第二十四話 語られる愛と可能性
弾む呼吸と流れる景色。転生してからまもなく始めたランニングはすっかりルーティーンと化していた。
いつものコースを走り終え、あたしはゆっくりと歩き出す。
最近気温高くて夕方に走ってもあちぃ……やっぱ夏は運動に向いてねぇわ。
「戦闘後にランニングですか?」
「!?」
後ろから急にかけられた穏やかなその声に、あたしはぴくりと体を揺らした。
「急に後ろから話しかけんなよ、びっくりすんだろ」
くるりと後ろを振り向く。そこには変わらず困った様に微笑むルーバンがいた。
こいつ気配ねぇから近付いてもわかんねぇんだよな。暗殺者とか向いてそう。
「申し訳ございません。ジュリアンナ様のお姿が見えてつい」
心底申し訳なさそうに身を縮めるルーバン。しかし、その仕草もどこかわざとらしい。
「別に驚いただけで責めてるわけじゃねぇよ。勘違いさせたならすまねぇな」
「いえ、その様なことは」
ルーバンはわずかに眉根を寄せてから、私の姿をまじまじと見る。
「ランニングもノア様のためですか? ジュリアンナ様は一途ですね」
「当然だろ? ノア様以外眼中にねぇよ」
「相変わらず情熱的ですね。……ノア殿下は知的で物腰も柔らかく、剣の腕もたつ。まさに理想の王子様ですから、お気持ちは察しますが」
好きな相手を褒められて悪い気はしねぇ。だが同担ってのは面倒なもんだ。一定のレベルを超えた瞬間絆は崩壊し、荒れ果てた戦場が現れる。敵に回した時の厄介さは段違いだ。
「……褒めんのはいいがノア様はあたしのもんだ。お前にはやらねぇからな」
男同士だろうがなんかある時はある。夢男子にもあたしは容赦しねぇ。
「まさか、そのような畏れ多いこと考えたこともありません。私は純粋にジュリアンナ様のような素晴らしい方すら魅了する、ノア殿下の力に感心しただけです」
「……なら、いい。だけどノア様の魅力はそんな表面的な部分だけじゃねぇからな」
あたしは半目になってじっとルーバンを見る。彼は柔和な笑みをわずかに引きつらせ、言葉を選ぶ様に赤い瞳を揺らした。
「ジュリアンナ様はノア様のどの様なところがお好きなんですか?」
「全部だ」
即答したあたしの声に、ルーバンは目を丸くして言葉を失う。
ま、そりゃそうだよな。
「……だが、それじゃ伝わらねぇからな。一つずつ話す」
「そうですか。えぇ、一つずつ、教えてください」
ルーバンは表情を和らがせほっと息を吐く。……ここから怒涛のオタク語りが始まるとも知らないで。
「まずは包容力だな。あたしの強さも否定せず支えたいと言ってくれるあの器のデカさ。淑やかにしろとか背が高くてもヒール履くなとかいわねぇし。自由でいい。」
前世ではヒール履くと付き合ってもねぇのに男に嫌な顔されたもんだ。マジ最悪だった。
ノア様はここにくる前にも「貴女のやりたいことを応援したい」って言ってたからな。そんな奴等とはそもそも根幹から違う。中々言えねえよな、そういうの。
「しかも真面目で誠実だ。婚約破棄だってすげぇ悩んだんだろうけどちゃんと2人で話し合うことを選んでくれたし、あたしの意思を優先して半年猶予をくれた」
すらすらと出てくる言葉、あたしの1人語りは止まらない。
「その上あの可愛さ! すぐ赤くなるうぶなとこもプルプル震える小動物みてぇな反応も全部反則級だろ!」
あの反応を、顔を思い出すだけで胸が満たされる。
最初に話したときからもう心臓バックバクだったんだよな。あの顔をあたしだけにむけてくれたら……。
ごくりと、小さく喉がなった。
「あんな男、ノア様以外に存在しない。あたしを惹きつけてやまねぇのはノア様ただ1人だけだ」
