表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/338

私、あの人妻より若いんです

●“鈴谷”艦橋

「指導教官、二宮真理中佐及び長野雅也大尉」

 女性の声が広い艦橋内に流れる。

 耳に心地よいのに、不思議と人を動かす力を持った、美しく威厳のある声は、例えそれが無駄話でも聞く価値がある。


「第45期……和泉美奈代候補生」


 はい。


 一瞬、そう答えようとして、二宮達が答えていないことに気づいた美奈代は、口を開けそうになって、そしてすぐに閉じた。

 皆が直立不動の姿勢のまま、無言を貫いている。


「以下、たったこれだけ。少ないものだな……特別選抜枠となれば、こんなものか?―――まぁ、いい。着任を許可する」


 艦橋で美奈代達にそう告げたのは、寸分の油断もなく軍服を着込む女性将校。

 階級は中佐。

 背は高く、すらっとしたボディライン、ショートにまとめられた髪、切れ長の紫色の瞳、総じて、いわゆる“出来るオンナの理想像”だなと、美奈代は半ばその姿に見とれていた。


「鈴谷艦長の平野美夜ひらの・みや中佐である」


「敬礼」

 二宮の命令に全員が敬礼する。

 美夜が全員を冷たい視線で、まるで値踏みするように睨み付ける。


「二宮中佐も大変だな」

 平野艦長の目にはどこか意地の悪い光が宿る。

「修学旅行の引率とは」


「お言葉ですが」

 二宮は言った。

「最初は誰でもそういうものです」


「いっぱしの戦力だと?」


「はい」


「そうか」


「……」


「なら、私はこの子供達に死ねと命ずることも出来るわけだ」


「―――っ!」


「二宮中佐?」

 美夜は、厳しい顔で言った。

「ここは学校じゃない。それを一番理解していないのはあなた自身ではなくて?」


「……」


「まぁいい。二宮中佐も長野大尉も、本艦については詳しいはずだ。艦内の説明は任せて良いと考えている。それから二宮中佐?」


「はい?」


「フルオート着艦命令の無視と非常拘束装置の無許可使用、甲板及びセフティーネットの破損についての始末書は、全て本日中に提出するように」



●鈴谷 医務室前

 艦内の通路を移動するのにもコツがある。

 左側通行。

 移動時にはリフトを使うこと。

 リフトは左手で握り、右手は使わないこと。

 ……たかが移動一つでも覚えることだらけだ。

 さすがに乗艦勤務が長い二宮達は慣れたものだが、無重力空間そのものが初めての美奈代達は、リフトに慣れるまでに数回は医務室通いが必要そうだ。


 ―――急用が出来たから待機していろ。


 やっとのことでハンガーデッキに戻った美奈代達にそう言い残して、二宮達は姿を消した。

 美奈代達は、ただぼんやりと整備中の自分達の騎体を眺めるしかない。


「それにしても」


 手持ちぶさたのあまり、山崎がうっとりした声で言った。


「艦長、美人さんでしたねぇ」


「だなぁ」

 都築もしきりに頷く。

「知的な美人ってのはああいうの言うんだろうなぁ」


「はぁ」


「人妻じゃなければ、ちょっと考える所だなぁ」


「人妻?」


「和泉、お前、気づかなかったのか?」


「な、何に」


「左手の薬指だよ。しっかり、指輪があっただろうが」


「逆に、よく気づいたな」

「初対面の女性は、顔、胸、腰、それから左手が基本だろうが」


「お前だけだ、そんなの!」


「いや」

 宗像が言った。

「相手が初対面の成人女性となれば、それとなく左手は見るものだ」


「宗像?お前まで!」


「それがマナーであり、常識だ。既婚と未婚では、あの年頃の女性は扱いを変えねばならん」


「そ、そういうモノか?」


 常識とか言われると、そういうものかと思ってしまう程度に美奈代は小市民に出来ている。


「そういうものだ。それに、指輪でダンナの社会的地位を想像することも出来る」


「た、例えば、あの艦長なら?」


 ふむ。

 宗像は、形の良い顎に手をやって考えた。


「ティファニーのリング。シンプルだがダイヤのカラットとといい、あれはかなり手の込んだモデルだから」


 うーん。

 思案の後、宗像は答えた。


