オーストラリア、参戦
「こんなモノ、どこから持ってきたのよ!」
さつきが目を丸くするのも無理はない。
格納庫から引き出されたのは、メサイアが担ぎ上げる程巨大な“砲”だった。
180ミリバズーカより二周りは大きく、かなり無骨な外見をしている。
そして、砲の後ろには、反対側が艦に設置されたエネルギーバイパス接続口に接続された長く太いケーブルがつなげられている。
「全長20メートル、口径は360ミリML砲に相当」
さつき騎のMC、春日中尉が転送されるデータを見ながら感心したように呟く。
「よく考えたものね。エネルギー・バイパス・ケーブル付きとはいえ」
「こんなもの、使えるんですか?」
STRシステム越しに伝わる“砲”の重さに顔をしかめつつ、さつきはバズーカ砲の射撃体勢をとる。
「ちっ―――ケーブルが邪魔よ……」
「祈りましょう―――都築騎、宗像騎、それと長野騎発艦」
春日中尉の声に横を向くと、長野騎が艦から離れる所だった。
反撃をより正確に行うためには“鈴谷”搭載の探索システムだけでは不安が残る。
そこで、メサイアとのデータリンクを用いて探索システムの不備を補おうというのだ。
「司令部からは?」
「今、入りました」
美夜からの心なしか強ばった声に、通信担当のオペレーター、神崎鈴が答える。
「反撃は自衛の範囲に止めよ」
「三発で済ませてやろうと思ったけど……」
美夜は拳を掌に叩きつけた。
「十発でも済ませることは出来ないな」
「艦長。全騎、配置につきました」
「よし―――全チャンネル解放で通信……“我が帝国は、貴国との交戦を望まず。願わくばこのまま通行を許されたし”」
美夜は口にしながら、どこかで無理だろうとわかっていた。
オーストラリア軍を率いているのは、オーストラリア軍唯一の飛行艦隊、第一飛行艦隊司令、オークニー少将だった。
「―――成る程?」
司令官用シートにふんぞり返る彼は、通信兵からの報告を一笑に付した。
「さすがに臆病なジャップだけのことはある」
「……提督、まさか」
その不敵な笑いを見た参謀が青くなったのは無理もない。
―――彼の上官は、間違いなく、やる気だ。
「本国からは威嚇発砲以上は許可を受けていません!」
「向こうが先に撃ったと言えばいい」
オークニー少将は自信たっぷりに答えた。
「記録は改ざんするためにある」
“鈴谷”の針路をMLの光がかすめた。
「……ダメか」
美夜の落胆の合間にも、何発ものMLが“鈴谷”の艦橋からイヤでも観測出来る。
すべて、自分達を狙ってのことだ。
「どうあっても我が国と戦争がしたいようですな」
「鉱物資源と牛と羊……」
美夜はうんざりとした声でそう言うと、シートの背もたれに体を預けた。
「誰が一番買ってると思ってるんだ……」
「貿易相手という意味では、中華帝国です」
副長は顔色一つ変えずに答えた。
「今の連中は、独立国ではありません。中華帝国の属国です」
「経済侵略……経済的植民地……」
美夜は首を強く左右に振った。
「それが今までの世界秩序ですからな―――ただ」
「……わかっている」
美夜は制帽を被り直した。
「今は、主義主張ではなく、目先の処理が大切だ」
「そういうことです」
「メサイア接近中!数6―――機種グレイファントムRA!」
「警告を出せっ!これ以上接近する場合は、貴国からの宣戦布告と判断すると!」
「メサイアが来るぞっ!」
二宮の張りのある声が通信に入った。
機械ノイズや様々な騒音の中、二宮の声だけは恐ろしくよく通る。
美奈代はそれが内心羨ましいと思いつつ、指示を待った。
「長野大尉は宗像と都築と共に阻止につけ、私と柏、早瀬は敵を撃ち落とせっ!」
「メサイアに飛び道具が効くんですか?」
―――しまった!
