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反応弾を巡って

 ●大英帝国 ロンドン ダウニング街10番地

「出所はどこだ?」

「不明です」

 大英帝国首相、ダニエル・ヒースの問いかけに、ロバートソン国防情報本部長はそう答えた。

「最悪でも、魔族軍が反応弾を作り上げたという報告はありませんが」

「私も、高速増殖炉をアフリカで見たという報告は眼にしたことがなかったな」

 短く苦笑いしたヒース首相は、紅茶に手を伸ばした。

「かつてのアフリカは非反応弾地帯だったはずだ」

 やりたまえ。

 ヒースの誘いに一礼しつつ、ロバートソンは目の前の紅茶に手を出した。

「その通りです。閣下」

 ロバートソンは紅茶を楽しみつつ、頷いた。

「何より、反応弾を開発・保有するだけの力を持つ国家は、アフリカには存在しませんでした」

「新大陸軍が、敗北の腹いせにばらまいた代物が今頃になって爆発したとでも?」

「反応弾は全弾の爆発を我々が確認しています。ありえません」

「……だとすれば、誰かが持ち込んでいたと?」

「おそらく」

 ロバートソンはティーカップを戻した。

「……そういうことかと」

「どこのバカだ」

 ヒースは腕組みをしながら豪奢な革張り椅子に背中を預けた。


それでも、顔は皮肉めいた笑みを浮かべている。


「おかげで……何騎だ?」

「36騎です。閣下」

 ロバートソンは悲しげに肩をすくめた。

「反応弾は予想外でした」

「魔族軍が、アフリカに持ち込まれた反応弾を流用した……か」

「先の戦争で、かなりの苦渋を強いられたのですから、妖魔共も威力だけは知っていたというところでしょうか?」

「おいおい。君は本気でそう言っているのかい?」

「半分程度です」

 ロバートソンは首を横に振った。

「すでにその犯人は、確保されています。ご存じのはずです」

「ああ。アフリカで中国人が捕虜になったと聞いたぞ?」

「はい」

「すばらしい。今晩は特上のウィスキーを開けることにするよ」

「何よりです」

 ロバートソンはようやく笑顔を浮かべることが出来た。

 ぬるくなった紅茶が喉を潤す感覚が楽しい。

「さて……そちらは後の議論としよう。問題は」

「反応弾の回収は日本軍に」

「違う。回収された後のことだ」

「……と言いますと?」

「利に聡い、黄色い連中が、今、何もしていない……君は本気でそう思うか?そう聞いたのだ」

「連中が悪魔の耳を持っているとでも?」

 ロバートソンは苦笑いに近い作り笑顔を浮かべた。

「連中は、欧州から中東まで幅広く、国家間の連携の切り崩しに動いている。連中が各国政府要人へ送った賄賂は我が国の国家予算並みだ」

「そ、それは」

 ロバートソンの顔から笑みが消えた。

 その彼に、ヒースは冷たく言った。

「無論、我が国の政府要人も含まれている。私が君をここに呼んだ理由はわかったな?」

「……っ!」

 ガタッ!

 ロバートソンの腰が椅子から浮き上がった。

「座っていたまえ」

 ヒースの口調は有無を言わさない、大英帝国の第一大蔵卿としての威厳に満ちていた。

「君が受け取った1000万ポンドは、国庫として有益に使わせてもらおう。

 君の今までの国家に対する貢献には深く感謝している。

 家族のことは心配しなくていい」

「―――っ!」

 顔を真っ赤にしたロバートソンは、椅子を蹴ると懐に手を伸ばした。

 ダンッ!

