第二十五話 過去の記憶と教会
何処までも暗い闇を、明るい月がぼんやりと照らしている。あたしは部屋着の白いロングのレースワンピースに身を包み、中庭をゆっくり歩いていた。
ぜんっぜん寝れねぇ。ルーバンとのやりとりが脳内で無限ループしてやがる。なんでこんな事で頭悩ましてんだあたしは。
髪の毛をがっとかき上げて天を仰ぐ。
あいつがあたしのことを、ねぇ。
全く心当たりが無いわけじゃねぇ。同じ屋敷にいても嫌じゃねぇとか言ってたし。
だが……いかんせん、男から好きだと言われたことがねぇ。だからこの勘が正しいと言う確信が持てねぇんだよな。
妙に鼓動が早いのが、ムカついてしょうがない。
はぁ、と息を吐いてガシガシと頭を掻く。
好き、好きか。
……そんなこと言うやつ、あいつぐらいしか居なかったしな。
『ジュリちゃんさっすが〜! もー、大好き!』
『ありがとジュリちゃん! 大好き!』
頭の中に浮かぶ見慣れた笑顔。ここにくるまで一番近くにいた、あいつの顔。
思い出すだけでふっと口元が緩む。鼓動が、落ち着いていく。
あいつ以外からの愛情なんてあたしは知らない。ガキの頃あたしの強さをかっこいいと言ってくれたのはあいつだけだった。
あいつみてぇにあたしを認めて愛してくれる奴なんて、ノア様しかいねぇと思ってたのに。
『ジュリちゃん、推しって言うのは深くしれば知るほど増えるものなんだよ〜! だから、ファンブック他のキャラも読も? ね?』
ファンブックを片手にはしゃぐあいつの姿が脳裏に蘇る。
あの時はあいつの言葉をスルーしたが……案外、大事なことを言ってたのかもしれねぇな。
大きく息を吐いて前を向き直すと、視界の端にチラリと小さな教会が映った。
ーーー悩んだ時は教会に行かれるといいですよ。
……神頼みしたからって何が変わるわけでもねぇけど、たまにはいいか。
あたしは教会の方へと歩を進める。迷いを、悩みを振り切る様に。
段々と輪郭を持っていく教会の影。白塗りの壁と、カラフルなステンドグラス。
小規模だけど作りはしっかりしてるよなぁ。この世界事あるごとに教会行くし、そういうもんなのかも知れねぇけど。
美しい模様が彫られた両開きの扉を押す。音も立てずに開いた扉。その奥でーーーガタリと音を立てて、何か黒い影の様なものがうごめいた。
「は……?」
講壇に吸い込まれる様に消えた影に、あたしはぐっと身を固くする。
音がした、ってことは幽霊じゃねぇよな。迷い込んだ動物にしてはでけぇ。だが人間なら隠れんのは不自然だ。
得体の知れない"何か"がいる。その事実に、思わず喉がなった。
……確認、しといたほうがいいか。
重い足を動かして、赤い絨毯の敷かれた道を一歩、また一歩と進んでいく。
前方から漂う異様な雰囲気に、あたしは震える拳を握りしめた。
どっかの大統領が演説でもしていそうな、3方を囲う高い木製の講壇。伸ばした手でその淵にゆっくりと手をついてからーーーバッと体を動かし、中の空洞を覗き込む。
「……先生?」
そこにあったのは、でかい図体を縮こませて座るヘンリーの姿。
普段とはかけ離れた異様な風貌に、あたしは息を呑む。
左側にだけ生えたやぎの様なツノ、黒く変色した白目。紫色の瞳孔は、血の様な赤に染まっていて。
大きく開かれたその目にはーーー見たことがないほど明確な、恐怖の色を宿していた。




