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反応弾回収作戦

「悪くない戦果だね」

 デスクの上に書類を置いたユギオは、嬉しげに微笑みながら、デスクの上で組んだ手の上に顎を載せた。

「何年ぶりだろうね。君たちが勝ったという報告を受けたのは」


「お戯れを」

 引きつった顔を、精一杯笑顔に作り替えたのは、ユギオのデスクの前に立つカーメン大佐だ。

 本気でぶん殴ってやりたいが、立場的に出来ない彼に許されるのは、イヤミを聞かされることと、何か理由をつけて、後で副官でもぶん殴ってウサを晴らす程度だ。

「各地で人類側メース部隊が壊滅的な損害……か」


「今回の使用で計15カ所で戦果をあげていますが」


「人類側は、残弾の数は知っているんだろうか」


「そりゃそうでしょう」

 カーメン大佐は肩をすくめた。

「元は人類の代物ですからね」


「……ふむ」


「まさか、もうどこからか、仕入れているんですか?総帥」


「本気でやってみようかと思っている」

 ユギオはふと思いついた様子で言った。

「残りは?」


「4発ですが……実は」


「ん?何か問題でも?」



「……全部、爆発しないんです」




 美奈代がやっと眠りについた所をたたき起こされたのは、時間的にはエチオピア高原での核爆発から3日目のことだった。

 美夜から聞いた話だと、先日、二宮達が苦戦し、皆が死にかけたメースとの初接触の際、“鈴谷すずや”が受信した救難信号は、あの中国人達の乗っていたジープから発信されたものだという。

 それを思い出すだけで、何だから腹が立ってくるのを抑えられない。 


 ラムリアース帝国軍は半ば意地になってエチオピアを支配下に置いているが、肝心のメサイア部隊が投入時点の10分の1にまで激減した状態では、満足な支援は期待出来ない。


「緊急事態だ」

 ブリーフィングルームに入った二宮の瞼もかなり重たそうだなと、美奈代は思った。

「米軍経由の情報だ。魔族軍の核兵器使用に、連中も余程関心があるのか、それともこの辺で恩を売りつける方がいいと思ったのか……とにかく、米軍の軍事偵察衛星がついにエモノを捉えた」

 二宮が黒板に貼り付けたのは、拡大された白黒写真だ。

「―――む?」

 写真を前に、二宮はしばらく考えてから言った。


「……逆さまだった……よし」

「どこですか?それ」

 あくびをしながら都築が訊ねた。

「池だか湖だかみたいですけど?」


「タナ湖だ」


「タナ湖?」


「青ナイル川の源流に位置する湖だ。水深は15メートル程度だが、面積は3千平方キロとかなりのものだ」

 二宮は別な写真を貼り付けた。

「ここは、ナイル川の源流であり、ここからの水は、最大でナイル川の3分の2に達する。米軍はある方面からの情報を元に、ここに魔族軍の陣地があることを突き止めた」


 スカンッ!


 室内にいい音が響いた。

 途端に悲鳴を上げて額を抑えたのが、美奈代とさつきだ。

 その足下には割れたチョークが転がっている。


「タナ湖の西岸の拡大写真。今から6時間前だ」

 かなり精密に映し出されたその写真には、長細い物体と、人らしき物体が数体、映し出されていた。

「この細長いのが、中華帝国軍の長距離ミサイル“東風”のミサイルケースで、人は全部魔族軍のメサイアだ。ミサイルケースは“東風”独特なそれなだけに、間違えようがないそうだ」

「それで、こいつら」

「タナ湖で爆発されてみろ」

 二宮は言った。

「タナ湖の水源が放射能で汚染されることになる。そして、それはつまり、そこから流れる水が汚染されることをも意味する。

 エジプトやスーダンといった青ナイル川一帯が放射能に汚染されれば、綿花に牧畜、小麦の栽培まで、とにかく全ての沿岸部に壊滅的な打撃となるだろう。

 これまで、水源地帯を反応弾の攻撃から除外してきた……いや、アフリカそのものを奪還することにつとめてきた国連軍の努力は水泡に帰しかねない」


「……」


「“そんな大げさな?”とか思っているだろう?だが、物事というのは、ほんの小さな出来事から、致命的な被害へとつながるものだ。今回の中華帝国政府高官の武器横流しが、何年もたってから、人類のために戦う我々に被害をもたらしたように」


「……」


「現在、各地で使用された反応弾により、EU軍の動きは止まっている。戦力を再編成して、再び、かつ、速やかに攻勢に出なければ、全ては完全に行き詰まる。

 そうなればもう終わりだ。

 アフリカ大陸の次の支配者には、魔族か中華帝国政府以外の選択肢がなくなるだろう」


「……それで」

 宗像は冷たく言った。

「経緯はともかく、我々に核弾頭を奪還せよと?」


「その通りだ」

 二宮は堅い顔で頷いた。

「核弾頭がタナ湖付近の洞窟に運び込まれたことは、3時間前の偵察で確認されている。カシム大鍾乳洞だ」


 二宮は、手元のノートパソコンを操作して、スクリーンに画像を表示させた。

「全長26キロ。長さはそれほどではないが、メサイアが出入り出来るほどの巨大な迷路状態になっている―――アフリカが平和だったら、お前達の戦闘訓練で使用したい作りだ」


「こんな所、他にないでしょう?」

 美奈代はあきれ顔で言った。

「メサイアで室内戦闘をやれというんですか?」


「意外と知られていないが、皇居の地下は、こんな感じだぞ?」


「……へ?」


「EU軍からの要請に基づき、貴様等は、明日の1600をもってこの地下洞窟に侵入する。目的は核弾頭の奪取だ。各員の健闘に期待する―――以上だ」





「気楽に言うけどさぁ」

 さつきがぼやく。

「自分はいいよ?騎体ぶっ壊して、未だ直んないんだからさぁ」

「……しかたないだろう?」

 美奈代がため息まじりに言った。

「長野教官騎は胸部中破。二宮教官騎に至っては左腕全損だもの」


「……まぁ、私達も、装甲かなりやられてるけど、動くことは動くものね」


 あの反応弾爆発によって、部隊全騎が何らかの損傷を負った。


 その中でも重度のダメージを受けたのが、衝撃波に吹き飛ばされたメサイアをモロに喰らった長野騎と、同じく超音速でシールドを突き破って飛来したメースの破片によって、左腕を肩の根本から切断された二宮騎だ。

 共にハンガーデッキで未だに損傷カ所の修理中。

 詰まるところ、この作戦において教官達が動かせる騎体がないのだ。


 では、美奈代達の誰かの騎を明け渡すことは?

 そう考えるのが普通だろうが、個人専用の調整がいろいろと施されている関係上、信頼性の観点からすれば、コクピットを入れ替えた方が望ましい。

 それだけに、今回の任務は、候補生達だけでこなすことになった。

 いつ、どこで反応弾が爆発するかわからない状況を、戦闘経験が浅い美奈代達に不安がるなという方が無理だ。

「誰か核弾頭の解体方法、知ってるの?」

「ケースごと回収しろと言われていますけど?」

「山崎君……万一に備えてだよ。万一に備えて」

「……ああ」

 山崎は、ぽんっとその巨大な手を叩いた。

「僕では放射線防御服が着られませんし」

 その視線が、横を歩いていた都築に注がれる。

「……そうね」

 美晴達も何故か無表情に頷いた。

「それしかないもんね」

「な……なんだよ」

「―――ご愁傷様」






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