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トラック島沖航空戦

 “鈴谷すずや”は、予定通り海軍基地にて補給を受けるためにボルネオを離れた。

 その“鈴谷すずや”を指揮する美夜にとって最悪の誤算。

 それは、ハワイを出港した米空母艦隊を警戒して展開していた中華帝国軍機動部隊が、南シナ海に展開していたこと。

 そして、空母1隻を含むその艦隊は、早期警戒機からの通報をすでに受信していた上に、悪いことは重なるもので、針路上、“鈴谷すずや”と直交するコースを航行していたこと。

 この二つだった。


 ●中華帝国軍空母“鞍山”

「日本軍だと?」

 ―――フェニックス諸島沖合にて航行中の飛行艦を確認。

 その報告を受けた中華帝国海軍第四機動艦隊司令李提督は食事の手を止めた。

「はい。白馬級輸送艦1。随伴艦なし」

「……近衛騎士団インペリアルガーズか」

 李提督は壁の海図を見た。

「位置からして……針路はトラック基地か?」

「おそらく」

 副官の海大校は顔色一つ変えずに頷いた。

「まずいな。このままでは直交する」

「現在、横須賀を出港した日本軍はサイパン付近を航行中。トラックでランデブーする腹づもりでしょう。いかがなさいますか?」

「ここで我々の存在は明らかに出来ない。針路を変更しよう。本国からは?」

「返答ありました。現場の責任有る判断により善処せよ。ただし、無用の混乱は避けよ」

「有り難いお言葉だ……」

 李提督は茶をすすると、席を立った。

「例の作戦は準備中なんだろう?」

「はい」

「なら、それに任せておけばよい。それに、一々我々から仕掛けることで、我々の存在を暴露する必要もないだろう」

「党もその判断のようです」

 海大校は頷いた。

「日本軍撃滅は現在の我々の任務ではありません」

「そうだ」

 制帽を正しながら李提督は楽しげに頷いた。

「今の―――な」

「はい。今の、です」

「よろしい。今回の日本軍撃滅の手柄は、潜水艦隊に譲るとしよう。手出しは無用。必要なら接触回避の手段を厭うな」

「了解です」




 海大校は提督との打ち合わせを済ませ、艦橋に戻ろうとした。

 甲板からは航空機の発艦音が轟き渡っている。

「―――ん?」

 海大校は足を止めた。

 発艦命令は出ていないはずだ。

 それなのに何故?

 海提督はすぐ近くの艦内通話の受話器を取った。

「飛行管制か?この発進は何だ?」



「“天津”から上がった航空隊が!?すぐに引き返せっ!」

 艦橋に怒鳴り込んできた李提督は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「艦長!誰がこんな命令を出した!」

