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第三十五話 撃破完了

月明かりに照らされたゆらめく魔物の姿。その足元は覚束ない。ダメージは、確実に入っている。


「下がってろ、ガブリエル」


あたしはガブリエルを庇うように前に出た。ガブリエルがあたしの左腕をギュッと掴む。


「っ、でも、姉さん!」


「お前もう矢がねぇんだろ。あの状態ならあたし1人で十分だ」


空になった矢筒に目に視線をやり、ガブリエルの腕を振り解く。

黙りこくり唇を噛み締めるガブリエル。弓を持ったその手は、弱々しくカタカタと震えていた。


「お前も近接武器は持ってるだろうが、このサイズ相手に近接2人は逆に不利だ。同仕打ちになってもおかしくねぇ」


「でも……」


ガブリエルは泣きそうな顔でこちらを見上げる。


「今回は、信じてくれんだろ?」


「っ……!」


ガブリエルは瞳を揺らしてから、何かを堪えるようにふっと顔を伏せた。


「……わかった。あとは、頼んだ」


絞り出すようなその声に、あたしは背を向ける。


「任せとけ」


ぐっと拳を握り、あたしは目の前の魔物を見やった。


「すぐ沈めてやるよ。覚悟しろ」


その言葉に合わせたかのように一気に距離を詰めてくる魔物。眼前に迫る右の拳。それを左側へ間一髪で避け、右手で掴む。


さっきより、遅い!


そのまま腕をへし折るように腕の関節を右足で叩き折る。本来なら曲がらない方向に力が加わった魔物の腕。それは鈍い音をたて、ダラリと力なく垂れ下がった。


「グッ!」


「うるせぇよ」


右足をぐっと前に踏み込む。そして喉元をえぐるように、一気に拳を振り抜いた。


「っ……!」


腕に伝わる肉の弾力。目の前にちらつく黒い飛沫。すっかり慣れたその不快感に、もはやあたしは何も感じない。


魔物は叫ぶことすら叶わず、再びその場に崩れ落ちた。


あたしはその首元をグシャリと組み潰す。墨汁のような生温かい液体が、ピシャリとあたしの頬に飛んだ。


「今度こそ、終わりだな」


コロッセオに響き渡る、抑揚のない静かな声。あたしは細く息を吐き、くるりとガブリエルの方に体を向ける。


「待たせたな。……大丈夫か?」


こちらを見上げるガブリエル。その瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。


「俺は大丈夫だけど……姉さんが……」


言葉を詰まらせ、わなわなと唇を振るわすその姿。見たことがない弱々しい表情に胸の中がざわりと騒ぐ。


「いやお前のほうがやばいだろ。どうしたんだよ」


あたしの問いかけにガブリエルは肩を揺らす。堪えるようにぐっと唇を噛むその姿は、酷く痛々しい。


「俺、男だから姉さんのこと守らないといけないのに……女の姉さんに守ってもらうなんて、自分が、情けなくて……」


声を震わせ、俯くガブリエル。硬く握られた拳に、ぽたりと雫が零れ落ちた。

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