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第二十八話 迷う心

燦々照りつける夏の日差し。その暑さから逃げる様に、あたしは木陰のベンチに腰掛けていた。手に持ったサンドイッチを口に運び、大きく一口ガブリと噛む。


あの夜から、もう1週間か。


あれから何か気まずくて作戦以外でほぼ話してねぇんだよなぁ。たまにすっげぇ目でこっち見てくるのが、なんかこう……話し辛さを加速させてるっつうか。


ごくりと味の薄いサンドイッチを飲み込んで、はぁ、と息を吐く。風に吹かれてガサガサとなる木の葉の爽やかな音すらも、今は酷く耳障りに感じられた。


「ジュリ……? こんなところでどうしたんですか?」


葉擦れの音と共に聞こえる甘く穏やかな声。あたしはバッとそちらに視線をやる。


「ノア様? なんでここに……」


「驚かせてしまってすみません。戦況確認と今後の作戦決定のために、ヘンリーと話をする約束でして」


「あぁ、あのガブリエルが暴走した件か。悪りぃな、うちの愚弟のせいで仕事増やしちまって」


「いえ。何処かで魔物の件に終止符を打つ必要がありましたから。その目処が立ったことは喜ばしいことです」


ノア様は僅かに肩をひそめながら、眉根を寄せて柔らかく微笑む。


「なら、いいが。結局ヘンリーの家にもあと2ヶ月はいることになっちまったし……不甲斐ねぇな」


「その件ですが、そろそろ女性用宿舎が完成予定とのことです。おいおいそちらに移ってもらうことになるかと」


「まじかよ……あたし何も聞いてねぇんだけど」


あたしは軽く息を吐く。ノア様はそんなあたしを見てから、ちらと隣へ視線をやった。


「……よろしければ、隣に座ってもいいですか?」


「え? あぁ、構わねえよ。悪ぃな、気が利かなくて」


体をそっと横にずらし、横に白いハンカチを敷く。ノア様は一瞬だけ躊躇ってから、すっとそこへ腰を下ろした。


「ありがとうございます。……今日は普段と比べて顔色が暗い様な気がするのですが、何かありましたか?」


「え?」


予想していなかった言葉に、間抜けな声が出る。


「連日戦場に身を投じている時点で普段通りとはいかないことは理解しています。ですが……その、積極的なジュリが、このような態度なのは珍しいなと思いまして」


頬を染め、目を伏せる可愛らしいその仕草。普段なら触れたいという衝動に駆られるその姿にーーーあたしは無意識に、あの夜のヘンリーの姿を重ねていて。


「っ……。た、たまには引いてみるのいいだろ? ノア様が積極的に迫ってほしいって言うなら、あたしは構わねぇけど?」


声を揺らしながら精一杯虚勢を張る。

手のひらに蘇る熱を振り払う様に、あたしはぐっと拳を握った。


何考えてんだあたしは。あたしが好きなのは、ノア様だ。なのに別の男の事考えるとか最低かよ。


ノア様はぴくりと体を揺らしてから、困った様に眉をひそめる。


「えっ……あ、そういう、わけではないのですが……」


こちらを見つめる熱っぽいノア様の視線。その頬に触れたいという衝動に駆られるが、何故かそれがはばかられて。


「……相変わらず、いい反応だな」


あたしは短くそれだけ答えて、自身の首の後ろに手をやる。何故か頭が重くて仕方なかった。


あたしが好きなのはノア様だ。それは変わらない。でも今のなんとも言えない気持ちのままノア様に迫るのは……なんとなく、不誠実な気がした。


やめよう、一回切り替えた方がいい。

気を取りなおすようにあたしは軽く息を吐く。


「話変わっけど、ヘンリーとの話はもう終わったのか?」


ノア様は一瞬目を開いてから、ぐっと表情を引き締めた。


「えぇ。多少の遅れはありますが、概ね計画は順調。近衛騎士と国費の投入により、防御魔法はほぼ完成する見通しです」


「なるほど。じゃあこれが終わりゃあしばらく大規模な遠征は必要なさそうだな」


「はい。……しかし、問題が一つ」


「……例の都市か?」


広くなった防衛魔法設置予定地点に1箇所だけ存在する、比較的大きな都市。数年前にS級モンスターに襲われたそこが今回の作戦のネックになっていた。


「えぇ。S級の討伐は生半可な戦力では不可能です。その為ーーーここで、総力戦を行う事となりました」


「総力戦?」


「えぇ。私とエイダ、ガブリエル、ヘンリー、そしてジュリ。この5人で、S級を討伐します」


真っ直ぐあたしに投げられる真剣なノア様の声。それが、信じられないようなその言葉が事実である事を示唆していた。


「そりゃあそのメンバーならいけるかもしれねぇが……現場の指揮はどうすんだよ」


「指揮はフォスター卿を中心に各連隊長が行います。大きな問題は起こらないかと」


「ならいいが……なんでその5人なんだ? 強いやつなら他にもいんだろ、ルーバンとか」


ゲームの主要キャラ勢揃いじゃねぇか。イベントらしいっちゃらしいけど。


「ある程度お互いの戦闘スタイルを理解しているから、とのことです。共闘の練習も兼ねて、1ヶ月後から私とエイダも戦線に合流します」


「マジかよ……なんかどんどん話デカくなってんな」


ノア様と一緒にいられる時間が増えるのは嬉しい。実績も増えてきたし、そろそろ最後の一押しが欲しかった。


だが……あまりにも都合よく話が進みすぎてねぇか?


そんな疑問がふと、しこりの様に胸に残って。


……いや、考えても仕方がねぇ。どれだけ頭を使っても、結局答えなんてでねぇんだから。


あたしはノア様を手に入れる。ただ、そのためだけに動けばいい。それがこの世界に来る前からのあたしの望みだった。


だからきっとーーーこの揺れも、疑念も、全て一時の気の迷いだ。


あたしは1人そう結論づけ、それを断ち切るように前を向いた。

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