初の実戦へ
●“鈴谷”ブリーフィングルーム
「我々が目指すのは、旧ソマリアだ」
二宮が美奈代達に言った。
「なぜ、ソマリアかはわかるな?都築」
「そりゃあ」
都築は頷いた。
「ソマリアはヴェルサイユ条約で認められた日本領ですから」
「そうだ」
妖魔との戦争の後、アフリカは戦勝国によって分割された。
その分け前にあずかったほぼ全てが欧州だが、アジアでたった一ヶ国だけ、アフリカに領土の分割を受けた国がある。
日本だ。
未だに魔族軍が根城としているとはいえ、アフリカの角と呼ばれるアフリカ大陸東端、ソマリア全域とエチオピアの一部などを占める半島の全てが日本領として国際的に承認された。
ちなみにソマリアは、インド洋と紅海を結ぶ上では海上交通の要衝だ。
「アフリカ分割を定めたヴェルサイユ条約において、旧ソマリアは大日本帝国の領土と明記されている」
二宮は頷いた。
「アフリカと南米の解放戦争で日本が膨大な犠牲を支払って人類側の勝利に貢献したことは、世界が認めていることだ。
艦艇数十隻、メサイア百数十騎を含む戦死10万近い犠牲の対価とも言うことが出来る。
しかし、これに異を唱える国が出た。
中国、そして韓国だ。
共に、アフリカや南米に兵力を投じたことはない。
むしろ、世界の困窮を後目に、金儲けに勤しんでいたような連中だ。
その彼等にとって、自分達より格下のはずの日本が新たな領土を手にすることは耐えられない。
だからこそ、彼等は、同じく参戦しなかったロシアを巻き込んで、強硬な態度で条約の破棄を求めた。
第3諸国によるアフリカ分割。
それが彼等の主張であり、領土を得られなかった多くの国々がそれに賛同した。
無論、第3諸国とはどこかと聞かれれば、中韓露の参加国だけしか、彼等は名前を挙げないだろうが……。
とにかくこれが、新三国干渉と呼ばれる事態である。
これに対して、ヴェルサイユ条約により新領土を得られた国々は、同様の因縁をつけられないために日本を支持し、この三国との関係を悪化させた。
日本がソマリアの魔族軍掃討以外の、例えば測量を行ったというだけで、この参加国が合同で日本海軍事演習を実施するので、ソマリア開発の大きな妨げとなっている。
だが、はっきり言う。
国際法的には、ソマリアは今、日本領だ」
「……」
新領土。
日本ではそう呼ばれるソマリアだが、美奈代達はそれがピンとこない。
むしろ当然だ。
何しろ、ソマリアは今でもアフリカ最大の魔族軍残存部隊の根城だ。
日本人のいない日本の領土。
実に奇妙な場所。
日本の領土と言われてもピンとこない場所。
それが多くの日本人にとってのソマリアであり、美奈代達もその例に漏れない。
「ソマリア監視任務に就く海軍部隊によると、海岸部に妖魔の新しい“巣”が見つかった。我々はそこに関する調査を最初の任務として命じられている。
なお、周辺は各国海軍が活動中だ。
特に、ソマリアの日本領化を認めていない中国海軍の機動部隊が展開中ときている。こいつらには十分注意しろ」
「あいつらもまとめて潰したらどうです?」
「それは名案だと言いたいが」
二宮は苦笑いした。
「都築、その許可を親からもらってきてくれ」
ちっ。
意味が分からない美奈代の耳に、都築の舌打ちが聞こえた。
「周辺に展開中の各国海軍の目的は、アフリカ中央部で実施されている国連軍の支援、通商航路の確保だ。中東沿岸を根城にした海賊行為が未だに横行しているせいだ」
それを無視した二宮が続けた。
「妖魔以前に、同じ仲間であるはずの人間に警戒する必要があるのは、どういう皮肉だろうかな」
「……」
「現在、魔族側が原因不明の撤退、あるいは戦力の集中を始めている。
場所はアフリカ中部。
ソマリアからはかなりの距離があるから、それ自体は我々の任務には影響、もしくは関係はないものと判断している。
国連軍は、この妖魔側の動きをチャンスと判断し、一気に残存する妖魔共を殲滅、中央アフリカを奪還することを狙っている」
「し、失敗したら?」
「考える必要が、今の貴様等にあるとは思えんな」
●アラビア海上空
カタパルトの向こうに広がるのは、夜明けと同時に黄金色に染まる海。
自然界の芸術―――いや、形容しがたい光景が、美奈代達の目を奪う。
「戦争じゃなくて、恋人と観光で来てみたい景色ですね」
美奈代は、うっとりとスクリーンに映し出される光景に魅入る。
「本当に―――綺麗です」
「まさに絶景―――新婚旅行で迎えたい朝ですねぇ」
牧野中尉もうっとりとした声でそう言った。
「はい」
美奈代も異存はない。
「さて?そのお相手は?」
「それは……決まってます」
「あらあら♪」
恥じらう美奈代に牧野中尉は楽しげに言った。
「でも、この辺でオトコの話、二宮中佐にはしない方がいいですよ?」
「というと?」
「婚前旅行で逃げられたとか、どこかで失踪されたとか」
「……どこまで男運がないんですか?」
「伝染しないように注意してください?」
「二宮より各騎へ」
コクピットでこっそりレーションを食べていた美奈代は、思わず喉を詰まらせそうになった。
「“鈴谷”の偵察ポッドが数キロ先に妖魔らしき反応を検知した。空中攻撃出来るヤツも多い。もし撃ってきたら、一切の戦闘は行わず、最大速度で撤退しろ。その際は、僚騎を省みる必要はない」
「……了解」
“僚騎を省みる必要はない”
その言葉が胃を締め付ける。
暗くを共にしてきた仲間を見捨てて、一人だけ生き残ってくる?
