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第二十九話 もえる嫉妬

まさに夏と言った暑さがあたしを襲う。しかしそれは蒸し暑い空気や焼ける様な陽射しのせいではない。


「あぁ、姉さん……久々の姉さんの匂い……」


右腕にぴったりと身を寄せるガブリエル。暑さの原因は、あたしの隣で甘く微笑んでいた。


「おっっまえあっついんだよ!! 離れろ!」


腕に力を入れて振り払おうとしてもびくともしない。どうなってんだこいつの腕力。


「絶対嫌だ。姉さんと同じ屋敷で寝泊まりできないんだから、昼間ぐらい良いだろ?」


「いい訳あるか……!」


「大丈夫、ここなら誰も来ない」


「来ないじゃねぇよいるんだよ目の前に!!」


正面に座るヘンリーの方へ視線をやる。しかしやつは眉間にくっきりと皺を寄せるだけで、こちらに口を出そうとはしなかった。


「てかお前なんでそんなに近いんだよ!! 今までこんなベタベタしてなかっただろうが!」


「だって姉さんすぐにいなくなるだろ? 補給できるうちに補給しておかないと」


「燃料か何かかよ、あたしは……!」


「俺の心の燃料だな」


「うるせぇはっ倒すぞ」


あたしは大きく息を吐く。


「噂がたつからくっつくなって言ってんだろうが」


「それなら問題ないだろ。噂をたてるようなやつはいない。そもそもこのくらい姉弟なら当然だろ」


「こんな距離感の姉弟他にいてたまるか!! そもそもお前ここに作戦たてに来たんだろ。ちゃんとしろよ」


ガブリエルは不満げに顔を曇らせて、あたしにくっついたまま片方の手を地図に這わせる。


「現状、ほぼ作戦通りに進んでるらしいな。もう知っていると思うが、3週間後にエイダと殿下の隊が加勢する」


硬い声音で話を進めるガブリエル。


あたしの腕にしがみついてる癖になんでそんな真剣な顔できんだこいつ。


あたしの視線を受けたガブリエルは、へにゃっと顔をだらしなく緩ませた。


「姉さん、そんなに見つめられると姉さん以外見たくなくなるんだが……」


「うるせぇ、さっさと続き話せよ」


ガブリエルは若干しょんぼりして再び地図に目を落とす。


「それで、だ。加勢が来る前に、1箇所攻略しておきたい場所がある」


ガブリエルはトントンと地図を叩く。そこに書かれている名前は『中継都市 リヴィエール』という赤文字だった。


「S級がいる"要塞都市 フロンティエール"に行くにはここを解放する必要がある。そしてここにはーーー特A級モンスターがいる」


「特A級? それってあの特定の条件で強くなるってやつか?」


「流石姉さん、その通りだ」


一層こちらに身を寄せてくるガブリエルを押し返し、ヘンリーの方へ視線をやる。


ヘンリーは難しい顔で軽く頷いてから、すっと目を細めた。


「強化条件はなんだ?」


「こいつの力は月の満ち欠けに反比例し、特に夜に弱体化する。満月の夜ならほぼA級と変わらない。決行は次の満月の夜だ」


ガブリエルの言葉に、ヘンリーはぐっと眉間に皺を寄せた。


「その日しか、ないのか?」


「それが一番安全だろ。時期としても丁度いい。何か問題でもあるのか?」


「いや……」


ヘンリーは口元に手を当てて黙りこくる。その額には微かに汗が滲んでいた。


「あー……先生は魔力の揺らぎが強いタイプなんだよ。ほら、満月の日は魔力が不安定になるだろ?」


「多少影響はあるだろうが、そこまで急に不安定になることあるのか?」


「そこは個人差だろ。お前の価値観が全てじゃねえんだよ」


ガブリエルは訝しむような目でヘンリーを見る。その目には明確な敵意が宿っていた。


「……そもそも、何で姉さんがそんなこと知ってるんだ」


「3ヶ月半一緒に訓練してたらそのぐらいはな」


「俺はヘンリーと何度も合同訓練してるし、作戦会議をすることも多い。だがそんな話は聞いたことがない」


目の動きだけでヘンリーを見る。苦虫を噛み潰したようなその顔が、事実を何より物語っていた。


まじかよ、今までどうやって誤魔化してきたんだ……?


「この数週間で相当姉さんと"仲良く"なったみたいだな、ヘンリー?」


ガブリエルの刺々しい声がヘンリーを捉える。ヘンリーは僅かに肩を揺らしてからーーー何故か、軽く顔を赤らめた。


「そんなことは……ないが……」


いや嘘下手かよ!! てかなんだよその反応!!!


「姉さんと何かあったのか……?」


地獄の底に響くような低いガブリエルの声。あたしは壊れたロボットのように、ゆっくりとそちらの方へ顔を向ける。


そこには完全に目から光が消え、今にもヘンリーに掴みかからんばかりの形相を浮かべているガブリエルがいた。


あたしはヒュッと息を呑む。


かんっっっぜんにやらかしてんじゃねぇか……!


「いや別になんもねぇよ! 勝手に決めつけんな!」


「何もない? 本当に何もないのか? なら誰も知らないヘンリーの魔力の揺らぎの話も、どこまで本当かわからないよな?」


鼻の先が触れそうになるほどに顔を寄せ矢継ぎ早に問い詰めてくるガブリエル。その勢いにあたしは思わず後ろにのけ反った。


「決行は満月の夜だ」


ガブリエルは視線だけをギロリとヘンリーに向ける。


「もし倒せないなら……そんな弱いやつ、姉さんの隣に相応しくない。姉さんは俺が貰う。例え、力づくでもな」


低い声と有無を言わせぬその圧。どこまでも仄暗いそれに気圧されて、あたしは一言も発することができなかった。

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