「余裕で2、300万を超えるクラスだな。しかも腕時計はブレゲ……結婚相手は相当な資産家、もしくは社会的地位にいるな」


「おま……まるで探偵みたいだな」


「お前こそ、女として艦長のどこを見ていた?」


「いや……別に」


 実際、どこを見ていたんだろう。

 ちょっと、自分に自信が持てない。


「胸や腰ばかりに意識が行っていたんだろう?都築の如く」


「おいおい。あそこまで年上だと、美人さんだなぁ程度だよ」

 都築はそっけなく言った。

「まぁ、教官より若いのは間違いないだろうけどさ」


「ああ」

 美奈代は頷いた。

「そりゃ、そうだろうが」


「2、3は若いかな」


「うむ……その位かな」


「絶対、そうですよね」


 そんなことを言う面々。


 その後ろで、恐怖に強ばった顔の長野を従えた二宮が鬼の形相で立っていることに気づいた者はいなかった。



●鈴谷フライトデッキ

 飛行艦“鈴谷すずや”は現在、太平洋上空高度1500メートルを横浜へ向けて航行中。

 360度、どこを見回しても海と空、そして白い雲だけ。青と蒼と碧。単なる“あお”と呼ぶ色が、こんなにも豊かなことを、美奈代は改めて心に留めた―――なんてことはない。


「いっち、にぃいいいっ!」


 美奈代達は全員、鉄兜にボディアーマー、背には対戦車ランチャーをくくりつけた背嚢を背負い、軽機関銃を両手で高々と掲げたまま、甲板を走り回っている。


「ほらぁっ!気合いをいれて走れ、バカもんっ!」


 長野は言いつつ、心底、教え子達が気の毒になった。

 横で腕組みしている二宮の目は完全に据わっている。

 激怒している証拠だ。

 ―――まったく。

 長野は背筋が凍る思いに首をすくめるしかない。


「あの……」


 話しかけるだけで心労のあまり死んでしまいそうだ。


「長野教官」


「はいっ!」


「走り終わったら、分隊長を先頭に、“海”へダイブさせるように」


「殺す気ですかっ!」




●“鈴谷すずや”飛行甲板


「このバカ共っ!」


 肩で息をする面々に、長野は沈痛な思いを浮かべた顔で言った。


「二宮中佐は俺の方から取りなしておいたが」


「……」


 彼の教え子達は、もうまっすぐ座っていることさえ出来ない。


「よく聞けっ!」


「へっ?」


「いいかっ!艦長と二宮中佐は、先輩後輩の仲、しかもその違いはたった1期でしかないっ!つまり」


 長野は、周りをしきりに気にした後、小声で言った。


「……二宮中佐の方が年下なんだ」


 ウソだっ!


 皆が視線でそう答えた。


「本当だ。たった1つだが、平野艦長の方が確実に上だ。ちなみに言っておく。平野艦長のご主人は近衛飛行艦隊副司令官、平野少将閣下―――セレブってやつだ。

 艦長に関して、下手なことをしてみろ、貴様等の命はないものと思え。

 あっちにはそれだけの“目”や“耳”、そして“権限”があるんだからな。

 大体、あの年頃の女性について語るなら、本人のいない所でやらんか、バカモノっ!明日からの訓練がどうなろうと、俺の知った事じゃないからなっ!覚悟しておけっ!」




     ---登場人物---

平野美夜ひらの・みや

・旧姓は葛城。

・既婚者で二宮に言わせると「裏切り者」

・鈴谷艦長、中佐。

・本来は騎士だが、メサイア使いではなく、飛行艦乗り。

・それでもベルゲ騎程度なら操縦は一応出来るし、ライセンスも持っている。

・性格は自他共に厳しいタイプだが、四角四面ではなく融通もきかせるし、有益ならルール違反には平気で目をつむる。

・艦長としての素質は高く、近衛飛行艦隊でも上位に属し、乗組員からの信任も厚い。

・艦隊副司令を夫にもつが、夫婦仲はあまりいいとは言えないらしく、彼女自身、笑いのネタにしても内心では深く傷ついている。

・二宮の親友。

・外見は美奈代が見とれたほどの知的美人系だが、料理が大の苦手で、二宮曰く「殺人技」の域に達している。

【ネタバレ】

・外見イメージはSEEDのナタル・バジルール。声優はその絡みで桑島法子さん希望。

・中身は星里もちる先生の『りびんぐゲーム』に出てきた兼森時子。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