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征龍、改修

 整備兵は、胸のポケットからサングラスを取り出しながら美奈代に言った。

「で?ここに来たのは、こいつを見たいって理由だったか?」

「は、はい!」

「嬢ちゃん好きだねぇ」

「が、外見程度でいいんです。理屈はどうせわかりませんから」

「フン……俺たちの整備は心配か?」

「まさか!」

「時間が合えば“鳳龍ほうりゅう”を間近で拝めたはずだがな」

「まぁ、別試験があるってきいていますし」

「さすがに試作騎だから、通常任務だけってワケにもいかねぇしな」

「はい」

「近衛も“幻龍げんりゅう”を配備したのはいいが、幻龍自体、バランスと整備性重視のあまり、本来のエンジン出力をかなり落とした上に、軽装甲ってシロモノだから、パワーも装甲も不足している。

 現場からの要求がやっと通ってやっと装甲追加と、エンジンの改修が行われて、それで生まれたのが“幻龍改げんりゅうかい”だ。

 とはいえ、幻龍シリーズも十年の上、使用されたモデルだからな。あちこちが陳腐化しているって訳で、開発局へは、さらなる改良版を開発すべしって話が出た。

 それで開発されたのが、幻龍シリーズの後継シリーズとなる試作騎“鳳龍”だ」

「あれが幻龍の後継騎になるんですか?」

「完全に選定されたワケじゃない。まだコンペの段階だが……性能は幻龍改を完璧に凌駕する」

「えっ?」

「対重装甲メサイア戦―――つまりは、ヤンキーの“スーパーキャバリー”や、露助の“ローマイヤ”にも対処可能っていう、まぁ、幻龍シリーズの細身に慣れた身からすれば、無茶苦茶な話というか、そんな司令部おえらいさん要求おうぼうに答えたシロモノだ」

 整備兵が腕組みして見上げる先にあるのは“征龍せいりゅう”の顔。

 それを見上げる整備兵の顔は、美奈代にはわからない何か幸福感に近い感情に満ちあふれていた。

「もし、採用されれば“鳳龍”は、新カテゴリーとなる駆逐メサイア一号騎の名誉を与えられるだろう」

「へぇ?」

 なんだかすごいらしい程度の認識しかない美奈代は、適当に相づちを打った。

「すごいんですね」

「それを、都築だっけ?候補生が動かすんだからなぁ」

「本当ですよ」

「なんで?って顔してるな」

「当たり前です」

 美奈代は言った。

「どうして、あんなヤツが?」

「相性だよ」

「相性?」

「ああ。こいつの精霊体もそうだが、どうにも近衛の精霊体ってのは、性能があがるにつれて、どいつもコイツも性格がねじ曲がりやがる。俺達も苦労してるんだぜ?」

「つまり、その精霊体が?」

「ああ……たしか、逆指名に近いと聞いた」

「精霊体が……メサイア使いを選ぶ?」

「メサイア使い、MC、精霊体。この三つのバランスってのは、嬢ちゃんの考えているより恐ろしく大切なシロモノだ。まさに一蓮托生の関係だから……教本じゃ倍なんていってるらしいが、三者のバランスがとれさえすれば、とれてねぇのに比べて、俺が知る限り、最悪、戦力として5倍の差が開くぜ?」

「そんなに?」

「ああ……ただし、確かに、“鳳龍”と比較したら、“征龍せいりゅう”は確かに世代遅れだ。だけどな?“征龍せいりゅう”にはあって、“鳳龍”にはないものがある」

「何です?」

「戦闘経験さ」

 坂城は楽しげに言った。

「コイツが未だに第一線にいるのは、征龍の精霊体の戦闘経験のおかげだ。

 “征龍せいりゅう”自体がベテラン騎士として、嬢ちゃん達ヒヨコでも高レベル騎士に仕立ててくれるってわけさ。

 それに、“征龍せいりゅう”搭載型精霊体は、近衛の中で最も安定がとれている。だから嬢ちゃん、いいものもらってるんだぜ?」

「そういえば……」

 美奈代は思いだしたように言った。

「征龍、大規模整備だと聞きましたが?」

「聞いてなかったのか?改修だ」

「改修?」

「開発局が、対妖魔戦用にいろいろ細工してくれるそうだ」

「大丈夫なんですか?」

「何かあったら、最後は目をつむって―――前非の数々を悔いるこった」


●“鈴谷すずや

 メサイアを収容した教導艦隊は、美奈代達が着任した翌日の午前8時30分、横浜港に設置された魔法空間転移装置、別名“ヨコハマ・ゲート”に進入、体感時間にして数秒後、転移装置が接続された“ドバイ・ゲート”に到着。通常、数週間はかかる距離を数秒で移動してのけた艦隊は、そのままペルシャ湾から一路、アフリカへ向けて航海を開始した。

