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第四章:出会いと庇護

 夜の街をさまようカトリーナの体は冷え切っていた。騎士団が保護した際にかけてくれた毛布をぎゅっと握りしめ、震えながら暗い路地を歩く。どこへ行けばいいのか分からない。ただ戻ることだけは絶対に避けなければならなかった。

「……寒い」

 足元は裸足のまま。体の芯まで冷たく、空腹も限界だった。何度か転びながら、それでも必死に歩き続ける。

 そんな彼女の前に、一台の馬車が止まった。

「君、大丈夫か?」

 ゆっくりと降りてきたのは、品のある服装をした男性だった。長い金髪を持ち、鋭いがどこか優しげな青い瞳。彼はカトリーナの様子を見て、微かに眉をひそめた。

 カトリーナは怯え、咄嗟に後ずさる。

「待ってくれ、怪しい者ではない」

 男はそう言いながら、ゆっくりと手を差し出した。だが、カトリーナは何も言えず、ただ震えるばかりだった。彼女の様子を見て、男は小さく息をつく。

「名乗るのが遅れたな。私はエドワード・ヴァルターだ」

 ヴァルター公爵——高位の貴族。その名前にカトリーナは驚いたが、それでも警戒心を解くことはできなかった。

「なにがあったんだ? 見たところ君は貴族だろう?そんな状態でまともに動けないだろう。とにかく、馬車に乗りなさい」

 そう言って、エドワードは自らの外套を脱ぎ、カトリーナの肩にかけた。毛布の上からではあったが、その温もりに少しだけ心が揺れる。

「……」

 しばらくの沈黙の後、カトリーナは小さく頷いた。

 

 エドワードの屋敷に着くと、彼はすぐに温かい湯を用意させた。だが、カトリーナはなかなか動こうとしなかった。

「大丈夫だ。誰も君に害を加えたりはしない」

 エドワードの穏やかな声が響く。ようやく少し安心し、カトリーナはゆっくりと浴室へ向かった。

 温かい湯に浸かった瞬間、全身の緊張が解けた。冷え切った体がようやく温まり、涙がじわりと浮かぶ。自分はようやく安全な場所にいるのだろうか。

 風呂から上がると、メイドが用意した清潔な服があった。戸惑いながら袖を通すと、驚くほど柔らかく温かかった。

「無理に話さなくていい」

 食事の席でエドワードはそう言った。

「君が安心できるまで、何も聞かない。行くところがないのなら、ただ、ここでゆっくり休むといい」

 カトリーナは驚いた。今まで、誰もそんな風に言ってくれたことはなかった。

「……ありがとう……ございます」

 かすれた声でそう呟くと、エドワードは穏やかに微笑んだ。

 こうして、カトリーナの新たな生活が始まった。


 穏やかな日々が始まった。カトリーナはまだ完全に警戒を解くことはできなかったが、屋敷の中は驚くほど静かで穏やかだった。無理に話すことも強要されず、メイドたちも優しく接してくれた。

 朝、目を覚ますとふかふかのベッドに包まれていることに驚く。

(こんな場所にいても……いいの?)

 そう思いながらも、少しずつ温かい食事に慣れ、気力を取り戻していく。

 エドワードは忙しいらしく、毎日顔を合わせるわけではなかったが、顔を合わせた時には必ず「困ったことはないか?」と声をかけてくれた。その度に、カトリーナの心の中に、少しずつ何かが芽生えていく。

 そんなある日のこと。

「そろそろ聞いてもいいだろうか?」

 エドワードが穏やかに問いかけた。

「君に、何があったのか」

 カトリーナはスプーンを持つ手を止め、少し考えた。彼は無理に聞き出そうとはしていない。だが、ここにいる理由を話さなければならないのではないかという気持ちが膨らんでいく。

「……私は……」

 小さく口を開く。

 自分がどんな人生を歩んできたのか、今まで誰にも話したことはなかった。でも、この人なら——

 カトリーナはゆっくりと、過去の出来事を語り始めた。


 エドワードは、憤っていた。

 あの夜街を馬車で移動していたとき、路地裏で震える彼女の姿を見つけた。あのときの彼女の目は、怯えと絶望で満ちていた。

 最初はただの浮浪者かと思ったが、彼女が身にまとっていたのは、騎士団が使う厚手の毛布だった。無視するわけにはいかない。

「何があった?」と尋ねても、少女は何も答えず、ただ震えていた。

 エドワードは直感的に思った。この子は貴族だ。そして何かに追われ、恐怖に怯えている——と。

 だからこそ、すぐに屋敷へ連れ帰り、まずは安心できる環境を用意した。

 それから数日間、彼は少女が少しずつ落ち着きを取り戻すのを見守っていた。

 そして今日。

「そろそろ聞いてもいいだろうか?」

 エドワードは、慎重に問いかけた。

「君に、何があったのか」

 少女——カトリーナは、スプーンを持つ手を止めた。

 やがて、カトリーナは小さく口を開いた。

「……私は……」

 彼女の震える声が、静かな食堂に響く。

 ——両親を亡くし、叔父家族に虐げられた日々。売られた日の恐怖。ラズモンド伯爵の屋敷での屈辱的な扱い。そして、闇のオークション。

カトリーナが語るたびに、エドワードの表情は険しくなっていった。拳を握りしめ、落ち着くように大きく深呼吸する。

「……許せんな」

 低く抑えた声でエドワードが呟いた。エドワードの目には、冷たい怒りが宿っていた。

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