米中の力関係はこんなものです
●北米大陸 アメリカ合衆国 ワシントンD.C
大陸と大西洋を挟んだ北米大陸。
そこにも、アフリカで爆発した反応弾が中華帝国製らしい。という情報は入っていた。
しかし、新大陸の主達は、その情報を握りつぶした。
中華帝国を刺激するような事態は極力避ける。
それが、彼等の習慣となってから久しい。
しないのではない。
出来ないのだ。
アメリカを率いる大統領、ジョージ・バラマ。
彼もまた、病的なまでに中華帝国との軋轢を認めなかった。
彼が恐れたのは、中華帝国が保有する反応弾や軍事力ではない。
その経済力だ。
安い賃金で雇える労働者を売り物に、世界の工場、世界一の軍事大国、世界一の経済大国へと成長……いや、変貌した中華帝国は、今や世界最大の米国債の保有国となっており、米国の行動をかなりの範囲で制限することさえ可能な立場に立っていた。
その国を敵に回すことを、彼は恐れた。
アジア人なんて知るものか!
米国債は安全か!?
就任当初、中華帝国において、国内の少数部族が武装決起し、内戦の危機を迎えたことがあった。
その第一報を受けたバラマの放った言葉がこれと伝えられている。
無抵抗の女子供にどんな兵器が使われようと、数万の女子供が奴隷として北京に連行されようと、バラマが心血を注いだのは、影響が米国へ波及することを避けることのみだった。
2選を目指す大統領選挙はもうすぐ。
彼にとって戦争とは、選挙のことだ。
ここで経済を混乱させ、失業者を増やすことは許されない。
経済を安定させ、票につなげることこそが大切だ。
国政より政府内部のパワーゲームに勝つことで大統領に就任した彼にとって、兵力とは支持者のことであり、武器は金。勝利は票だ。
彼は、選挙と票以外に関心を示さない。
彼にとって、外の国で起きたことなんて、地球上で起きたことではない。
かの国の首脳部を失笑させたとさえ伝えられているその外交下手が、世界のかなりの人々の運命を決めたことは確かだ。
中華帝国における国内内戦危機が勃発した4日後、米国は、国務長官フランクリン・パリスを北京に派遣し、国家主席との会談を実施させた。
この時、世論は“アメリカが戦争反対に動いた”と見なした。
だが―――
たった30分で終わった会談の後の共同記者会見で発表された2国間の同意内容に、世論は度肝を抜かれると共に、バラマに対して深い失望を持つことになった。
―――今回の“経済的混乱”において、中華帝国が米国債の売却を行わない見返りに、米国は中華帝国とより緊密な関係を構築する。
会談において、中華帝国軍の暴虐に対する抗議その他、経済以外の発言は一切記録されていない。
パリスが政府専用機で北京を離陸したのとほぼ同時刻、中華帝国は戦線において反応弾を使用し、地方都市2つを消滅させ、内戦を終結させた。
米国は、これについてコメントさえしなかった。
そんな彼等が、今回発覚した反応弾問題に対し、消極的なのは、むしろ当然のことなのだ。
●数日前 アメリカ合衆国ワシントンD.C ホワイトウス
「帝国は、事態が表に出ることを望んでいない」
豪奢な革張りの椅子にふんぞり返るのは、仕立てのよい背広に身を包んだ、肥満の男。
中華帝国駐米大使、偉武漢だ。
本人はダンディなつもりだろうが、低い背とぶよついた体つき、童顔の頭をバーコードにしているせいで、醜悪なのかコミカルなのかわからない。
初めて彼を見た者にとって笑いをこらえるのに苦労すること請け合いな外見をしている。
威厳というより、子供が精一杯背伸びをしているような、そんな印象ばかりを受ける。
「全てを秘密裏に処理されることが望みだ」
「それは確かに」
引きつった愛想笑いを浮かべているのは、バラマ大統領だ。
胸の辺りを抑えながら、青い顔をしている。
対する偉は、そんなバラマの様子に気づく神経すらない。
「帝国は現在、東南アジアにおける平和安定のため、全力を傾けている。アフリカに関わっているヒマはない。そこで、帝国の代役を貴国が果たすことを望む」
