第二十八.五話 ヘンリーの趣味
いつも通り屋敷の中を走っていると、ふと中庭に人影が見えた。
誰かいるのか……?
ひょいとそちらの方を覗き込むとーーー見えたのは、ヘンリーの姿だった。
咲きかけの向日葵に囲まれて、無言で腕を動かし続けるヘンリー。その異様な光景から目が離せない。
まだ気まずいが……まあ、ちらっと見るぐらいならいいだろ。
一歩、ヘンリーの方へ向かって足を踏み出す。
「誰だ」
少し近づいたところで、ヘンリーの鋭い声と視線が飛んできた。
何で5mは離れてんのにすぐわかんだよこいつ……!
「あたしだよ。何やってんだ、こんなとこで」
「ジュリ……?」
ヘンリーは瞳を揺らしガタリと席を立つ。その手に握られていたのは枠にハマった丸い布だった。そこには可愛らしい花の刺繍が施されている。
そういえばルーバンが『ヘンリーは刺繍が趣味』って言ってたな。あれマジだったのか。
「何してんのかと思ったら刺繍か。何でわざわざ中庭でやってんだよ」
「現物を見ながらやった方が捗るからな」
「だから花に囲まれてたわけか……」
ヘンリーの左隣にある椅子へどさりと腰を下ろし、ヘンリーの手元をじっと見つめる。
「刺繍ねぇ。あたしはやったことねぇけど、楽しいのか?」
「あぁ。精神を落ち着けるには丁度いい」
「ふぅん、器用なんだな」
縫い物なんて中学卒業してから一回もやってねぇわ。指が絆創膏だらけになったぐらいしか覚えてねぇ。針刺さると地味にいたいんだよなぁ……。
あたしはヘンリーの太くてゴツゴツとした指をみる。そこには絆創膏や針刺しの傷など一つもない。
「……なぁ、やってるとこ見せてくれよ」
ヘンリーは一瞬目を見開いた後、すっと手元に視線を落とす。
「別に、構わないが」
一言そういうと、ゆっくりと手を動かし出す。針を通すたび太い指が繊細に揺れ、布をたぐり、針を通す。精密機械のようなその動きをあたしはじっと目で追った。
「慣れてんな。昔からやってたのか?」
「父が良くやっていた。その真似事だ」
「フォスター卿が刺繍? 意外だな」
あのおっさんそんなの興味なさそうなのに。
「母は刺繍集めが趣味でな。しかし不器用な人で、よく父が作って贈っているんだ」
「はぁー……愛妻家なんだな。知らなかった」
ヘンリーは僅かに眉をひそめる。
「あれは……愛妻家と、言っていいんだろうか」
「? 自分のために刺繍してくれんだろ? 愛されてんなーって思うんじゃねえか? そういうのいいよな、仲良くて」
ヘンリーはあたしの言葉に手を止めてから、軽く首を縦に振る。
「そういう、ものか」
ヘンリーは噛み締めるようにそう言うと、再び静かに手を動かしだす。
こういうゆっくりとした時間もいいな。
ふっと口元を緩ませて、あたしはヘンリーの指を眺め続けた。