 艦橋で目を丸くしているのは、張艦長だ。

「で、ですが」

 何故、自分が怒鳴られているのか全く分からない。

 艦長はそういう顔をしていた。

「日本軍ですよ!?」

「自分の任務をわきまえろっ!現在においての艦隊の任務は哨戒だろうが!」

「しかしっ!」

 姿勢を正した張艦長は叫ぶが如き声を張り上げた。

「小日本撃滅は、党から命じられた至上任務の一つでありますっ!」




 党―――中華帝国における唯一の政党。皇帝支持者の集まり、“王政党”のことだ。

 皇帝の権限をかさにやりたい放題、今回の開戦も皇帝の意向ではなく、党の判断によるとまことしやかに語られている。

 その権限は、逆らえば中華帝国国内では生きていけない程。

 当然、彼ら軍人にとって絶対服従の対象だ。

 実際の所、海外大使館勤務も経験した李提督は、王政党のやり口は嫌ってはいたが、軍人である以上、その名には逆らえない。

 対する張艦長は、軍人としてより党員として出世したような人物だ。

 党の名を出せば全てが沈黙する。

 党の正しさが全てに優先する。

 それを地で主張して出世レースに勝ってきた、軍人としてはむしろ危険な人物だ。




「……艦長」

 李提督はなだめるような声で艦長に告げた。

「我が国は、日本に対して正式な宣戦布告をしていない。ここで勝手に奴らを攻撃したら、日本に我が国に対する宣戦を許す口実を与えかねないのだ」

「し、しかしっ!」

「日本に対して宣戦布告していないのは、党の方針だ。その方針に横やりを入れるつもりか?」

「そ、それは……!」

 艦長は狼狽しつつ、ようやく思いついた反論を答えた。

「すでに大韓帝国は」

「日本の経済力を甘く見るな。韓国は資産を凍結され、わずか数日で経済が破綻したんだぞ?同じ目を我が国にあわせるつもりか?」

「し、しかし……っ!」

「小日本だなんだの、敵を舐めてかかると痛い目に遭うぞ中佐。軍人たる者、常に敵を侮るな」

 提督は真顔でそう諭した。

 何しろ、日本は反応弾保有国だ。

 互いに反応弾でつぶし合いになることなんて考えたくない。

 何より、その口実を自分が作ったなんて御免被る。

「―――海大校」

 李提督は、脇に控えていた海大校に命じた。

「攻撃部隊の撤退を確認するまで飛行隊の指揮を任せる。それと、本国にこの事態を報告しろ。いいか?絶対に本国を刺激しないように、報告の文面には気を付けろ」

「本国が攻撃命令を下したら?」

「―――その時は話は別だ」

「絶対に命じますっ!」

 艦長は怒鳴った。

 ―――狂信者。

 その目は、彼がそういう存在だと告げていた。

「このタイミングこそ、党が与えてくれた千載一遇のチャンスです!」

「党から与えられた命令は哨戒任務だっ!ここで我が艦隊の位置を暴露することは、党の命令に反しているぞっ!」

「―――っ!」

「これは艦隊司令としての厳命だっ!交戦は認めない、さっさと部隊を引き上げろっ!航空隊の指揮権及び艦隊の交戦権が私にあることを忘れるなっ!」


 ここで手違いが生じる。


 李提督にとっては、海大校に対する指示で自分の任務が終わったと思いこんだこと。

 肝心の海大校は、通信管制を無視した党から送り込まれてきた莫大な通信への返答に手一杯になったこと。

 特に、艦隊から離れて独立遊撃隊として通商破壊にあたる別働隊から敵輸送船団発見の報告がこの時入ったことは、海大校を後悔させることになる。

 遊撃隊の位置はビアク島の沖合。

 セレベス海から侵入する敵艦隊の哨戒も兼ねている。

 そこからの通報だ。


「グアム島沖合、艦種不明。一隻はタンカーと思われる」

 それが遊撃隊からの報告だ。

 ただ、“本当”に“タンカー”ならその腹の中の油が敵に堕ちることだけは避けたい。

 幸い、“タンカー”は、遊撃隊から発進した航空機の攻撃可能なポジションにいる。

 遊撃隊の指揮権は、提督から自分に移っていることもある。

 だから、大校は“別働隊に”命じた。


 ―――航空隊は、各個に攻撃に移れ。


 いつもの命令だ。

 命じられた航空隊は、航空管制官の命令通りに戦うことになる。

 本当に、いつものことなのだ。

 それに、今の彼の敵は目の前の書類だ。

 提督から命じられた報告や、党幹部を満足させるためだけに求められる現在状況の報告―――しかも、党の定めた形式と時間を厳守する必要のある―――頭の痛い敵だ。


