせるよう、私は夜通し魔力を使い続けていた。

 都合良く道端に黄鈴草が生え続けているわけではないので、気がついてもらえるかどうかは賭けだった。

 カールソン伯爵が、騎士に拘束されながらも信じられないといった瞳で見てくる。


「そんな能力も、おありだったのですか」

「私もこちらに来て知った能力です」


 カールソン伯爵は諦めたようにうなだれる。


「逃げられないよう、しっかり見張っておけ」


 陛下の言葉に、騎士はカールソン伯爵をどこか別の場所に連れていった。



 フェリクス陛下が馬車を降り、私もそれに続く。

 体がこわばっていたためうまく動けず、陛下が支えてくれた。

 外にはスヴァルトと、第三騎士隊の面々がこの馬車を守るように待っていてくれた。

 陛下の指示で、私が休息を取れるように、支度が始まる。

 私は少し体を動かした方が良いだろうと、陛下に支えられて騎士隊に見守られながら安全な場所へと誘導される。


「セシーリア嬢、危険な目にあわせてしまい、申し訳ない」


 フェリクス陛下の謝罪に、首を横に振る。


「来てくださって、ありがとうございます」

「当然だ。疲れただろう。休息をとったのち、私たちも戻ろう」


 フェリクス陛下が足を止めて私を見る。

 その目を見つめ、私は何と答えるべきか、言葉を探した。


 本来なら、その言葉に素直に頷くべきなのだろう。

 だが、私は、そうすることができなかった。


 お父様は、戻ってくるなと言われていた。

 カールソン伯爵は、何としても私を連れて帰るよう命令を受けていたという。

 そのようにしてまで、私を連れ帰らなければならないほど、エヴァンデル王国の状態は悪いのだろうか。

 昨晩。一人放り込まれた馬車の暗闇の中、助けを願うのと同時に、ずっとそのことを考えていた。

 ずっと聖女として守っていた国だ。

 どうしても、気になってしまうのだ。


「陛下に、お願いがあります」

「なんだ?」

「絶対に、この国へ帰ってきます。ですので、一度、エヴァンデル王国へと帰らせてください」

「……こうして私が追いかけてきたのは余計なことだったか?」

「いいえ。来てくださって、とてもうれしく思っています。

 ですが、エヴァンデル王国で起きていることも、気になるのです」

「あなたを売った国なのに、救いたいというのか……?

 もしや、セシーリア嬢は元婚約者のことを――」


 言いかけたフェリクス陛下のお言葉を、失礼だと思いながらも遮る。


「誤解です!

 王太子殿下ーー婚約者だった方に、特別な感情などありません。

 私が気にしているのは、あの国の民のことです。

 八年もの間、私はあの国で聖女を務めていました。

 そして、末端とはいえ、私はあの国の王家の血を持ち、まだ正式にはあの国に所属しています。

 長い間守ってきたあの国の民にできることがあるのなら、私は何かしたいと思うのです」

「『まだ』という言葉に、私は期待をして良いのか?」


 真剣な表情のフェリクス陛下に、それが何を指しているのかを察し、私はうなずいた。


「――陛下が、今も望んでくださっているのなら」

「私の気持ちが変わるわけがないだろう。

 だが、そうか。未来の妻のわがままを叶えるかどうかも、私の度量の見せ所か」

「えっ?」


 フェリクス陛下は私を抱き寄せると、耳元でささやく。


「私は好意を伝え、セシーは了承を告げたのだ。

 私に嫁いでくるつもりがあるのだろう?」

「あ――」


 その言葉を否定できず、うろたえる私を、陛下はただ楽しげに見つめている。


「婚姻を結ぶのなら、セシーのご両親にも挨拶が必要だろう。

 それに、あちらの国の王家にも一言知らせる必要があるだろうからな。

 我々も共に向かう」


 驚く私に、陛下は問う。


「セシーの御父君の手紙には、国中に魔獣が湧いているとあった。

 瘴気は浄化できるだろうが、実は、魔獣に対抗する術を持っているのか?」

「……いいえ」

「ならば、そのような場所に一人で帰すわけにはいかないではないか。

 見たところ、あの使者殿には。魔獣への備えがあるようには見えなかった。

 何が起きているのかわからない危険なところに、何の準備もなく向かわせるような真似をさせられるものか」

「……よいのですか?」


 フェリクス陛下が来てくださるなら、心強い。

 けれど一国の王をこのように私情で振り回して、よいのだろうか。


「ああ。私はその可能性も考慮してここに来ている」


 思わず陛下を見上げると、フェリクス陛下は満足げに笑みを浮かべていた。

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【書籍化情報】
▼2023年2月17日発売▼
売られた聖女は異郷の王の愛を得る(笠倉出版社 Niμノベルス様)
表紙絵

【コミカライズ情報】
▼2025年10月15日発売▼
表紙絵
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