「……」
バラマはピルケースから薬を取り出すと、口の中に放り込んで水で流し込んだ。
「見返りに米国債の購入額を、先の公約に対して倍増する」
男は顔をしかめながら言った。
「まさか、それでは不満だとはいわないだろうな。大統領」
「部隊を派遣することは可能ですが……」
大統領の歯切れは悪い。
アメリカは、初戦において魔族軍との戦いに敗れて以降、アフリカに軍事力を派遣していない。
先の三週間戦争で、空軍を始め、派遣した軍が壊滅的損害を被ったことで議会や世論が戦争介入に対する態度を硬化させた結果だ。
“偉大なる合衆国が敗北することは許されない”
ならば戦い続けるべきだと思うが、相次ぐ敗北の前に、世論は別な方向へ動いてしまった。
三週間戦争の末期、米国の世論を支配していたのは、
“勝てない戦に介入するな”
未だ死力を尽くすアフリカ・ヨーロッパ・中東連合全てから裏切り者呼ばわりされてもなお、アメリカは己の強者としてのメンツを保つため、勝てない戦であるアフリカ戦線から手を引いた。
そして、人類は敗北した。
落ちぶれた大国アメリカは、その後のアフリカ植民地争奪戦にも乗り遅れた。
単独での南米開発による地下資源の収益により、何とか死なずに済んでいるようなものだ。
バラマ大統領は、名実共に、アメリカをそういう方向へとし向けた立て役者だ。
国際社会における権威の失墜を世論の眼から逸らすため、そのバラマがやったことは、世界的発展を続ける大国、中華帝国との蜜月な関係づくりだ。
人類の大陸としてのアフリカを奪還せんと戦費を支払い続けるEUを後目に、世界の二極支配、G2を謳うが、それさえ中華帝国の甘言に乗った結果でしかない。
中華帝国は、そのバラマの無能さに徹底的につけ込んだ。
「このアメリカに、我が同胞が何千万人存在すると思っている?次の選挙で勝ちたくはないのか?」
「それは……」
「不法移民と言われた我が国の同胞に選挙権付きの市民権を発行したのは君だ。
多くの“市民”が君を評価し、支持してくれている。
その支持を失いたくなければ、君は我が国との関係をよりよきものにする必要がある。
そのためには、ここは首をたてに振るべきだ。わかっているな?」
「……」
何かを躊躇するバラマに、偉は畳みかけるように言った。
「選挙人の半数は抑えている。マスコミも我が帝国資本の下にある。君は我が国との安定した関係さえ考えていればいい。そうすれば君と、その支持者たる我々は安泰なのだ」
「……そうですね。大使」
「大使“閣下”だ!」
偉は不快感をあらわにして声を荒げた。
「立場をわきまえろ!」
「……失礼。大使閣下」
「EUはアフリカでの反応弾回収を日本軍にやらせる。これはアメリカにとって幸いだろう?」
「幸い?」
「奴らに反応弾を回収させ、奴らごと反応弾を始末するのだ。そうすれば目障りなあの国にも一矢報いる事が出来る」
ブヨブヨの体を揺すらせ、偉はくぐもった笑い声をあげた。
「私の考えた案だ。悪くはあるまい?」
「……はっ」
「いいか?大統領」
偉はサイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばした。
「国債の購入増額を本国に認めさせたのは私の功績だ。国債発行額を巡って受けている下院の反発は、我が国のロビイストが抑えてやる」
グラスの中身を一息で飲み干した偉は、ちらりと大統領をその細い眼で盗み見るようにした。
「この国の中では、それが君の功績となるのだ―――バラマ大統領」
「た、確かに」
功績。
その言葉に、バラマはほっとした顔になった。
「経済を立て直せば、世論は私を支持する!」
「そうだ」
何故か笑いをかみ殺したような顔になった偉は頷いた。
顎が、巻き付くような首周りの脂肪にめり込んだ。
「君も、我が国にたてつくべきだという、ふざけた連合党の考えに同調するわけではあるまいな?」
「まさか!」
「なら―――反応弾を我が国に代わって始末するんだ。あの国の部隊と共に」