 だが―――


「本当にいいんですか?」

 通信管制官の一人がしつこくそう聞いてくる。

 提督の命令通り、日本軍接近の報告を、波風立てないように準備していた大校は、その管制官を見ることもなく怒鳴った。

「いいと言っているだろう!いつも通りだ!武器使用自由、全力で叩けっ!」

「り、了解―――大校の命令と判断します」

 管制官は震える声で命じた。

「艦隊司令部より紅6へ、攻撃を許可する。対艦ミサイル使用自由」

「―――おい」

 紅6

 対艦ミサイル。

 その名にひっかかった中佐は、文面を書く手を止めた。

 嫌な予感どころ騒ぎではない。

 しらずに、声が震えてしまう。

「貴様―――今、どこに命令を出した?」

「ですから」

 管制官の顔を見て大校は青くなった。

 それは、日本軍に向かった部隊と通信を続けていた管制官だった。

「攻撃命令を発しました。大校の命令で」

「馬鹿者ぉっ!」



 紅6は日本軍に向かいかけ、管制官からの撤退命令に断固抗議しつづけていた空母航空隊のコールサイン。

 対艦ミサイルは、言うまでもないだろう。

「間違いないな?」

 隊長はジャミングのひどい通信記録を、部下に確認を命じつつ、自らも耳で確認した。

「艦隊司令部は、攻撃を許可しました」

「録音、しっかり保存しておけ?。―――日本軍を叩くっ!」

「了解っ!」



「うわ……すごっ」

 戦闘機が編隊を組んで接近する。

 戦闘機を間近で初めて見たさつきはしきりに感心するだけだ。

 チカチカチカチカッ!

 “鈴谷すずや”の舷側にあるランプが激しく点滅を開始したのはその時だ。

 緑の点滅と赤と黄色の3色。

「何?」

「警告です」

 教えてくれたのはさつき騎のMCメサイアコントローラー、愛沢中尉だ。

「国際法規定のFGFフリーグラビティ・フィールド警告です」

「何でそんなもの出すんです?」

FGFフリーグラビティ・フィールドは目に見えません。通常航行時には、接触しないように警告する必要があります」

「今、戦闘中ですよ?」

「これでぶつかったら、向こうが悪くなるんです」

「―――成る程」



「バカ者っ!」

 同じ頃、海大校は李提督から大目玉を食らっていた。

「誰が攻撃しろと命じたっ!飛行隊には戦闘停止を命じろっ!飛行艦だ、メサイアを搭載してはずだぞ!?」

「間に合いませんっ!」

 そんな口論に近い会話を続ける二人の後ろで、艦長が手に持つ金属の筒が火を噴いた。



 迎撃されたミサイルが光と煙の球に変わった。

 ズズン……ッ!!

 遠くで爆発音が響く。

 もう恐怖感すら感じない美夜は木村に訊ねた。

「都合、これで何発目だ?」

「48発目ですっ!」

「その数、四方八方から―――よく撃つ」

 対艦ミサイルは決して安い代物ではない。

 それを48発だ。

 感心する以外にない。

 いい加減、あきらめてくれないだろうか。

 美夜は内心でそう願っていた。

 だが―――

「艦長、二宮中佐からです」

「―――私……えっ!?」

 美夜はインターホン越しに伝えられた情報に思わず驚いてしまった。

「今度は爆装してきたぁ!?」



 空母“天津”の艦橋から運び出されたのは、李提督と海大校。

 その頭部からは血を流し、力無く手足を伸ばしている。

 死んでいるのだ。


「―――党は小日本と戦えと命じられた」

 張艦長が、艦橋から送り出される二人の死体を見送る。

「その命令に従えない敗北主義者は、我が国には要らない」

 艦橋の通路から放り出された死体が海に消えていく。

「飛行隊の収容急げ。対艦ミサイルが効かないなら、爆撃にて出撃しろ」


 それから一時間後。

 中華帝国軍の爆撃を試みた機すべてが空母に引き返してきた。

 全機生還だ。

「畜生っ!」

 パイロットの一人が、キャノピーを叩いて降りてきた。

「何てザマだっ!」

 パイロットは、即座に機体の下、パイロンを取り付けているハードポイントを見た。

「―――くそっ!」

 翼下の10個あるハードポイントは、一つ残らずきれいに破壊されていた。

「たった一通過だぞ!?それでこれかっ!?」

 ガシャンッ!

 ハードポイントに、そのパイロットが触れようとした時だ。

 コクピットの近くですごい音がした。

 パイロットがその音に驚いて後ろを見ると、機体の破孔から金属の棒が1本地面に落下していた。

 何だ?

