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金色の髪の少女 第一話

「“鍵”が奪われた」

「……“鍵”?」

 エーランドは、しばらく考えた後、目を見開いた。

「ヴォルトモード卿封印の!」

「そうだ」

 カーメン大佐は力強く頷いた。

「旧エジプト付近に隠された。天界軍の情報はそうなっていた。

 少なくとも、このアフリカ大陸に存在すると。

 我々はその確保のため、長年に渡ってこのアフリカで“鍵”を求めて戦い続けてきた。

 その戦いに、皮肉なオチがついたのだ」

「……と、申しますと?」

「とうの昔に、人類が、掘り出し物としてヨーロッパ大陸に運んでいたのだ。それをようやく確保した」

「今の今まで、気付かなかったのですか!?」

「砂漠の中から砂金を探すというたとえがあるだろう。それに、これは調査団の怠慢であって私の責任ではない」

「はっ」

「ところが、“鍵”は再び人類側の手に落ちた」

「何故です」

「運搬を担当していた艦が沈められた」

「……」

「沈没した場所はすぐ近くだ。君も“鍵”の奪還任務を果たしたとなれば、名をあげられると思う」

「ご希望には―――」

 エーランド少佐は答えた。

「お応えするのが私の仕事です」

「“鍵”を乗せた人類の艦は、移動を開始している。しかし、こちらが派手に行動すれば、全人類を刺激する。言葉を正しく理解して、適切に行動してくれ」

「はっ」

「なお、情報局によると、鍵を回収した人類側の艦は、極東の弓状列島の軍所属の艦だ。下手をすれば、そのままインド洋を抜けて極東の弓状列島へ戻るだろう」

「弓状列島?」

「そうだ」

 カーメン大佐は頷いた。

「先の大戦で休戦協定の調印式が行われた場所だ。また、ヴォルトモード軍残党が封印されているともいう“噂”もある」

「そこまで、人類に運ばせるつもりですか?」

「我々はそこまで横着ではない。それに今後は、連中が生きて祖国に帰ることの出来る可能性は低い」

「……は?」

「まぁ、連中を追いかける中で、見ていたまえ。」

 カーメン大佐は楽しげに笑った。

「我々に支配されていないと、人類がいかに愚かな連中に成り下がるか。ということを」



● 特殊艇“ヒューマー”艦橋

「ようこそ!エーランド少佐!」

 特殊艇“ヒューマー”艦橋に入ったエーランド少佐を出迎えたのは、ずんぐりとした体型の中年男、ゴトランド大尉だ。

 エーランド少佐とは、長年に渡って魔界の辺境紛争で死線をくぐり抜けてきた因縁深い仲だ。

「世話になるぞ。ゴトランド」

「なんの」

 ゴトランドは楽しげに肩をすくめた。

「ベネルスボリイ紛争以来ですな。すでに退役されたと聞いていたのですが」

「ぬるま湯の生活は性分にあわん」

「少佐は戦場の方がお似合いです」

「世辞か?」

「ハハッ!まさか!」

「まぁいい。敵の現在位置は?」

「はっ―――おい」

 ゴトランドに声をかけられた彼の副官が一礼の後、スクリーンを操作した。

 スクリーンに映し出されるのは、アフリカからアラビア半島にかけての地図だ。

「目標は4時間前に“アフリカの角”を離れました。現在、アラビア湾を移動中。このままのコースをとると、オマーン湾、ホルムズ海峡を経由して、明後日にはドバイに入ります」