美奈代は思わず口にした質問を心底後悔した。
「バカっ!」
鼓膜が破れたかと思うほどの罵声が美奈代を襲った。
「メサイアが弾丸を避けきれるのは騎士の機動があってのことだ!バーニアとスラスターのみに機動を任せる空中戦における機動性は爆撃機並みだと座学で何度言った!」
「す、すみませんっ!」
「許さんっ!宗像ぁっ!」
「はっ!?」
宗像が突然の指名に驚いた声をあげた。
「何か?」
「今晩、和泉を好きにしていいぞ!?」
「―――いいんですか?」
「教官っ!」
美奈代より先にそう怒鳴ったのは、何と都築だ。
「そ、それは俺がっ!」
「ダメだ」
二宮は即座に言った。
「お前では確実に孕みかねない!それでは面白くないし、何より」
「なっ、何ですかっ!?」
「染谷から“和泉さんを是非よろしく”と折り詰めをもらっている」
折り詰め―――軍隊用語で賄賂のことだ。
「無事に返せばさらに詰めてもらえるだろう。ここでチャンスを失うわけにはいかん」
「あんの野郎ぉぉぉぉぉっっっ!」
都築の絶叫の下、美奈代は赤面した顔を思わず両手で覆ってしまった。
「生きて帰ったらぶっ殺してやるっ!」
息巻く都築だが、
「貴様らぁぁぁっっっ!!」
恐ろしくシャウトの効いた美夜の絶叫に動きを止めた。
「目先の事を考えろっ!」
「見ろ都築、貴様のせいだっ!」
「理不尽だっ!」
「和泉っ!」
「は、はいっ!」
美奈代は思わず叫んだ。
「染谷候補生と幸せになりますっ!」
「違うっ!」
「は、破談はイヤですっ!まだデートもっ!」
「マジメに聞けっ!」
二宮は言った。
「貴様は艦へのダメージを最小限度に抑えろ。シールドの性能を信じろ!」
「―――は?」
「攻撃を意地でもシールドにあて、これ以上の艦の損害を阻止しろっ!」
「―――っ!?」
その意味がわかる美奈代は青くなった。
「多少の騎体破損は大目に見てやる。ここで“鈴谷”に沈んでもらうわけにはいかん」
「り……了解」
「よし。各騎!和泉を二階級特進させないためにも、敵を倒せっ!」
「はいっ!」
「―――くそっ!」
スクリーンに映し出される弾着予測に従って、甲板上を行ったり来たりする美奈代は艦橋の横で止まると、シールドを構えた。
途端に強い衝撃が騎体を押し、シールド表面の異常加熱警告がコクピットに響く。
表面の様子はわからないが、シールドから立ち上る煙が美奈代の心配をイヤでも引き立てる。
「シールドが持つの?」
「大丈夫です」
牧野中尉は答えた。
「この程度でしたら……まだ」
牧野中尉には、敵のMLの攻撃がこうも弱い理由はわかっている。
距離だ。
遠距離過ぎて、途中の空気によってMLの出力が削がれているんだ。
そこから判断するに、敵のMLはそれほど大口径ではない。
近衛のアンチマジックコーティング処理で十分に阻止出来る。
「いい加減当てろっ!」
オークニー少将が怒鳴るのも無理はない。
彼の指揮下にある飛行艦は小型のコルベット艦とはいえ数は6隻。
その6隻が撃ちまくっているのに、敵の速度は一向に落ちない。
つまり、ダメージを与えていないのだ。
「し、しかし―――命中は確実にしているんですが……」
まさかメサイアのシールドで命中弾を無効化されていることなぞ思いもつかない砲術長は首を傾げるしかない。
「ええいっ!ミサイル撃て!クジラを喰う野蛮人共にハープーン《銛》を喰らわせてやれっ!」
レーダー担当のオペレーターが報告する。
「メサイア隊、かかりますっ!」
「艦を前進させろっ!」
オークニーは叫ぶ。
「ここで当てなければ世論の笑いモノだぞ!」
「敵、射程に入りますっ!」
二宮騎のMC、青山唯の報告に、二宮は頷いた。
すでに騎体はハイパー・バズーカの射撃体勢をとっている。
敵のデータはモニター上に表示される。
敵はまっすぐに突っ込んでくる。
それを見ていた二宮は思わず舌打ちした。
「戦場で直線運動するな……馬鹿者」
「ターゲット・ロック」
「唯―――やってくれ」
「はい」
ハイパー・バズーカの筒先から黄色の光が放たれた。
近衛の誇る射撃システムとMCのタッグだ。
精度は他国の比ではない。
命中は確実だ。
二宮は光が走った空の向こうで死に逝く敵騎士に呟いた。
―――死んで出直してこい。
グレイファントム
それは欧米のメサイアのスタンダード騎であり、基本的に重装甲を施された重メサイアとして認識されている。
装甲に用いられているのは魔法科学の産物であるMセラミック。
硬度と耐熱性に優れ、戦車以上の耐弾性能をメサイアに与えているが、360ミリのML砲の直撃は想定外だ。
「敵弾、来ますっ!」
「ちっ!」
そのグレイファントムを駆る騎士は、最初の一発目は避けた。
だが、その回避機動を予測していたとしか思えない二発目をまともにコクピットブロックに喰らって消滅した。
友軍騎の残骸が破片と煙をまき散らしながら海に堕ちていく。
「ジョージがやられたっ!」
「クソジャップがっ!」
弾丸を避ける。
それが身上の騎士だ。
彼らは正面から弾に当たって死ぬことを昔から不名誉としている。
唯一の例外は―――
「敵は狙撃した!」
そういうことだ。
いくら弾丸を避けるとことが出来ても、弾丸の飛来を予測させない射手―――狙撃手からの一撃は、その不名誉の例外だ。
仲間の死は、その範疇であると、彼らはそう断じたが―――
「回避運動を―――ぎゃっ!?」
「ロック!―――なっ!?」
二騎が満足な回避運動も出来ないままに撃ち落とされた。
世界最強のグレイファントムだ。
それが抵抗も出来ずに一方的に撃ち落とされる?
