鈴谷、襲撃
「敵襲ですっ!」
副長の高木が艦橋で美夜に答えた。
「敵メサイア数4、本艦に向けて接近中!―――はいっ!」
美夜の指示を受け、高木は怒鳴った。
「FGF、即時全周囲展開!“伊吹”機関部の出力は全てそっちへ回せっ!」
“鈴谷”に襲いかかったのは、あのエーランド達だ。
バンッ!
機関部を狙った一撃が、空中で消えた。
「ほう?」
エーランドはその光景を前に顔を楽しげに緩めた。
「重力防御か!」
部下の騎も艦橋や船体めがけて砲撃を続けているが、全て艦に届く前に無力化されている。
「全騎、攻撃を対重力防御壁用弾頭へ切り替えろ!」
「何とか逃げられそうか?」
フィアに部屋へ戻るよう命じた後、美夜はすぐに艦橋に入った。
「FGFで防御だけは出来ていますが」
高木は顔をしかめたままだ。
「こっちからも反撃出来ません」
「やむを得ないな」
いわば魔力によって展開された楯であるFGFは、魔法だろうが実体弾だろうが全て防御出来る万能の楯だ。
しかし、万能過ぎて身内の攻撃までを無力化してしまう。
FGFを展開している間は、敵も味方も何も出来ることといえば、お祈りする位だ。
「最大戦速発揮、ジブチのEU軍に救援信号を出せ」
「し、しかし!」
美夜はインターフォンをとった。
「メサイア隊は!?」
「無理だ!」
インターフォンに怒鳴りかえしたのは坂城だ。
その背後では装甲を外され、フレームが丸見えになった二騎のメサイアが並んでいた。
美奈代達も自分達の騎に入ろうとしているが、その騎体でさえ、いくつかの装甲が外された状態。
戦闘は無理だと素人目にもわかる状態だ。
「完成まであと45時間はかかるぞ!文句ならぶっ壊した奴らに言ってくんな!山科のを!?それならさっさと言ってくれ!早く終わるぞ?コクピット調整に6時間だ!沈むのが早いか、コクピット調整が終わるか?そんなこと、俺が知るか!」
艦が激しく揺れた。
「周囲の雑音にかまうな!野郎共っ!さっさと仕事続けろっ!」
「―――きゃっ!?」
通路に押し出されるようにして、ハンガーデッキに飛び出してきたのはフィアだった。
誰もが自らの任務に集中して、フィアに構っている余裕なんてどこにもない。
「あ……あれ?」
フィアは、自分が道を間違えたことを知った。
ここは知っている。
あのメサイアとかいう兵器の格納庫だ。
2騎のメサイアがあちこちから火花をあげながら整備を受けている。
でも―――
フィアは床を蹴ると、宙を舞った。
「どうして!」
その2騎とは別に、さらに奥で1騎がほったらかしになっている。
フィアはその騎の側で整備兵を捕まえた。
「どうしてこの騎は動かないの!?」
「しかたないんだよ!」
突然の闖入者に驚きながらも、若い整備兵は言った。
「操縦システムが故障していて、下半身が動かないんだ!」
「何よそんなの!」
フィアは、そのメサイア―――“伊吹”で回収された“幻龍改”を睨み付けた。
無言で立つ“幻龍改”は、フィアに何も答えない。
整備兵に手を引かれ、フィアは再び床に降り立った。
「嬢ちゃん!」
その整備兵はフィアに言った。
「ここ、危ないから!安全な場所へって……お、おいっ!」
その整備兵の前で、フィアは再び床を蹴ると、“幻龍改”の方へと流れていった。
「整備班長っ!」
「こ、これって……ここから入るのよね」
フィアがたどり着いたのは、“幻龍改”の頭部。
胸部装甲ハッチの開き方がわからないフィアは、偶然開かれたままになっていたMC用のハッチから中へと入り込んだ。
フィアにはわからないが、ハッチから中へ潜り込んだ途端、MCRの中の計器類が点灯を開始し、モニター類が全て動き出した。
「……へぇ?」
何をどう動かして良いのかまるでわからない。
勢いでここまで来たことを、フィアはさすがに後悔し出していた。
だけど―――
「このままじゃ」
恐る恐る、フィアは近くのレバーに手を伸ばしかけた。
その瞬間―――
ズンッ!
今までで一番激しい振動が鈴谷を襲った。
「きゃっ!?」
耳がキーンとする程の音の後、けたたましい警報が鳴り響いた。
「火災発生っ!」
「整備班は速やかに消火作業へ!」
「手すきは対空銃座へつくんだ!」
整備兵達の動きが今までとは別な方向へとあわただしく動く。
フィアはその間にMCRの中をあわただしく動く。
とにかく、これを動かしたいと思うフィアに、肘が何かボタンに触れたことに気づく余裕さえなかった。
「これって、どえやって動かすのよ」
「あ……あの?」
シートの下をのぞき込んでいたフィアは、恐る恐るという感じでかけられた声に、弾かれたように思わず頭を上げて―――
ゴンッ!!
「す、スゴい音がしましたけど……大丈夫ですか?」
うずくまって頭を抑えるフィアに近づいてきたのは、6歳くらいの女の子。
精霊体“ちあさ”だ。
「だ……大丈夫……グスッ……いっ、痛い……」
「い、痛いの痛いの飛んでけぇ」
「あ……ありがと……」
フィアは数回頭を振ると、“ちあさ”の肩を掴んだ。
「あなた―――精霊よね?」
「は?はい?」
突然、フィアの手が“ちあさ”の頭を両手でがっちりと掴んだ。
「……道理でね」
フィアは、何度も頷きながら言った。
「道理で、妙に精霊の匂いがする場所だと思ったのよ―――ここ」
「あ……あの?」
“ちあさ”は本能的なレベルで恐怖を覚えた。
「ちょっと……痛いけど、がまんしてね?」
「……やっ」
泣き顔になる“ちあさ”に、フィアは微笑んだ。
「いい子だから」
やぁぁぁぁぁっっっ!!
MCRの中で悲鳴がしたことに整備兵の誰も気づく者はいなかった。
ズンッ!!
対重力防御壁用弾頭がFGFに穴をあけ、艦に傷を付ける。
一発でも命中すれば艦に重大なダメージを与えることの出来る対艦兵器なのだが……。
FGFに命中した時は派手な音と光をあげるが、艦そのものに命中しても、艦に穴を開けるだけだ。
火災もろくに起きていない。
「重力防御が―――強すぎる?」
防御が強すぎれば、対重力防御壁用弾頭によって開く穴も小さくなり、効果が減るのは道理だ。
「弾頭の力が負けているだと!?」
エーランドは目を見張った。
この弾頭なら、一昔前の戦艦だって無事では済まないはずだ。
「人類は……ここまでの力を!?」
「少佐っ!」
ツヴァイ3号騎を駆るマオが艦の後部を指さした。
「重力防御のジェネレーターですっ!」
「よくやった!マオ、アーク、対重力防御壁用弾頭を集中しろ。どうせ向こうからの攻撃はない―――いくぞっ!」
敵のメサイアが艦の後部に集中した。
その意味は嫌でもわかる。
「くそっ!」
美夜は歯ぎしりするが、この状況では何も出来はしない。
「沈むとは思いたくないが……」
メサイア達がバズーカ砲を構える。
「全対空砲をあの三騎に集中させろ!砲術、対空ロック、外すなよ!?」
「了解っ!」
砲術長は舌なめずりしながら答えた。
「でっかい獲物だ!おいしくいただこうぜ!」