私に出来るか?
そんな事態になったら、仲間の所へカッコよく駆けつけて助けてやりたい。
だけど―――
実際の戦場で、そんなこと出来るの?
私に―――出来るの?
「余計なことを考えるな」
二宮は、美奈代の自問を遮るように言った。
「戦功に焦るんじゃない。こんなところで戦っても迷惑なだけだ。
第一、誰も貴様等ヒヨコに戦功を立てられるとは思っていない」
「……はい」
「偵察飛行は基本だ。各騎MCは、肩部に設置されたデータポットの破損に注意。和泉、つまみ食いをさっさと済ませろ」
「り、了解っ!」
美奈代は残ったレーションを一気に口に放り込んだ。
「各騎、無茶だけはするな。これは厳命だ―――二宮よりフライトデッキコントロール!これより小隊全騎発艦する」
二宮騎を中心に、三角形を描いて部隊は飛行を続ける。
美奈代はその飛行中に、ふと気づいた。
そういえば―――。
天儀は今、どうしてるかな。
どんな任務についているか知らないけど……。
本当に、そう心配した。
任務は、私達とどっちが過酷なのかしら?
答えは絶対、私達っ!
それから数日も立たずに、 威力偵察ミッションが毎日4回も入るに至って、イヤでも皆がそう思っていた。
司令部は、相次ぐ出撃で私達を消耗させきった挙げ句、殺すつもりなんだと、美奈代達は本気で信じるようになっていた。
「宗像騎収容完了!」
「戦果ゼロでまた壊したのか!?」
「今度は左腕だと!?補充がないんだ!これ以上壊すなっ!」
「発注したパーツ、いつ入ってくるんだよ!?」
ハンガーデッキにメサイアや整備機器の作動音に混じって、整備兵達が殺気だった声が響く。
その日、3回目の出撃を控えた美奈代達は、コクピットで出撃の時を待っていた。
現場の状況は、事前に聞かされていたものと全く異なっていた。
魔族軍が事前情報より数を増やしており、危険すぎて上陸できない。
無人偵察ポッドは、海岸線に近づくだけで撃墜されてしまう。
それに業を煮やした司令部は、美奈代達に強行偵察を命じてきた。
主力部隊ではない美奈代達故に命じられた仕事だ。
任務は海上からソマリアの海岸に超低空侵入し、敵を発見次第、散発的な攻撃を加えて逃げる程度。
俗に強行偵察と呼ばれる任務だ。
とはいえ、魔族軍の対空砲火から逃れる際の恐怖は、ちょっと表現が出来ない。
敵と真っ向から対峙出来ない上に、一方的に逃げるだけという立場が、美奈代達にはかなりのストレスとなっていた。
「次の出撃は3時間後だ!それまでに直せっ!」
少なからず被弾し、騎体を破損させている。
敵メサイアと遭遇、戦闘により破損したならまだ面目も立つ。
ところが、騎体の破損はほぼ全てが対空砲火をかわし損ねた結果なのだ。
「無理だ!腕の装甲換装は8時間はかかる!」
出撃の度に、誰かがどこか、騎体を破損して帰ってくる。
幸い、今の所は重度の損傷はないものの、そのたびに、整備兵に無駄な負担を強いる結果になる。
おかげで整備兵は休むヒマもない。
本当に申し訳なく思うのが、騎士としての人情だが―――。
「あの小娘共!今度ぶっ壊して帰ってきたら、かまわねぇ、輪姦しちまえっ!」
そういうのだけは、勘弁して欲しい。
甲高いエンジン音がして、先頭の二宮騎が動き出した。
次は、自分の番だ。
「ハンガーデッキコントロールより和泉騎、ハンガーロック解除、第二カタパルトへ」
「和泉、了解」
ハンガーロック解除を目視確認し、ハンガーのウェポンラックにかけられた120ミリ機動速射野砲を掴む。
初陣以来、美奈代は“征龍”の砲をまともに撃った覚えがなかった。
ただただ逃げ回るだけ。
一体、何のための任務なのかさっぱりわからない。
「待って下さい」
牧野中尉が言った。
「新規情報。作戦内容が変更されます」
「え?」
美奈代は発進シークエンスを止めた。
「救援要請です」
「救援?」
「ソマリアの内陸部、約250キロの地点で国際救難信号の発振を確認」
「救難?」
「付近にメサイアらしき反応あり。数は……15」
「15も!?」
「国連軍の可能性も高いですが……識別信号無し。こちらの照会にも応じません」
「それで、こっちから何騎出るんです?」
「全騎へ!」
二宮の声が通信装置に入った。
「発艦待て!ここは私と長野大尉のみ出撃する!貴様等は待機!いいか!?出るな!」
「何ですかそれは!」
美奈代は怒鳴った。
「出ろと言ったり出るなと言ったり!」
「そうですよ!」
さつきも声を上げた。
「私達だって!」
「うるさいっ!」
二宮は負けじと怒鳴った。
「間違いなく相手はメサイアだ!貴様等の相手になる存在じゃない!足手まといだからおとなしくしていろ!」




