第三十話 守るための破壊衝動
月に照らされた静かな中庭。じゃりじゃりとなる土の音が、生ぬるい空気を揺らした。
結局、ガブリエルに押し切られちまったな。
大きく息を吐いて眉間に寄ったしわを揉みほぐす。
手元でゆらゆら揺れるランタンの灯りのように、あたしの心も不安定に揺れていて。
んなこと考えてもどうしようもねぇけど。それだけじゃ解決しねぇし。
ふと視線を上げた先。そこにはある開けた一角。
薄明かりに映し出されたその空間になびく長い括られた黒髪と、逞しい筋肉質なシルエット。
「ヘンリー……?」
影がゆらりとこちらを向く。
「お前も寝れねぇのか?」
「あぁ」
ヘンリーは短くそう答えると、再び視線を空へ投げる。
「討伐の件、なんで断んなかったんだよ」
「あいつの言い分はもっともだ。特A級は危険だからな」
「そりゃそうだけど……当日、どうするつもりだ」
ヘンリーはこちらへ顔を向け、こちらを見つめた。
「……俺1人で討伐する」
あたしはその言葉に目を見開く。
「勝てるかもしれねぇが、移動はどうするつもりだ。他のやつに見られたら言い逃れ出来ねぇだろ」
ヘンリーは俯いて黙りこくる。苦虫を噛み潰したような顔。それがヘンリーの葛藤をありありと語っていた。
「……だが、これも国のためだ。作戦を放棄するわけにはいかない」
なんだよ、それ……!
あたしはガッとヘンリーの肩を掴む。
「お前もノア様も国のため国のためって、そんなに国が大事かよ」
「だが、それが貴族の勤めというものだ」
「はぁ? お前の人生だろ? 勤めなんかで棒に振って良いのかよ!」
鼓膜を揺らす大きな声。知らず知らずに喉に力が入る。
ヘンリーは、そんなあたしの声に瞳を揺らした。
「だが……それが、家の教えだ」
「教え……?」
思わず繰り返されたあたしの言葉。それを聞いたヘンリーはしばし迷ってから、ゆっくりと口を開く。
「フォスター家は元々半魔の家系だ。それを受け入れた国への恩義を尽くすようにと祖父は俺を育てた。……俺は、それ以外の生き方など知らない」
普段より緩やかな速度で語られたそのセリフは、どこか迷子のような寂しげで危うい雰囲気をまとっていて。
「じゃああたしが教えてやる! お前の考え、変えてやるよ」
気がついたらあたしは――ヘンリーの胸ぐらを掴み引き寄せていた。かかる吐息と、見開かれた紫の瞳。
「ジュリが……?」
震えるヘンリーの唇から溢れる、弱々しいその声。それが一層、あたしの心をかき乱した。
「当たり前だろ。家の教え? そんなもんで、お前を壊されてたまるかよ」
シャツを掴む腕に、一段と力を込める。
「教えてもらった分、しっかり教え返してやる」
息を呑むヘンリー。その唇が、吐息の温度があたしの心を、狂わせていく。
「……次の遠征、あたしが特A級を倒す。お前は休んでろ。お前が守りたいものも、お前自身も。1人じゃなんとかならねぇ分はあたしが一緒に背負ってやる」
ヘンリーには恩がある。それを返すのが筋ってもんだ。だがそれ以上に――こいつを悲しませたくねぇ、そんな気持ちが溢れて止まらなかった。
「それに、あたしは欲しいものは手に入れるし、嫌なことは叩き潰す。お前にそんな顔させるようなやつは、あたしが全部壊してやるよ」
揺れるヘンリーの瞳に映るあたしは、酷く不敵な笑みをたたえていて。
「だからーー諦めんな。お前の人生は、お前のものだ」
ヘンリーは頬を赤く染め、静かに首を縦に振る。
それを合わせて、伏せられたまつげがふるふると震えた。




