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第三十四話 特A級モンスター

ぐっと足に力を入れ走り出す。加速する風景。鼓膜を揺らす風を切る音。あたしの体を押し返す空気抵抗。

不快な感覚に顔をしかめながら、勢いを殺さぬようそのまま前方へ大きく跳躍する。


ふわりと体が浮く感覚。それに伴って下腹部から込み上げるぞわりとした緊張感。あたしはそれをぐっと飲み込む。そのまま目下に迫る異形。それに思い切り組んだ両手を叩きつけたーーーはずだった。


「は?」


勢いよく空を切る手。ひらりと右に移動した化け物の体。鳩尾に迫る影。


「っ……!」


急いで腕を鳩尾へ移動させる。しかし宙に浮いたままでは完全には防ぐことが出来ない。腹部に走る強烈な感覚と、後方へ打ち出されたことによる浮遊感。


「いっ……!」


叩きつけられた背中。その衝撃で目の前でチカチカと光が舞う。背中から伝わる石造りの壁の冷たさが、痛みをより増強させた。


「姉さん! 大丈夫か!?」


――大丈夫だ


そう答えようとしても、息が詰まって声が出てこない。体勢を立て直すため、一度大きく息を吸う。


呼吸をしても痛みはねぇ。骨は無事だ。


急いで視線を前に戻す。視界に映ったのは、絶え間なく降り注ぐ矢の雨と、それを器用にかわしながらこちらへ向かってくる化け物の姿。


なんて速さしてんだあいつ……!


心の中で舌打ちして、あたしはそのまま前方へと走り出した。


突き出された魔物の右腕を左にいなし、そのまま右足を打ち出す。しかし魔物はそのままくるりと体を捻り、あたしの脛をがしりと両手で受け止めた。


「っ……!」


捕まれた足からミシリと骨が軋む音がする。


あたしは左足で強く地面を蹴る。体を捻って左の膝を化け物の頭に叩き込もうとする。


それを察してか、パッとあたしの右足を離す化け物。そのまま羽を大きく広げて後方へ飛び退く。


クソ、何であの図体でよけれんだよ……!


考えろ、何か策はあるはずだ!


魔物の攻撃いなしながら、あたしはじっとその姿を観察する。素早い拳、獣の足とは思えねぇステップの踏み方。そして、動くたびにぴくぴくと痙攣する翼の根。


ーーーそうか!


地面を蹴り、魔物の右肩に左手をおく。そこを支点に倒立するような形で足を空に向けてから、くるりと手の向きを180度回転させて。ぎゅっと魔物の肩を握りーーー羽をおらんばかりに、その付け根に膝を叩き込む。


「グオオオオっっっ!!!」


空気を揺らす魔物の絶叫。あたしはそれに顔をしかめながら、勢いのままくるりと宙に体を放る。


化け物は痛みにのけぞり、柔い喉元があらわになる。


「ガブリエル! 首だ!」


ドスドスドスッ!!!


あたしが叫び終わる前に矢は鈍い音をたて魔物の喉に突き刺さる。一本も外れることなくわずかな隙間に撃ち込まれたそれに、あたしは大きく目を見開いた。


相変わらずとんでもねぇことすんな、あいつ。


スタリと音をたてて着地し、顔を勢いよく上げてガブリエルの方をみる。


弓を番え、月明かりに照らされた真剣な表情。その顔に、どきりと鼓動が跳ねた。


「姉さんが作った隙を、俺が見逃すはずがないだろ?」


ガブリエルのそのセリフと共に、魔物の体がどさりと崩れ落ちた。


肩で息をしながら魔物の方へと歩み寄る。ぴくりとも動かないそいつを見下ろして、あたしは大きく息を吐く。


「なんとか……勝ったな……」


ぼそりとつぶやくと同時に、どんと何かが落ちる音が聞こえた。視線をそちらにやると、空になった矢筒を揺らしながら凄まじい速さでこちらへ迫ってくるガブリエルの姿が見えて。


「姉さん!!!」


ガブリエルはそのままがしりとあたしを抱きしめてから、すぐにバッと体を離す。


「怪我は? 痛いところはないか?」


ガブリエルは全身に視線を這わせ、傷を見つけるたびに悔しそうに顔を歪ませた。


「あぁ……ごめんよ、姉さん。俺が一撃であいつを仕留めてれば……」


一つ一つ丁寧に回復魔法をかけてから、ガブリエルは傷跡をそっと指先でなぞる。


「お前大袈裟なんだよ。戦えば怪我ぐらいすんだろ」


「怪我なんてないに越したことないだろ。俺が弓じゃなくて剣が得意だったら、姉さんをもっと守れたのに……」


うっすらと潤んだガブリエルの瞳。それが何だか妙にこそばゆくて、あたしはすっと視線を逸らしーーー大きく目を見開いた。 


「危ねぇ!」


ガブリエルを庇うように左手で抱き寄せ後方に退く。


凄まじい音を立てて、ガブリエルがいた地面が弾け飛ぶ。


「まだ動けんのかよ……!」


土煙の中に浮かび上がる魔物のシルエット。片方の羽がダラリとぶら下がり、矢が抜けたところからダラダラと黒い液体が垂れているその不気味な姿。その異質さに、あたしは頬を引き攣らせた。

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