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中東の崩壊

●サウジアラビア米軍陣地

 目の前の光景に青くなっているのは俺だけじゃない。

 こんなの、冗談じゃねぇ!

 ロバート・キャッチャー中尉は、自分にそう言い聞かせ、無線めがけて怒鳴った。

「司令部!機甲部隊が出現したぞ!あれは敵か?」


●サウジアラビア駐留米軍司令部

「こっちに砲を向けているなら敵に決まっているだろうが!」

 駐留軍司令官デビット・クラークソン中将は部下の報告に怒鳴った。

「暑さで脳みそがくさったのか!?」

「し、しかしっ!」

 参謀長が反論した。

「うるさいっ!必要なことだけ報告しろ!敵の装備はどの程度だ!?中古戦車に恐れを抱く必要がどこにある?」

「それが……」

 参謀長と参謀達が互いに顔を見合った。

 自分の上官が、全く現状を把握していないことを、その言葉で知ったのだ。

 この目の前の人物は、このサウジアラビアに中東の貧国が攻め込んできた程度の認識しか持っていないのだ。

「エリア36の第691大隊からの報告では、チャレンジャー2。同じくエリア75の第683大隊からはレオパルド2」

「……何だと?」

 クラークソン中将は、懸命に頭を働かせて訊ねた。

「どこの部隊だ?この辺でレオパルドを装備した国は」

「EU軍です。閣下」

 参謀長は語気を強め、言った。

「我々の目の前に展開しているのは、EU軍なのです!」

「……っ!」

 さすがにクラークソン中将の顔色が青くなった。

 欧米が武力を持って相争う事態―――それは「世界大戦」と呼ばれる、あの赤色戦争以来の事態だ。

 もし、そんなことになったら……。

 冗談じゃない。

 しかも、そうなるか否かは、自分の判断にかかっているのだ。

 もっと、冗談じゃない!

「閣下!」

 駆け寄ってきた別の通信兵が通信文を手に敬礼した。

「EU軍ヨーゼフ・ミュラー大将より通信です」

「……読め」

「はっ……しかし」

「何をためらう」

「はっ」

 通信兵は通信文に目を落としながら言った。

「……発EU軍司令部 宛ヤンキー共 本文。“どけ”。以上です」


 ……クックックッ。


 クラークソン中将は歯を食いしばって喉の奥で笑った。

 その目は血走っていた。

「この俺様めがけて、どけ。だと?」

 声が震えていた。

「しかも……俺はテキサス人だぞ?レッドリバーから北側の連中と、この俺様を同格に扱うとは……」

「……閣下?」

 恐る恐るという感じで声をかけた参謀長に、クラークソン中将は言った。

「参謀長」

「はっ」

「文明国らしい回答をしてやれ」




●アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス

 EU軍から“どけ”という命令に近い通信を受けた、クラークソン中将曰く“文明国らしい回答”。

 つまり、中指を立てるジェスチャーがなされ、EU軍から親指を下に下げるジェスチャーが返されたことで、対立は決定的となった。


 EU軍が本気で米軍とぶつかりあう覚悟があることは、その布陣でわかる。


 彼我の兵力差は圧倒的だ。


 陸軍中東派遣軍からは、増援を求める要請が矢継ぎ早に送られてくる。

 だが、大西洋の主要ルート全域がEU軍によって抑えられている限り、兵力を送りたくても送る手段がない。

「悪夢だ」 

 大統領は、疲れ切った顔で執務椅子に身を沈めた。

「なんてザマだ」

 世界に冠たる大国アメリカ合衆国。

 その最高司令官たる大統領の口からはき出されるのは、国民を鼓舞する演説ではない。世界最強の軍隊を動かす命令でもない。

 失望のため息だ。


「一体、何がどうしてこうなった……?」


 それはもうわかっている。

 

 比喩に困る程の劇的な変化が、世界に訪れたのだ。

 

 大統領にとって悲劇なのは、その中心軸がアメリカでないこと。


 主導権がアメリカにあるなら、大統領だってここまで苦労しない。


 主導権は中華帝国にある。

 アメリカは常に受け身を強いられてしまう。


 EU軍が、魔族軍の一方撤退で使用しなかった兵力を移動させ、紅海を越えて中東に侵攻する動きを見せたことは先に述べていた通りだ。

 その行動を、大統領は黙殺した。

 当然、EUはアメリカの暗黙の了解と受け取った。

 だからこそ、EU軍の行動は派手になった。

 最悪のケースが、親EUの立場を利用したラムリアース帝国軍だ。

 彼等は半ば奇襲に近い方法でトルコの国境線を突破。

 トルコ軍は、EU軍と魔族軍の万一の侵攻に備え、地中海方面には十分な備えをしていたが、隣国からの横やりまでは想定していなかった。

 世界最強クラスのメサイアと魔法騎士部隊による首都アンカラに対する強襲攻撃により、トルコはわずか1日で無条件降伏に追い込まれた。

 ラムリアースは、自らの支配圏にトルコを組み込む代償として、同盟国であるEU軍を通過させた。

 対価は支払われ、ラムリアース帝国によるどさくさまぎれの隣国征服を、世界は黙認した。

 地中海からトルコを通過することが可能になったEU軍は、これに呼応してシナイ半島に上陸。

 わずか3日で現地を制圧。


 中東諸国の多くにとって、このラムリアースの動きが命運を決めた。


 地理的に、ヨーロッパからの攻撃に対する防壁を任されていたトルコを失ったことで、イラクはアナトリア半島とザグロス山脈の2方向からEU軍とラムリアース帝国軍を相手にすることを余儀なくされた。

 オイルダラーの国とはいえ、資金を全て軍事力に回しているわけではない。

 バグダッド周辺は2日でEU軍のメサイアによって制圧されたのに代表されるように、中東の親中国家は、満足な抵抗もなくEU軍に蹂躙された。


 中東は、EU軍の草刈り場と化したのだ。 





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