 銃声の後、ロバートソンは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「……」 

 ヒースは、ぴくりとも動かなくなったロバートソンを冷たくみつめながら言った。

「ご苦労だった」

「……残念です」

 拳銃を懐にしまいつつ、カーテンの陰から現れたのは、仕立ての良い背広に身を包んだ銀髪の男だった。

 高い背と骨格のしっかりした筋肉質の体つき。

 外見はすでに老年に達しようとしているが、気品にあふれる精悍な雰囲気は、若い頃、さぞご婦人方にもてたろうと容易に想像出来る。

 ヒースの腹臣、ボンド卿だ。

 上質の子羊の手袋をつけたボンド卿の指が鳴ると、彼の背後に控えていた若い男達がロバートソンの死体を片づけにかかる。

「ロバートソンは、敬虔な国王陛下の忠臣として、常に国家に貢献した方でした」

「札束は忠臣さえ狂わせるものさ」

 そう答えるヒースの視線は、“お前は?”と訊ねている。

「金も女も、酒でさえ、最早私は飽きましたよ」

 ボンド卿は笑って言った。

「飽きることのないのは―――これだけで」

 ボンドは、背広の懐にしまった銃を軽く叩いた。

「それはどうかな?」

 ヒースが苦笑するのも無理はない。

「彼女をからかうのが生き甲斐だと聞いているが?」

「……ああ」

 ボンド卿は頬の湿布を上から軽く掻いた。

「ちょっとやりすぎました」

「何をした?」

「挨拶代わりにお尻をなでたら殴られました。生理中だったようで」

「往年のプレイボーイの面目が立つまい」

「何」

 ボンド卿は笑って答えた。

「私にとって、彼女は娘です。問題はありませんよ」

「そう願おう。アフリカの状況は?」

「新大陸軍が反応弾回収のために特殊部隊を派遣しました」

「―――ん?」 



●“鈴谷すずや

 美奈代達が真実を知ったのは、思ったより早かった。


 エチオピア高原に向かう部隊へ物資を運ぶ補給ルート、別名“ジブチ・ルート”を移動していた補給部隊が、助けを求める東洋人の男数名を保護したのは、ある作戦が始まる数日前のことだ。

 すでにメサイア部隊は上陸を完了し、エチオピア高原へのルートを確保していた。

 補給部隊が最前線へと放棄されたハイウェイを移動中に、彼等と接触した。

 補給部隊の車列の前に飛び出してきた彼等は、魔族に襲われたのか、傷だらけの体をボロボロの服に包んでいた。

 保護された時点で、重度の脱水症状を引き起こしており、すぐに国連軍の野戦病院に保護された。

 メサイア部隊に物資を届ける補給部隊でさえ、徒歩で移動するはずはないから、アフリカにおける人類の生き残りかと思われた彼等だが、一切、自分達について語ろうとせず、頑ななまでに会話を拒み続けた。

 当初は、極限状態におかれた結果による、精神的な影響で、他人と会話を拒んでいるだけとされたが、看護兵の目を盗んで互いに談笑しているのを、薄い壁越しに聞いた隣室の傷病兵が通報した。


 会話はどうも、中国語らしい。


 折しも中華帝国が勢力を拡大している最中だ。

 事態を重く見た軍医達は憲兵隊と諜報部門に報告した。

 諜報部員が、彼等の会話を盗聴器で盗み聞きして、彼等の会話が中国語で行われていることを確認した。

 彼等は、周囲に中国語がわからないだろうとタカをくくっていたのが災いした。

 互いに階級で呼び合う程度なら、偵察部隊のなれの果てとして、捕虜収容所にでも送る程度で済む。


 ところが―――


 問題はその会話に出てくるキーワードだ。


 反応弾。

 起爆装置。


 取り調べは、憲兵隊ではなく、諜報部が行った。

 “国に帰れば殺されるだろう?なら、アメリカで暮らしてみないか?”

 それでも首を横に振らなかった彼等だったが、

 “拷問は好きか?”

 そう耳元でささやかれ、聞きもしないことまでベラベラと喋り出した。

 

