富士学校メサイア墜落事件 第四話
「そこの騎!念のために聞くが、友軍騎だな!?」
シールドと120ミリ機動速射野砲を構える3騎の“幻龍”達。
候補生達にとって、一生忘れることが出来そうにないその声は、第二分隊指導教官の大野大尉の声だ。
この混乱の中、彼らは“幻龍”達をハンガーから引き出し、操っているのは間違いない。
「だ、第七分隊、都築です!」
「同じく、宗像!」
「貴様からが何故、それに騎に乗っているのかは後で聞く!」
大野は怒鳴った。
「とにかく下がれっ!新型をこんなところで破壊されるわけには!」
「大野大尉!」
大野騎のMCが怒鳴る。
「3時方向、急速に接近する騎!」
「何っ!?」
ドシャァァァァァンッ!!
ハンガーを吹き飛ばして大野騎ともう1騎に吸い込まれた光の矢。
ドッシャアアアアンッ―――!!
大野騎が、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「……なっ」
大野騎達に何が起きたのかは、宗像にもすぐにわかった。
ハンガーを貫通したMLの直撃を受けたのだ。
「い、大野大尉?」
「大野大尉騎、生体反応ロスト。MCの木村少尉……も」
感情を失った声が、宗像に現実を教えてくれた。
モニター上の友軍反応から、大野騎の反応が消えている。
生体反応がない以上、反応が消えることは、理屈として知ってはいる。
ただ、感情的に、人の死がこれほどあっさりとしたものだと、受け入れられない。
「……っ!」
「敵、動きますっ!」
「そ、そこの新型、都築か!?」
「その声は―――染谷かっ!?」
「生きていたか!」
「まだくたばらなかったのか!」
「な、何だ!?どうしたんだ、都築?」
「貴様、どうしてここにいる!?」
「い、いや、いろいろと!」
染谷はなぜか言葉を濁した。
「え、えっと、開発局が学校に貸し出し中の騎の回収に」
「んなことはどうでもいいっ!」
都築は怒鳴った。
「テメェ、ちょっとツラ貸せっ!」
「目の前に何がいるか、わかった上でのセリフか!?」
「ちっ!」
都築は散乱した残骸から見つけた剣を抜いた。
「まず、あっちをぶっ殺してからだな―――逃げんじゃねぇぞ」
「何の話だ?染谷候補生より早見中尉!」
染谷は速射野砲を構えた。
「指示を!」
「―――お、おうっ!」
通信に裏返った声が聞こえる。
大野大尉の副官として、今、部隊の指揮をとる早見教官の声は、明らかに震えていた。
「大尉を殺った連中は、俺と井上中尉でやるっ!染谷は都築、宗像と組めっ!」
「り、了解っ!」
「ふざけるなっ!」
染谷が動きを止めたのは、そんな都築の怒鳴り声のせいだ。
「テメエなんかと組めるかっ!テメエはそこで指でもくわえてろっ!」
「なっ!?」
「手を出すなっ!こいつは俺のエモノだ!」
「単騎で勝てる相手か!?」
「勝ってやる!こいつの次は貴様だっ!」
都築は、無理矢理、染谷騎のウェポンラックから戦鎚を外すと、黒いメサイアに襲いかかった。
「い、一体、何を怒っているんだ!」
「司令部から返答は!?」
その頃、早見教官は、同僚の井上教官と共に、大野教官騎を喰った敵をAハンガーの裏に追いつめた。
追い詰めた。
早見はそう判断していた。
敵からの攻撃はない。
むしろ、敵は後退しつつあった。
強力なジャマーが展開されたが、それさえ、敵の苦し紛れの一撃だと、そう判断していた。
Aハンガーは弾薬庫として使われている。
下手に流れ弾でも当てようモノなら、この辺一帯は壊滅。
自分達は刑務所送りでは済まないだろう。
タダでさえ狙撃に向いていない機動速射野砲の発射速度を落として、一々チマチマと撃たなければならないことに、早見教官はいらついていた。
「司令部と通信がつながりませんっ!通信反応なしっ!」
「ジャマーか?それともやられたのか?―――Bハンガーの“雛鎧”はどうした!」
「ダメですよ!今朝からC整備に入って!」
「くそったれめっ!」
戦況モニターは先程のジャマーの影響で、彼我の一度教えてこない。
目に頼る有視界戦闘が全てだ。
幸い、地の利はこちらにあるが、少しでも人手が欲しいのは本音だ。
とはいえ、ヒヨコ共に加勢を頼んだら教官として末代までの恥だ。
やるしかない。
「井上、次に撃ったら突っ込むぞ!」
「了―――なぁっ!?」
「どうした!?」
マガジンの装填が終わった早見教官の目の前で井上騎が倒れた。
頭部を敵の巨大な腕にわしづかみにされ、引き倒されたのだ。
「井上っ!」
もう一度言う。
機動速射野砲は、狙撃には向いていない。
速射性能を偏重するあまり、戦車砲のように砲弾を目標に命中させるより、目標周辺にバラ撒くために造られたようなシロモノだ。
早見教官は、井上騎の下にいるのが敵騎だと判断した。
そして、体が勝手に動いた。
トリガーを引いてしまったのだ。
「―――しまっ!」
慌てる早見教官の目の前で、放たれた砲弾は井上騎に吸い込まれるように命中。爆発した。
「井上っ!」
「―――たっ!助けっ!」
井上の悲鳴が聞こえたのはその時だ。
その時まで、井上は生きていた。
そして―――
安堵する早見教官の体を、敵の攻撃がコクピットごと粉砕したのは、その直後だった。