「ドバイ?」

「人類が作り上げた砂上の楼閣です」ゴトランドは言った。

「酒に女に―――ロクでもないところですよ」

「ずいぶん楽しんだらしいな」

「ガハハッ!少佐にはかなわない―――まあ、船乗りの特権とでも見てください」

「とがめてはいないさ」

 スクリーンから視線を外すことなくエーランド少佐は小さく笑った。

 長い金髪が照明を美しく反射して輝いている。

 背の高い、すらっとした容姿といい彫りの深い顔立ちといい、俺なんかよりずっとドバイの女達にはモテるだろうな。と、ゴトランドは内心思った。

「どのあたりで追いつきそうだ?」

「艦そのものが追いつくのはアラビア湾上空、6時間後を予想」

「よし」

 エーランドは頷いた。

「ドバイで仕掛けるとしよう。それまでにメースの調整を終えておきたい」

「了解。メシの準備が出来ていますよ。艦のメシの味、忘れてないでしょうね?」

「フネのメシは世界で一番、美味いと相場は決まっている」

「その通りです!」



●“メルストロム”墜落地点

「そこひっくり返して!」

 紅葉の命令が耳を打つ。

 美奈代はモニターにマーカー表示された得体の知れない残骸をひっくり返す。

 夜明けからずっと、こんなことをさせられていた。

 “伊吹”関連の作業から外されていた美奈代は、TACタクティカル・エア・カーゴに乗る紅葉の指揮下で動いていた。

 あの“メルストロム”の残骸を、紅葉は調べている。

 その手伝いだ。

 紅葉と他のスタッフらしき白衣の男女が、残骸を前に何事かを話し合っている。

 美奈代はそんなことに興味はない。


 “伊吹”が沈んでから気になることなんて、染谷のことだけだ。


 教官は既に候補生達からの信頼を失っている。

 生き残った教官達に候補生達が従っているのは、表面的なことだと、教官自身がわかっている。

 前線指揮官としての責務を全うし、亡き“伊吹”司令部からも信頼を受けた、候補生達にとって支えであり、心の拠り所。


 染谷はそんな存在だ。


 染谷候補生。


 “伊吹”にいた候補生達は、誰もそんな呼び方をしない。


 染谷隊長。


 敬意を込めてそう呼ぶ。


 それは素直に敬意に値するし、それ以上に誇らしく、嬉しい。


 だが―――


 同時にそれが、染谷が遠い存在になったことを、美奈代に教えていた。


 “伊吹”から回収された候補生達は、皆が殺気だってただでさえ声をかけづらい。

 “鈴谷すずや”に乗っていたことで難を逃れた美奈代達は、彼等にどこかで避けられていることを、イヤでも味わわされている。

 “征龍改せいりゅうかい”を見上げる候補生達の視線に羨望どころか殺意に近い、何かを感じる時がある。

 “伊吹”が沈んでから、“鈴谷すずや”の艦内の空気がどこか変わったことは、美奈代にもわかる。

 そんな中だ。

 恋人面して染谷の前に立つことは、美奈代には躊躇われた。

 何と声をかけていいのかさえわからず、美奈代はただ、染谷から声をかけてもらうのを待ち続けていた。

 しかし、四六時中、候補生達をまとめ上げるという責務に追われる染谷とは、近づくことさえ出来ずにいた。

 それが、もどかしくさえ感じられる余裕を、美奈代自身が与えられていない。

 ほんのちょっとした息抜きの時でなくては、染谷の存在さえ忘れている。

 全てが忙しく、目の前の任務に思考さえ奪われてしまう。

 プライベートなんて考える余裕さえない。

 美奈代自身が軍隊という組織の中で歯車として動いていることの証明のようなものだ。

 歯車に、私は―――ない。


「何よこれは」

 銀色に輝く残骸を前に、紅葉は顔をしかめるしかない。

「成分の8割が成分不明」

「新種の合金ですか?」

「アホ。合金だって、“コイツ”の前では、含有される成分がわかって当たり前でしょう?」

 紅葉は手にした小型の筒を部下の白石技術大尉の前で軽く振って見せた。

 成分解析筒。

 ライフルスコープのような物体は、魔法科学技術の産物の一つ。

 筒先に触れた物体の成分を一瞬で分析する力を持つ“呪具”だ。

 使い手は“見通者シーカー”に限られ、しかも、そのレベルによって分析機能にも差が出る。