 自分達は、中華帝国軍特殊戦略部隊の士官である。

 アフリカには、沿岸部から上陸艇を使って上陸した。

 目的は、アフリカが失陥する前、某軍高級官僚が管理する軍需系輸出会社が不正取得し、不正に輸出したことが判明したミサイル兵器の処分である。


 何年も整備せずに放置すれば、反応弾もミサイルも使用不能になっているはずだとする諜報部に彼等は反論した。


 欲しいのはミサイルではない。

 元来、あのミサイルは失敗作で、発射と自爆の区別がついていない程度の代物だ。

 問題は、その弾頭だ。

 放棄された場所はすでに分かっていた。

 だから、我々は命令を受けてその弾頭部分の解体に来た。

 幾多の苦難と闘いを経て、ついにミサイルと接触した我々は、即座に解体を実施し、無事に完了する一歩手前で妖魔に襲われ、命からがら逃げ出してきたのだ。

 以降、我々はお前らの捕虜になってやる。だから、ジュネーブ条約に基づく処遇を要求する。ありがたく思え。



「そして彼等はお魚さんのエサになりました」

 ここまで語った二宮は首を左右に振った。

「アフリカに人類がいた頃、中国人はアフリカのどこぞの国に、軍からちょろまかしたミサイルを売りつけたわけだ。

 それが今頃になって発覚した。

 それに驚いた中華帝国政府は、極秘のうちに弾頭部を処分し、証拠隠滅をはかろうとして、失敗した」


「あいつら、アホですか?」

 都築は椅子にふんぞり返るように座りながら顔をしかめた。

「なんで、そんな厄介な代物を売りつけたんです?」


「それは面白い話だ。聞くか?」


 都築は無言で頷いた。 


「やらかしたのは、兵站を担当する一人の官僚だ。

 こいつがミサイルのキャリアを横流ししようとした。

 お客がほしがっていたのはミサイルじゃない。

 キャリアの方だ。

 ところが、こいつは欲を出してミサイルキャリアをミサイルごとちょろまかしたわけだ」


「……はぁ」


「盗んだ時、そいつは、その弾頭が通常弾頭だろうとタカをくくっていたのだが」


「違ったんですか?」


「書類の上では通常弾頭、しかも解体廃棄の書類までついていた。こいつは書類を偽造して、まだ使える兵器として、キャリアごとアフリカのどこかに売りつけようと買い手を捜した」


「き、きったねぇ」


「さて、この解体と廃棄の書類はどこから出たと思う?」


「へ?……そいつの上層部?」


「少しはアタマがよくなったか?都築」


「よけいなお世話です」


「都築の言うとおり、書類は上層部の一官僚が偽造したものだった。

 こいつは、さっきの官僚に輪をかけたワルだったようだな。

 廃棄されるミサイルに問題の反応弾頭を搭載して、全部をまとめてスクラップとして海外に持ち出そうとしたんだが、さっき言った奴が横取りされたというわけだ。

 中華帝国政府の調べでは、書類上、廃棄予定だった、つまり、海外に横流しされたミサイルは全部で20発。全てに反応弾頭が搭載されていた」


「質問」

 片手をあげたのは宗像だ。

「私達の目の前で爆発したのは?」


「その内のたった1発に過ぎない」


「っていうか、何で今頃爆発したんです?弾頭を叩いた程度で起爆するとは思えませんが」


「……今回、捕まったアホ共のせいだ」


 二宮は苦々しげに、深いため息と共に言った。


「このアホ共め。EU軍の専門技術者に解体方法を聞かれたら起爆方法を答えたそうだ」


「起爆方法?」


「つまり、このアホ共は核の専門家を気取っているが、所詮は上層部におだてられただけのバカ連中だということだ。

 連中曰く、ウランは元は液体で、中華帝国の特殊技術があって初めて固体になったとかと答える、アホを通り越した哀れな存在に過ぎない。

 中華帝国政府は、回収を名目に、何も知らない兵士を送り込んで、実際には反応弾を起爆させて、証拠隠滅をはかろうとしたんだろう」


「そんな……」

「ひ、ひどい」


「下っ端というのは、どこの国でも同じ扱いさ。

 とにかく、起爆出来る状態で妖魔に襲われた連中は、弾頭をほったらかしにして逃げ出して捕虜になった。

 弾頭は何も知らない魔族軍が回収。

 そのうちの一発が、どういう経緯か、あの陣地に運び込まれていた。

 そして、それが―――ドンッ」


 二宮は握った手を、ドンッ。という声と共に開いた。


「それで」

 二宮の子供じみた仕草に反応さえしなかった宗像は訊ねた。

「残り19発は?」


「教えてやろうか?」

 二宮のその顔は、皮肉と悲しみがない交ぜになった、言いようのない色を浮かべていた。

「―――何発使われたか」






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