 パイロットは、その金属の棒が何か、即座にはわからなかった。

「中尉―――よく無事でしたね」

 駆け寄ってきた顔なじみの整備兵に気づき、彼はその金属の棒の正体を訊ねた。

 整備兵は言った。

「機関砲の銃身ですよ。敵の攻撃が砲を撃ち抜いたんです」

「そんな馬鹿な!俺は敵艦に1万程度しか接近していないぞ!?そんなまぐれが!」

「まぐれじゃないですよ。自分は経験がありますけど……メサイアの攻撃ってのは、それくらい正確なんですよ。中尉」

「……」

「中尉、これが初陣でしたっけ?」

「……ああ」

「ならよかった。メサイア相手に生きて帰ることが出来ただけでもハクが付きますよ。そういうものです。それに」

 整備兵は中尉の肩を叩いた。

「敵は属国がとってくれますよ」

「属国?」



 Su-30部隊が去った後は静寂のみが支配する航海が続く。

「中華の脅威は去った……か?」

「私、しばらくラーメン食べたくない。中華って言葉見るだけで吐き気がする」

「早瀬、同感だな」

「美奈代、いい機会だからダイエットしなよ」

「うるさいっ!」

「何、この後は」

 都築は笑って言った。

「牛肉もラム肉も食いたくなくなる―――やせるぜぇ?」


 その意味がわかる一同はただ押し黙った。


「それにしても」

 美奈代はそれが疑問だった。

「こんな所に何で中華帝国軍が?太平洋のど真ん中に?」

「哨戒ですよ」

 牧野中尉が答えた。

「敵がハワイからの米軍の進出を怖れている証拠です。もしかしたら、我々を米軍と誤認したのかもしれません」

「ってことは?」

「“鈴谷すずや”の警戒レーダーは捜索範囲が狭いです」

 牧野中尉の言葉に、コンソールを操作する音が混じる。

「我々の出番ですよ?」

「敵は一体?」

「ここまで来るなら敵は空母機動部隊。そのお腹にはとっておきの厄介者が入っているはずです」

「厄介者?」

「はい」

 コンソールパネルを操作する牧野中尉は、ちらりと通信モニター上の美奈代を見た。

「このフネを地上から蒸発させることの出来る厄介者です」


 ビュンッ!

 光の矢が、美奈代の目の前を突き抜けたのは、まさにその時だ。

 オレンジ色のアイスキャンディーがまっすぐ通り抜けていったように見えた。


「なっ!?」

ML(マジックレーザー)の至近弾っ!」  

「どこからっ!?」

「計測範囲外、超遠距離射撃っ!」

牧野中尉は言った。

ML(マジックレーザー)をなめないでください。敵はすでにこちらの位置を掴んでいるんです」

「っていうか!」

 もう一発がシールドをかすった。

「艦に当たるんじゃないですか!?」

「この程度」

 ふんっ。

 牧野中尉は再び鼻でわらった。

「オージーの低出力ML(マジックレーザー)なんて怖れる程じゃありません」


 バンッ!!

 空間が歪むような現象を残して、美奈代の目の前で爆発が発生した。

 シールドへの直撃。艦橋間近に立つ美奈代騎の立ち位置からして、シールドに命中しなければ、かなりの損害になっていたろう。

「……あらまぁ」

「中尉?これでもですか?」

 皮肉めいた美奈代の言葉に牧野中尉が応えるより早く、もう一発が“鈴谷すずや”に命中した。

 


 火災を告げるアラームが艦橋に鳴り響く。


「右舷甲板側面装甲に被弾っ!」

「火災発生っ!」



「くそっ!オージーの分際でっ!」

 ガンッ!

 美夜はアームレストを拳で叩いて怒鳴った。

「あの毛唐共、牛の世話か鉱山で労働してればいいんだっ!」

 美夜が怒るのも無理はない。

 プルトニウムやウラニウムにも匹敵する危険な鉱物、魔晶石を産出する鉱山を中国人に抑えられ、オーストラリアから産出される魔晶石は軒並み中華帝国へとピストン輸送される。

 そして、それがメサイアや魔法系兵器に生まれ変わり、今や世界各国を襲っているのだ。

 それを知る各国は、中華帝国支援国であるオーストラリアとの国交を断絶しているほどだ。


「艦長っ!」

「メサイア隊の武装換装、津島中佐の持ってきた“ブラスター”を装備させろっ!」





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