第三十一話 嘘と罪悪感
ヘンリーと中庭で話し合った翌日、あたし達は男子兵宿舎に向かっていた。ガタゴトと揺れる馬車の中は心なしか普段より少し湿っているような気がする。
「昨日話した通りでいく。それでいいな」
ヘンリーはこくりと静かに頷いた。その眉間には深い皺が刻まれている。
「だが……本当にこれで上手くいくのか?」
「多分な。なんせ相手はガブリエルだし」
理論としてはガバガバだ。だが、何故か失敗する気はしなかった。
ゆっくりと速度を落とす馬車。あたしは腕と足を組み、不機嫌そうに顎をしゃくる。
従者が開いた馬車の扉から、ガブリエルがひょいと顔を覗かせた。
「姉さんおはよう。……どうしたんだ?」
当然のようにあたしの隣に座るガブリエル。その声は不安そうに揺れていた。
「どうしたって……みりゃわかんだろ」
喉を開きあえて低い声を出す。パタリと閉じた扉の音と同時に、あたしは視線をヘンリーの方へと移動させた。
こちらを睨む鋭い視線に、あたしは心の中でにやりと笑う。
ふぅん、演技にしちゃいい顔してんじゃねぇか。
「ヘンリー……お前、姉さんに何をしたんだ」
ヘンリーを睨みつけるガブリエル。どうやら雰囲気だけで勝手に勘違いしてくれたらしい。
いや思い込み激し過ぎんだろ。怖えんだけど。
僅かに口の端をひくつかせながら、あたしは息を吐く。
「あの後『本当に満月の夜で大丈夫なのか?』って聞いたら『俺以外に倒せる奴はいない。お前達じゃ無理だ』って言ったんだよ、こいつ」
「……事実だろう」
「はぁ? そんなにあたしが信用ならねぇか?」
「信用の問題ではない。……実力の問題だ」
淡々と紡がれるヘンリーの声。
よし、昨日の特訓の成果出てんな。最初はてんでダメだったけどやりぁ出来んじゃねえか。
あたしはハッとヘンリーのセリフを鼻で笑う。
「じゃあやってやろうじゃねえか」
がしりと右隣にすわるガブリエルの肩を抱き寄せる。
それに合わせて、びくりとその体がかすかに揺れた。
「なあ、ガブリエル。先生なんて居なくてもあたし達2人で十分だろ? それを一緒に教えてやろうぜ」
あたしはにやりと口の端をあげ、ガブリエルの緑色の瞳を見つめた。ガブリエルは一瞬目を開いてから、空いているあたしの左手をがしりと力強く掴む。
「当然だ。姉さんの隣には俺がいればいい。ヘンリーなんていなくても、姉さんのためなら特A級だろうがS級だろうが倒してみせる」
熱のこもった目でこちらを見つめるガブリエル。
成功するだろうとは思ってたが、想像以上にチョロいなこいつ。本当に大丈夫か……?
少し心配ではあるがとりあえずこれでいい。作戦は成功だ。
「だろ?」
あたしは足を組みながら、煽るような角度でヘンリーの方へ視線をやった。
「そういうことだ。邪魔したら許さねぇからな」
ヘンリーは一瞬考え込んでから、軽く頷く。
「……本当に、成功させられるなら……俺は構わない」
どもりつつもヘンリーはそう言い切った。"本当に"という言葉を強調するようなその言い方に、ガブリエルはぴくりと肩を揺らす。
「必ず成功させてやる。姉さんを支えるのは俺の役目だ」
ヘンリーを睨みつけそう吐き捨てるガブリエル。そしてくるりとあたしの方を向き、ふわりと優しい笑みを浮かべた。
「なぁ、姉さんもそう思うだろ? 俺がいればいいよな?」
こいつ表情変わんの早えな、表情筋どうなってたんだ。
……しかもなんか素直過ぎてすげぇ悪いことしてる気持ちになる。いや、んなこと言っても仕方ねぇけど。
「……まあ、今回の討伐に関してはな」
ぱぁ、と顔が明るくなるガブリエル。その様子にちくりと胸が痛む。
ガブリエルはあたしの腰に手を回し、そっと抱き寄せる。普段なら抵抗するところだが、どうにもそういう気分になれなかった。
ガブリエルはうっとりと顔を綻ばせ、あたしの髪に顔を埋める。
「嬉しい、姉さん……」
どこまでも甘いその声にぞわりと鳥肌が立つ。
それでもあたしは逃げることができなくて。されるがまま、ガブリエルに身を任せ続ける。
前方のヘンリーの顔は演技が終わってもひどく強張ったままだった。その視線は鋭くガブリエルを突き刺している。
異なる二つの視線に囚われたまま、あたしはただただ馬車が早く目的地に着くことを祈っていた。