―――馬鹿なっ!
「い、一体、日本軍は何を!?」
「大尉っ!」
MCからの警告じみた声に、騎士は我に返ることが出来た。
「上空から3騎っ!」
「―――なっ!?」
「こうも簡単に!」
上空―――グレイファントムから見れば太陽の中から襲いかかったのは、長野達だ。
まるでズームしたようにグレイファントムがスクリーン上で迫ってくる。
「上を取らせるなぁっ!」
斬艦刀を抜刀し、長野が放った気迫の一撃は、すれ違い様にそのグレイファントムを真っ二つに叩き斬った。
「やるうっ!」
それを間近で見た都築は歓声を上げた。
背後でグレイファントムの爆発音が花火のようにさえ感じられる。
「さっすがっ!」
「都築、宗像ぁっ!」
「はいっ!」
「騎体を直線で飛ばすなっ!撃ち落とされたいのかっ!」
「す、すみませんっ!」
「敵艦隊が接近中だ!退路を断つ、付いてこいっ!」
「はいっ!」
「全滅!?」
オークニー少将は、その報告に愕然となった。
「グレイファントムが6騎だぞ!?」
ズンッ!
ズズゥゥンッ!!
粘っこい爆発音が艦橋を、艦ごと揺るがした。
「だ、ダメコン急げっ!」
「被害報告っ!」
艦橋の要員達がてんでにバラバラの事を叫ぶ。
「提督っ!」
艦長が悲鳴に近い叫びをあげ、左舷を指さした。
オークニー少将の目に飛び込んできたのは、横を併走していたコルベット艦“アデレード”。
その側面装甲は、MLの直撃により完全にえぐり取られ、着弾の余波により灼熱化した装甲や艦構造物が真っ赤に染まっていた。
“アデレード”の速度と高度がゆっくりと落ちていく。
墜落もしくは不時着水は避けられないだろう。
炎に包まれ、まるで踊り狂うようにして艦の破孔から外に飛び降りた乗組員が重力力場によって目に見えない原子の塵に変えられていく。
「―――くっ!」
正視に耐えない光景をオークニー少将に見せつける“アデレード”の艦橋が吹き飛ばされたのはその瞬間だった。
「“アデレード”、サヨナラを連発しています」
「くそっ!」
「レーダーロックされた模様っ!攻撃、来ますっ!着弾まで5秒!」
「回避っ!」
艦橋の向こうで強い光が迫ってくる。
口では回避を叫ぶが、それが無理だということはわかっている。
なにより、“アデレード”の被害からして、こちらも無事では済まないことは確実だ。
―――神よ。
彼は死に逝く部下達のために祈った。
―――我が部下に魂の安らぎを与えたまえ。
そう、祈ったつもりだった。
だが、部下達の耳に聞こえたのは、
「畜生っ!」
そんな声だ。
「チンクに尻尾を振った挙げ句がこのザマだっ!」
長野達がオーストラリア艦隊に向かって襲いかかったのは、まさにその時だった。
「敵、沈みますっ!」
レーダー要員の木村が明るい声をあげた。
「レーダー上に敵影なし!」
副長もモニターを見ながら浮かれた声をあげた。
「すごいですよ艦長!敵艦隊撃滅ですっ!勲章モノですよっ!?」
「―――さて、どうかな」
美夜は深くため息をついた。
副長の目に映る美夜は戦勝を全く喜んでいなかった。
「艦長?」
「……副長」
シートに体を預け、まるで祈るような仕草を見せた美夜は、目をつむったまま言った。
「これで我が国は完全にオーストラリアと交戦状態に陥った」
「……しかし」
副長は納得出来ないという顔だ。
「う、撃ったのは向こうですよ!?」
「撃った撃たれたでは済まないのが外交だ」
「……」
「政治と外交でさっさとケリをつけもらわなければ……」
美夜の額に深い皺が刻まれた。
「人類は魔族に食いつぶされるぞ……」




