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金色の髪の少女 第二話

「“鍵”が敵艦から出ただと?」

「間違いありません」

 ワーキン少佐は、部下からの報告に気色ばんだ。

「敵から逃げたのか!?」

「そ、それは……」

 “鍵”のことをほとんど知らない部下は首を傾げるしかない。

「不明―――です」

 そう、答えるしかない。

「ただ、敵メースに搭乗して移動中なことだけは判明しています」

「メースに?」

「はい。騎数は1」

「追撃してくるメースは」

「ありません」

「敵、飛行艦の針路は」

「海上にて待機中。メースと針路は一致しません」

「……」

 ワーキン少佐は、しばらく考え込んだ。

 脱走したなら、追撃するメースがいて当たり前だ。

 何故、それがない?


「……情報が少なすぎる」


 ワーキン少佐に与えられているのは、“鍵”と呼ばれる存在がいる。という程度だ。

 それが人間なのか犬なのかさえ、実はワーキン少佐は知らない。

 何の鍵なのかさえ知らない。

 わかるのは、与えられた得体の知れないレーダーの反応だけ。

 それで対象を回収しろだなんて、理不尽にも程がある。

 下手なことをして責任問題になったら冗談じゃない。

「周辺に友軍の存在は?」

「エーランド少佐の部隊がいます」

 レーダー担当の士官が答えた。

「現在、ソコトラ島付近」

「狙えるか?」

「すぐに出撃させれば、接敵まで推定30分」

「よし……ヤツに伝えろ」

 ワーキン少佐は、ちょっとだけ考えてから言った。

「貴殿の判断と責任の元に最善を尽くせ―――それでいい」



 エーランド達が、“鈴谷すずや”をすぐに襲わなかったのには十分な理由がある。


 補給に手間取ったのだ。

 アフリカに存在した魔族軍は、即ち彼等の上位機関であって、それが根こそぎアフリカから消えた。

 これはすなわち、アフリカ周辺でエーランド達が補給を受けることが出来ないことを意味する。

 だが、エーランド達に任務を与えておきながら、司令部は予定通りにアフリカから撤退した。

 エーランド達のことなんてお構いなしだ。

 その理由は、エーランド達の乗艦ヒューマーには十分な物資が存在し、作戦行動には支障がない。そう、判断されていたからだ。


 その原則は、いともあっさりと崩れ去った。


 海底付近を潜行移動中に、海底に放置されていた係維機雷に引っかかったのだ。

 被害は甚大であり、潜行そのものは可能だったにしろ、かなりの物資が水浸しになった。

 最悪だったのが、水と食料だ。

 貯水タンクにヒビが入って、真水がなくなったことをエーランド達が知った時には、すでに機関冷却装置が停止した後だった。

 ゴトランドが人類全てを呪おうが罵ろうがもう遅かった。

 エーランドは2日待ってやっとのことで接触した整備艦からの補給と整備を受けている最中だ。


 警戒に出続けたエーランドにとって、ここで出撃を依頼されても断りたいのが本音だが、ヒューマーの修復や補給にどれ程の費用がかかっているか、さらに今後のことを考えると、無下には出来ない。


 元から、エーランドに与えられた選択肢は、依頼に応じる以外にはないのだ。


 光学迷彩を放つフィールドが景色を歪める中、整備艦“アブラウド”の中に収容され、破損を修復中のヒューマー。

 その甲板には、発艦準備中のメース、“デュアリス”の姿があった。

 魔族軍では特務部隊向けに開発された、“サライマ”と同世代のメースだ。

「とはいえ、少佐ぁ」

 通信モニターの向こうで、ゴトランドはあきれ顔で言った。

「ここで一々、俺達が出る必要があるんですか?」

「補給と修復費用、誰が支払うんだ?ゴトランド」

「頼んますよ。少佐」

「そうしよう―――部隊、出るぞ!」



「……セコいよなぁ。少佐も」

 ゴトランドはハァッ。とため息混じりに艦橋からエーランド達を見送った。

「前に壊したメースの弁償代、ヒューマーの修復費用に上乗せして計上してるんだから」


「仕方ないですよ。少佐の場合」

 ゴトランドの副官が顔をしかめながら言った。

 その視線の先には、ハンガーデッキの様子を映し出したモニターがあった。

 そこでは相変わらずのポーカーフェースで仕事に励むマイナ技術大尉の姿がある。

「彼女の半端ない食事代、負担するだけでスッテンスッテンでしょう?」

「毎回毎回、あの細っせえカラダのどこに入ってるんだろうな……あの食いモノ」

「テッセン主計長が泣いてますよ」

「さもありなん……」

 ゴトランドは、天井を見上げた。

「全ては、少佐の稼ぎにかかってるってワケだ」

 そう言ってから、首を左右に振った。

「……無理だろうなぁ」



 エーランドが率いるのは3騎の部隊。

「目的はメースの破壊じゃない。いいな?」

 エーランドは部下に命じた。

「あくまで搭乗者の無傷での捕獲だ」

「了解」

「少佐。一体、メースにゃ誰が乗ってるんです?」

「私も知らない」

 エーランドは素直に答えた。

「ただ、確保した際の報奨金は、我々が1年間は遊んで暮らせる額だ」

 ヒュウッ。

 誰かが品のない口笛を吹いた。

「上等♪」

「ただしっ!」

 部下がやる気を出した頃を見計らってエーランドは畳みかけた。

「乗員に傷つけた場合、最悪、殺したらゼロどころかマイナスだぞ!そこを理解しろっ!」

「応っ!」

 


 その頃、染谷は、身振り手振りで少女に語り石へ触れさせたばかりだった。


 かつてはアフリカ中から人々が語り石に触れるためにやってきた都市は、今や見る影もない。

 30年の歳月と戦禍によって崩れかかった建物群。

 生い茂る草によってめくれ上がったアスファルト。

 語り石は、そんな中に放棄される形で残されていた。

 かつて数万―――否、数千万の人々を受け入れたその場所を見つけた時。

 染谷は安堵したものだが、その荒れ果てた光景が、女の子にとって安堵できるかといえば、そんなことはない。


 こんなところで、何をするの?


