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第十話 遠征直前、ガブリエルの覚悟

窓の外で流れる、ごつごつとした山岳地帯の風景。ガタガタと揺れる馬車が三半規管を刺激した。


「やっぱり納得いかない。なんでヘンリーも同じ馬車なんだよ……!」


ガブリエルは親の仇でも見るように顔を歪ませ、ヘンリーを睨みつけている。


「お前と2人きりなのはやべぇって何度言えばわかんだよ。それに今回は比較的小規模な遠征だ。1人1台なんて贅沢なこといえねぇだろ」


馬車に乗った時からずっとこれだ。やれ『なんで姉さんと2人きりじゃないんだ』だの『絶対姉さんの隣には座らせないからな』だの朝からずっと不満ばかり。


「どうせ転移扉も使うんだ。馬車に乗るのはせいぜい1時間ってとこだろ。何がそんなに気にいらねぇんだか」


「当たり前だろ! 貴重な姉さんとの時間なのに……!」


こいつのシスコンもここまでくるといっそ清々しい。アヒルの子でももうちょい自立してるぞ。


大きくため息を吐てから、視線だけでガブリエルを見る。


……いい加減うざいし、ちょっと切り口変えてみるか。


「あたしの隣ってだけじゃ不満か?」


「そんなわけないだろ。姉さんがいるなら一生ここに居てもいい」


「いや重ぇよ」


まさかの即答、しかも激重。こいつの脳内どうなってんだ。


「? 何がだ?」


さも当然の事だと言わんばかりに真顔で返すガブリエル。


背後霊でももうちょい距離感弁えてるぞ。こいつの脳みそに姉離れって言葉はねぇのか。


ストレスのあまり目尻がピクピク痙攣しているのが自分でもわかる。


……まあいい。とりあえず言質はとった。


「今回はそれで我慢しろ。帰りも席順はこれで行く。ヘンリーもそれでいいな?」


ヘンリーの方に視線をやると、こくりと首を縦に振るのが見えた。


相変わらず無口なやつだ。


「ずっと姉さんの隣……」


ガブリエルは噛み締めるようにそう言ってから、頬をだらしなく緩ませる。


本当にこいつ単純だな。面白いけど。


「これで不満はねぇな。というか、そもそもこんな話してる場合じゃねぇだろ」


緊張感が無さすぎる。戦場に向かってる馬車の中とは思えねぇ。


……そういえば、具体的な事聞いてなかったな。


「今回の戦場は魔物に襲われた村、だったよな?」


窓の外を眺めていたヘンリーに声をかけると、やつはこちらへ向き直る。


「あぁ。家屋が20ほどの小さな村だ。住民は避難済み、獣系の低ランクモンスターが50体ほど出現している」


「数はそれなりだが、なんで遠征準備に2週間もかかったんだ? それなら領内の自警団で十分だろ」


辺境伯領は魔物が多い。その程度で手こずるとは思えねぇ。


「ボスモンスターがいる。ランクはA級だ」


ヘンリーは僅かに低い声でそう告げる。心なしか、眉間に皺が寄っているように見えた。


「A級……並の兵士じゃ相手にならねぇな。しかもボスがいるから低級モンスターも統率が取れてて危険だと」


ヘンリーは表情を微かに強張らせたまま首を縦に振った。

そりゃ自警団だけじゃ心許ないわな。


「つまり、先生がボスを討伐する。あたしたちの仕事はその間の雑魚の足止めと一掃……って、認識で合ってるか?」


ヘンリーはこくりと頷く。


なんか最近、こいつの考えてることがわかるようになってきた気がする。


「それに加え中級モンスターも数体。具体的な数は不明だ」


「結構な大所帯じゃねえか。見たとこ兵の数は15ってとこだろ?」


ヘンリーはあたしに睨まれても意に介さず、無表情を貫いている。


「あたしにも勝てねぇ新人ばっかなのに、それでなんとかなんのか?」


「ガブリエルがいるからな」


さも当然のことかのように淡々と返すヘンリー。


「いやこいつ休日返上して来てるのにそりゃねぇだろ」


眉間によった皺を指先で揉む。

なんか頭痛くなってきた。


「俺は姉さんを守るために鍛えてるからな」


ガブリエルは誇らしげな顔で腕を組む。


……なんか心配してるあたしがバカみてぇだな。


「じゃあさっさと倒して帰んぞ。先生がボスに集中できるよう指揮役は分けた方がいい」


あたしはガブリエルの肩に手をやる。


「ガブリエル、悪いがお前に頼みてぇ」


急に指名されたガブリエルは、びくりと体を震わせ目を見開いた。


「俺が?」


「全体を俯瞰できるし、頭の回転も早え。お前が適任だろ」


あたしさえ関わらなければこいつは優秀だ。それにヘンリーを除けばガブリエルが1番強えしな。


ガブリエルは頬を紅潮させ、がしりと私の手を取った。


「ま、任せてくれ! 必ず姉さんの期待に応えてみせる!」


力強く固い手の感触と、真剣な表情。

その瞳には先ほどまでの幼さとは違う、強い決意の色が宿っていた。

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