 紅葉のような超高レベル者に扱われれば、世界最高峰の電子顕微鏡とスーパーコンピューターを組み合わせるより分析機能は高くなる。


 問題は―――そのレベルで目の前の物質の成分がわからないことだ。


「……まぁ」

 紅葉は周りに転がる残骸を苦々しく一瞥した後、目の前に立つ“征龍改せいりゅうかい”を見上げた。


 ドズゥゥゥゥム……

 ズゥゥゥゥム……


 遠くから粘っこい音が連続して響いてきた。


「……“伊吹”が」

 白石は時計を見て、その意味を悟った。

 “伊吹”の爆破処分が始まった。

 つまり、“伊吹”が最後の瞬間を迎えたのだ。

「開発部総員」

 紅葉は、爆発音のした方角に向き直って姿勢を正した。

「“伊吹”に対して黙祷、一分―――始め」

 目をつむり、頭を下げた紅葉は、この先のことだけを考えた。

 “伊吹”に対して抱くのは哀れみではない。

 仇をとる。

 その決意だけだ。

 憐憫の情なんて、あの艦が欲しがっているはずがない。

 誇り高き軍艦と軍艦乗りが殺された時は、哀れまずに仇を討つ。

 それが、礼儀だ。

 幼い頃から、そう教えられてきた紅葉は、仇を討つことだけを考える。

 とにかく、情報が欲しい。


 一体、この艦の所属は?


 その鍵を握るのは?


 この艦の唯一の生存者。

 あの金髪の女の子。


 絶対、あの娘は何か知っているはずだ。

 言葉が分からないと聞いた時は驚いたけど、生き残った“幻龍改げんりゅうかい”があの娘を乗せて“語り石”に向かっている。

 会話さえ出来れば情報は絶対に入る。


 連れて行ったパイロットは確か―――染谷とか言ったな。


 あれ?

 確か、染谷って……。

 紅葉の思考がそこまで行った時、丁度1分が経過した。


 そして、紅葉は自分が考えていたことを忘れてしまった。


 科学系のこと以外に興味も関心もない。


 この時点での津島紅葉とは、そんなキャラだ。


 興味がないから、染谷については、そこで忘れ去った。


 それだけのことだ。




「触らないで」

 訓練騎仕様の2人乗りコクピット。

 教官用のシートに陣取る染谷は、そっとパネルに指を伸ばす少女の動きを止めた。

 何度も言ったせいか、言葉そのものはわからないが、動くな。程度の意味はわかってくれたらしい。

 チラッ。と後ろを見ると、ニコリと微笑んでくれた。

 無理もないが、染谷はこれほどの美少女を見たことがなかった。

 外国人の女の子は、みんなこんなに可愛いのかな。

 発艦の時も、普通の娘なら冷やかしの一つも言ってくるだろう都築達が何も言わなかった。

 皆、この娘に見とれていたのは確かだろう。


 ガクンッ!


 騎体が強く揺れた。

 操縦ミスだ。

 びっくりした顔の少女が、不安そうにこっちを見る。


 ―――恥ずかしいな。


 染谷は頬を赤くしながら、引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だ。


 安心して。


 そう、言いたいのに言葉が出てこない。

 ちらりと通信モニターを見るが、助け船を出して欲しいMCメサイア・コントローラーは、まるで気付いていない様子だ。

 純粋に、操縦ミスとして片づけているんだろう。


 ……まぁ。


 染谷は思った。


 言葉がわからないんだから、助け船なんて出してもらっても、この娘が混乱するだけか。

 結局、染谷に出来ることは、カッコイイ所を見せられない、冴えない気持ちで操縦に専念する事だけだ。


「……ん?」


 戦況モニターを見続けていた染谷は、不意に視線に気付いた。

 モニターから顔を上げると、少女がじっと、自分の顔を見つめている。


「どうしたの?」


 分かるはずもないと知っていても、訊ねてしまう。

 小首を傾げる動作をしたら、少女は、ただ無言で、ニコリと微笑み返した。

 そして、生徒用のシートに潜り込んでしまった。


 その笑顔のかわいさに、染谷はしばらく操縦を忘れ、結局はMCメサイア・コントローラーから大目玉を食らうことになった。




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