37.売られた聖女は使者と会う2
カールソン伯爵が退室すると、部屋には沈黙が落ちた。
まさか、戻ってこいと言われるとは思わなかった。
それだけエヴァンデル王国の状況に余裕がないのかもしれない。
陛下を見上げ、先ほどの件についてどう思っているのか読み取ろうとしたが、その表情からはうかがえなかった。
不意に陛下が口を開いた。
「セシーリア嬢に話しておかなければいけないことがある」
「何でしょうか?」
「実は、セシーの御父君から密かに手紙を頂いている」
驚く私に、フェリクス陛下は穏やかに頷いた。
「父からですか……?」
少し前に私も手紙をもらったが、そのようなことは全然書いていなかった。
どうしてだろうと首をかしげると、陛下も頷く。
「セシーからの手紙で、私を信頼することにしたそうだ。
おそらくは、あの使者殿よりも少し後に出された手紙かもしれない。
内容からして、このことをあの使者殿が知っていれば、もう少し違う態度を取っただろうからな」
「……どういうことが書かれてあったのですか?」
最新のあちらの国の状況がわかるのだ。
しかも、お父様からのものなら、今日会ったあの使者よりもはるかに信頼がおける。
「手紙には、突然手紙を送りつけたことに対する謝罪と、こちらでセシーが無事に過ごせていることへの感謝。そして、あちらの国の状況がつづられていた。
今、あちらの国では魔力が高くない者にもわかる程に瘴気が濃くなり、国中で魔獣が発生しているそうだ。
しかも大地からあふれる魔力は日々増えているという。
まだ各地の領主や兵士たちで対処はできているようだが、いつ手に負えない魔獣が現れるかわからない状況だと書いてあった」
「そんなに状況が悪いのですね」
「そのようだ。そしてもう一つ、手紙には大事なことが書いてあった」
「大事なこと……?」
「このことを知らせると、セシーは気に病み、戻ってくると言い出すだろうから、事態が落ち着くまでは何としてもこちらで引き留めておいてほしい、と」
「そんな……!」
あまりの内容に絶句する。
確かに、あの場では断ったものの、あの使者の話を聞いて心が揺れなかったかと言われれば嘘になる。
けれど、お父様に戻ってくるなと言われるとは思わなかった。
「危険だからだろう」
「瘴気に関しては、聖女様の次くらいには、お役に立てるはずです」
「セシーの能力に関しては、疑っていない。だが、あちらの王家に対してはどうだ?
今の聖女に何かあったか、力が足りないか、何かしらの要因があるから、今の状況が発生しているのだろう。
そこにセシーが戻れば、またエヴァンデル王国の王家に縛り付けられる可能性もある。
だからこそ、戻ってくるなと御父君は言われているのだろう」
そこまで言われてしまうと、頷くしかなかった。
陛下の言葉には、納得できる部分も大きい。
「あの使者殿はセシーのことをまだ諦められないようだ。
今後さらに心を惑わせることなども言われるだろうから、どうかお父君の言葉を忘れないでほしい」
「わかりました」
話が一段落ついたところで、次に陛下に面会を申し入れている人が待っていると取り次ぎの従者が入ってきた。
「では、私も退席いたします」
陛下は頷くと、部屋にいた騎士に私を部屋に送るよう指示を出し、グルストラ騎士団長にこちらに来るよう伝えた。
私は騎士と共に静かに部屋を退室した。
謁見の間を出て、廊下を少し進んだところで、先ほどのカールソン伯爵に声をかけられた。
「少し、ロセアン様とお話ししたいのですが、よろしいですかな」
騎士は警戒するように私の前に出たが、カールソン伯爵は笑いながら言う。
「そんなにご心配召されずとも、お話をするだけです。
ロセアン様も、あちらの状況や、ご家族のことなどもっと詳しくお知りになりたいと思ったまでです。
フェーグレーン国の国王陛下の前ではいえぬことも、ございますからな。
ご不要でしたら、すぐに退散いたしましょう」
その言葉に、問い返した。
「そのお話とは――?」
「あまり、異国の者に聞かせたい話ではないのですよ。
どこか別の場所でお話ししましょうか。
そうですね。外の庭などであれば、そちらの騎士殿にもついてきていただけましょう」
騎士は私の方を向き、指示を待っている。
カールソン伯爵の提案には、おかしなところはない。
けれど、私はこの人から話を聞く必要があるとは思えなかった。
先ほど陛下に父からの手紙の話を聞いたばかりであり、その父は帰ってくるなといっているのだ。
「お話は気になりますが、私一人でお話を伺うことはできかねます」
「そうですか。では、仕方がありませんね」
いうなり、カールソン伯爵がこちらに一歩、足を踏み出す。
騎士が私をかばおうと間に割り込む。
けれど、カールソン伯爵の手の一振りで騎士は意識を失った。
カールソン伯爵の突然の豹変に、私は声をあげる。
「騎士様!? だれかっ――」
けれど、私が叫ぶよりも早く、カールソン伯爵の動きの方が早かった。
カールソン伯爵は私に向かって魔法を発動する。
薄れていく意識の端で、カールソン伯爵が私に向かって言う言葉が聞こえた。
「殿下から、できるだけ早く、無理矢理でも良いから連れ帰れ、とのご命令です。悪く思われませんように」
そして、意識は闇に飲み込まれた。