 中東、そしてインド洋に到着したという実感もわかないまま、改修作業が終わった騎体を与えられた美奈代達は、離着艦訓練、模擬戦、艦内実習と目が回るほどのカリキュラムに日々を忙殺されることになった。

 

 “妖魔と戦う前に死んでしまう!”

 この頃の美奈代の日記には、そんな泣き言が散々に書かれている。

 朝、いつ起きて、何をして、夜、何時に寝たのか。

 そんな基本的なことでさえ、はっきり思い出せない日々の中、艦隊は無慈悲なまでに目的地であるアフリカに向けて進路を進めつつあった。


 そのアフリカ沖合。


 ―――ギュインッ!


 急旋回のGが、美奈代を襲う。

 厳重な対G防御がかかっているコクピット内でさえこうなのだから、対G防御がなければ、自分が一体、どうなるのか、美奈代は考えたくなかった。


 高度4500メートル。


 抜けるような青空の中、美奈代はメサイアを一気に急上昇させた。


 高度4800メートルで急旋回をかけ、今度は逆に急降下に入る。


 ピーッ!



 美奈代の耳に警報が鳴り響く。



「ミサイル20接近中」

「迎撃!」

 メサイアに装備されたML(マジックレーザー)が、近づくミサイルを次々と狙撃、爆発が蒼穹の空に白華と咲く。


『次、想定30《サンマル》―――対ML(マジックレーザー)回避運動』

「了解」


 メサイアが再び戦闘機動を開始した。


 ドンッ!


 鈴谷に着艦した美奈代は、コクピットで深いため息をつくと、ハッチから身を乗り出した。

「大したもんだなぁ。嬢ちゃん」

 先日の整備兵―――坂城整備班長が床を蹴ってコクピットに近づきがら、親しげに声をかけてきた。

 重力慣性制御が施されたハンガーは無重力下に保たれている。

 美奈代はようやく目的地まで移動出来るのに、さすがに整備班は慣れていた。

「扱いは完璧の域に来てるぜ?」

「ありがとうございます」

 胸部まで上がってきた坂城の手を掴み、それ以上、上に飛んでいくことのないように止めた美奈代は、そう、礼を言った。

 足下からは続々と整備兵が取りつきつつある。

「どうだい?改装された征龍の感じは」

「申し分ないです」

 美奈代は微笑みながら征龍の顔を見上げた。

「力押しにでもならなければなぁ」

 坂城もどこか誇らしげだ。

「それまで弱いとされていたカ所への補助装甲に、実体弾兵器用ウェポンマウントも増加。

関節部防御装甲は最新鋭顔負け、加えて対小型妖魔用カウンターシステムと増加エンジン内蔵型バックパックまで搭載……空中機動性に至っては45%アップだ」

「これ以上の贅沢は望めませんね」

「ああ。開発局の倉庫に眠っていたパーツの寄せ集めにしちゃあ、上出来だ」

「本当、最初は、それを聞いてやる気無くしたんですけどね」

「ははっ、開発局も呆れてたぜ?奇跡だ!って」

 坂城がポンポンと美奈代の頭に手を乗せる。それだけで、美奈代の心には、父に褒められたようなうれしさがこみ上げてくる。

「征龍改―――そう、正式に呼ばれることになるそうだ」

「そうですか」

 美奈代は、与えられた騎の素晴らしさを皆が讃えてくれているようで嬉しくて仕方ない。

 その美奈代に、坂城が言った。

「さぁ。嬢ちゃん」

「はい?」

「初陣が決まったぞ?」

「―――え?」

「士官はブリーフィングルームに集合」




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