腕を組んだまま頬に手をやり、ほぅ、と軽く息を吐く。熱い息が、唇に触れた指を湿らせた。
「……確かにその全てを持ち合わせた方はいらっしゃらないですね」
あたしの熱量に気圧された様子のルーバンは、一拍遅れてそう答えた。若干伏せられた目と顎に当てた手が、顔の良さと相まって妙に絵になる。
「だろ? 語ろうと思えば何時間でも語れるぞ」
「素晴らしい情熱ですね。……しかし、真面目で誠実で強さを認める包容力のある方、ですか」
ゆっくりと噛み締める様なルーバンの声は、妙に含みがあった。
「それがどうかしたか?」
「いえ、その点だけならばヘンリー様も良い勝負ではないかと」
「……先生が?」
あまり考えたことがなかったその事柄に、あたしは目をしばたいた。
「ヘンリー様は責任感が強く、真面目で誠実な方です。それにジュリアンナ様の強さを大変高く評価してらっしゃいますし、多少のことでは動じない懐の広さがあるかと」
「まあ、たしかにそうだが……」
ヘンリーか。……悪くはねぇ、とは思う。確かに条件としては当てはまってるし。
でもあいつゲームのルートだと「俺と一緒に国を守って欲しい」って言ってくるんだよな……。一緒にって言うのは悪くねぇが、戦力としての魅力>パートナーとしての魅力って感じが個人的にはちょっと受け入れ難い。
「それに、案外可愛らしいところもあるんですよ。少し揶揄うとすぐにピシリと固まられたり、子供の頃にお母様からプレゼントされたクマのぬいぐるみを未だに部屋に飾っていたり」
「ぬいぐるみ??」
あいつそんなとこあんの??
ヘンリーにクマのぬいぐるみ……。想像してみると案外しっくりくるのはなんでだろう。
「ええ、たまに刺繍をされたりもするんですよ」
「案外乙女だな……」
ゲームにはそんな設定なかったぞ……? あれか、ファンブックならのってんのか? あれダチから借りたけど、まだノア様の項目しか読んでねぇからわかんねぇ……。
あたしは手を顎に当て、軽く俯く。
「だが、それでもあたしの心を動かせるのはノア様だけだ。そう簡単に乗り換えるほど浅くねぇよ」
なんたって14の頃から6年ノア様単推し街道爆走中だ。生半可な思いで好きなわけじゃない。
「フォスター卿にヘンリーのこと押しとけとでも言われたのか? あたしはこの程度じゃ揺らがねえ。諦めるんだな」
「いえ、フォスター卿は関係ありませんよ」
ルーバンは肩をひそめて口角を上げる。
「……ただ、部下として不器用な上司の恋の行方が気になりまして」
「……は?」
ヘンリーの、恋の行方?
「おっと、てっきりジュリアンナ様もお気付きかと。申し訳ございません、ご放念ください」
「いや爆弾投げといてそりゃねぇだろ」
え、あいつあたしのこと好きなの?
衝撃の事実に、思わず頭が真っ白になる。
ルーバンはガサガサと懐中時計をだし、わざとらしく目を丸くする。
「あら、もうこんな時間ですね。では私は失礼します」
言い終わるか終わらないかのタイミングでスタスタと足早に歩き出すルーバン。
「いやちょっ、まだ話終わってねぇんだけど」
こんなモヤついた気持ちだけ置いてどっか行くなよ……!
ルーバンは一瞬だけど足をとめ、チラリとこちらをみる。
「悩んだ時は教会に行かれるといいですよ。この家にも、中庭の近くにございます故」
「いやあたしの悩みお前のせいなんだけど???」
あたしの恨み言など聞こえていないかの様に、ルーバンは夕焼けの中に消えていく。
そこに残されたのは静かな空間と、妙にうるさい心臓だけだった。