 少女があからさまにおびえだしたのが、時間のかかった原因だった。

 結局、MCメサイア・コントローラーの伊月中尉の手助けがあって、やっと語り石に触れさせた苦労は、本当に誰かに語って聞かせたい位、大変だった。

 語り石に触れた途端、ぐったりと倒れた少女を抱きかかえた染谷が、小走りに“幻龍改げんりゅうかい”に向かう。

「急ぎましょう」

 手にP-90IJを持った伊月中尉が染谷をせかす。

「メサイアのコクピットを騎士とMCメサイア・コントローラーが同時に離れることは、戦場では原則禁止ですからね」

 伊月中尉は、生きていれば染谷の母と同い年という古株だ。

 ―――あんなババアと組まされるなんて、染谷さんも気の毒だ。

 そういう連中は多いが、ベテラン故に頼りになることこの上ない。

 むしろ、染谷はいいパートナーが出来たと感謝すらしていた。

「艦長の許可は得ていますよ」

 その接し方は、自然とむしろ母に対するそれになると、染谷は何となく、そう思う。

「……ま、いざという時は、それで文句も言えますけど」

 伊月中尉は、抱きかかえられた少女の横顔をちらと見ると、苦笑気味に訊ねた。

「この娘について、和泉候補生には何と言ってきたんです?」

「えっ?」

「この光景を和泉候補生が見たら、どうなるでしょうね」

「ど……どうなるんですか?」

「さあ?」

 伊月中尉は、意地の悪い笑みを浮かべながらMCRメサイア・コントローラー・ルームに通じるリフトグリップを握った。

「ひっぱたかれる程度は、覚悟しておいた方がいいわよ?女の嫉妬は恐いからね」

「だ……だけど」

 染谷は眠り続ける少女の顔をのぞき込んだ。

 綺麗でカワイイと思う。

 語り石に触れた副作用で、意識を失ってしばらく眠り続けるケースがあることは、経験者である染谷にはわかる。

 この娘は、そういう状況にあることもわかる。


 もしかしたら、ちょっとキスしてもバレないんじゃないかな。


 そんな、下心がないといえば嘘になる。


 だけど、その向こうに怒り狂った美奈代の顔があると思うと、なんだか喜ぶことが出来ない。


 女の子の恐ろしさって、こんなものかなぁ。


 ふと、そんなことを思ってから、染谷はコクピットへのリフトグリップを握った。



 先に登ったMCRメサイア・コントローラー・ルームのハッチの前で、伊月中尉が手順通り、銃のマガジンを抜いている。

 その危なっかしさから、彼女が銃の扱いになれていないのかな?と、そう思った。

「面倒くさくてイヤなのよね」

 その視線に気付いたのか、伊月中尉は恥ずかしそうに笑いながら大声で言うと、片手でP90IJを掲げて見せた。

 染谷にはカバンにさえ見える奇妙な外見の銃。

 ベルギーのFN社製の銃のライセンス生産品で、近衛では後方支援部隊向けに配備された後、MCメサイア・コントローラーの護身用にも配備されつつあると、座学で聞いたことを思い出した。

 そんなの、妖魔相手にどの程度の意味があるかは、あまり考えたくなかった。

「むかしのグリースガンの方が好きだったわ」

「使ったことがあるんですか?」

「あるわよ?」

 マガジンをポーチに終い終えた伊月中尉は、笑いながらハッチの解放作業に入った。

「前のダンナの時ね?

 夜営で他の女のテントに入り込んだ所を取り押さえてやった時、持ち出したのよ。

 あいつ、銃口を口に突っ込んでやったら泣いて命乞いするんだもの。

 情けなさのあまり、その場で離婚してやったわ」


 プシュンッ


 静かな作動音をさせながら、MCRメサイア・コントローラー・ルームのハッチが開くと、伊月中尉はハッチの中に潜り込んでいった。


 伊月中尉の過去について考えるのはやめよう。

 

 そう心に誓いながら、染谷は少女を生徒用のシートに固定した。


「あの……和泉候補生、これは、浮気とかそういうんじゃないからね?」


 脳裏に浮かんだ美奈代に、我ながら言い訳がましいと思いつつ、染谷はどうしても弁明せずにはいられなかった。


 さっさと帰って、この娘と離れよう。


 それがいいに決まっている。

 忙しかったから、最近は彼女に声もかけていない。

 それを神様だか仏様だかが叱っているんだ。

 そうだ。

 帰ったら、二人きりの時間をとろう。

 どこか、いいところはないかな。

 教官用シートに座り、起動シークエンスを開始した染谷がモニターに見たものは、迫り来る得体の知れない巨人の姿。

「えっ?」

 騎体の起動を確認するより早く、振りかざされた赤く光る戦斧が自分めがけて襲ってくるのを、染谷は呆然として眺めるしかなかった。





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