富士学校メサイア墜落事件 第三話
「へへっ。一番乗りってか?」
“鳳龍”のハッチを開き、都築がコクピットに乗り込んだ。
結局、全員のじゃんけんという原始的かつ幼稚な方法で都築が一番乗りのチケットを手に入れた。
S3の最初の搭乗権は宗像が獲得していた。
二宮がスネまくっていたが、もうどうでもいい。
素材の匂いがとれていないコクピット内部。
ひんやりとしたSTRシステムに触れるだけで、興奮に背筋が震える。
「よし。これなら調整なしでいける。スクリーンのスイッチは……これか?」
スクリーンにパワーが入り、都築は自分が宙に浮いているような錯覚を覚えた。
「ふぇっ、こりゃ映りが段違いだ」
かなり高性能なスクリーンを使っているのは間違いない。
自分のナマの目で見るよりモノがはっきり見える。
丁度、自分の足下にいる二宮達の表情さえはっきりとだ。
ふと、視線が美奈代の胸元にいく。
固い軍服越しでもわかる、女としての小さな膨らみ。
横に立つ美晴と比較するとかなり残念に思えてしまうが、それでも、
「やっぱ……あいつ、カワイイよな」
そう思う。
男子候補生の間では、祷子は神聖視されているし、美晴は胸のデカさでグラビアアイドル並の人気を誇る。さつきはボーイッシュなアイドルだし、神城三姉妹はチャイドル扱い。宗像はまぁ……アレだから仕方ない。
唯一、話題にほとんど上らない。それ程、普通に扱われてるのが美奈代だった。
そんな彼女を女子候補生の中で一番キュートだと内心で思う都築は、それが不思議というか、むしろ残念でしかならない。
そんな彼女をじっくり見つめる事の出来る、こんな機会に巡り会うと、熟々そう思う。
「“鳳龍”MCLより都築候補生」
その声に、都築は思考を少し軌道修正した。
この場は美奈代の鑑賞会じゃない。
「そっちはどうです?……えっと、水上中尉?」
「さすが最新鋭です!あーっ!もうスゴイっ!」
水上中尉はMCLで歓声をあげた。
「お局様」の異名をとるお堅い女教師然とした中尉の興奮した声に、都築は少なからず驚いた。
冷静な冷たいタイプと思っていたのに、こうも興奮しやすいとは思っていなかったのだ。
「本当に、都築候補生って恵まれてますよねぇ!こんな騎、最初から与えられるなんて!」
そんなことないですよ。
都築はそう言ったつもりだった。
だが―――
それは、言葉にならなかった。
連続した爆発音が都築の聴覚を一時的に奪った。
自分が何か叫んでいたかもしれないが、それさえ耳は音として何も伝えない。
「―――っ!」
都築はキーンと響く耳が再び音を拾うのを待った。
待つ間に、開かれたハッチの向こうの光景を見た。
ハンガーが半壊し、床に資材が散乱している。
その中で、美奈代達が駆け回っているのが見えた。
美奈代は壁に据え付けられていた消火器を手に二宮の元へ走っていく。
一人、二人―――。
都築は仲間の安否を指折り数えた。
一人残らず無事だ。
「……よかった」
初めて聞こえたのは、自分の安堵のため息だ。
「候補生!」
水上中尉の叫びにも似た声がレシーバーに響いたのはその時だ。
「は、はいっ!」
「所属不明騎が校内に侵入した模様、メサイアらしき反応多数っ!」
「ど、どこですっ!?」
「ハンガーの外っ!」
「騎体、出せますか!?」
「はいっ!ハンガーロック解除します!」
「一体、何が!?」
「さぁっ!?」
メサイアの機動シークエンスをかけながら水上中尉は言った。
「知るモンですか!ロック、強制解除!」
バキィッ!
その直後、ハンガーの外壁を突き破って、見るからに凶悪そうなメサイアがハンガー内に入り込もうとしていた。
「武装はないけど―――行きますっ!」
都築は“鳳龍”を駆って、その騎に飛びかかった。
ズガァァンッ!!
都築がラグビーのタックルの要領で水色のメサイアにぶつかった光景を、美奈代は隣のハンガーに通じるドアの前で聞いた。
メサイア同士の衝突の衝撃で、ハンガーそのものが激しく揺れる。
チェーンで吊されているだけの蛍光灯が天井にぶつかっては戻るのを繰り返す。
「くそっ!カギがっ!」
力を込めてノブを回すが、ドアはビクともしない。
「和泉、どけっ!」
ドアを開けようとした美奈代を押しのけたのは二宮だ。
二宮は腰のホルスターから拳銃を抜くと蝶番に向けて発砲した。
「教官、拳銃なんてもっていたんですか?」
「普段から持っている」
「何のために!?」
「目的は一つだ―――決まっているだろう?」
ガンッ!
二宮に蹴りつけられたドアは奇妙に歪んだ状態で開いた。
「なんです?」
そう訊ねた美奈代の額に、二宮の持つ銃口が突きつけられた。
「―――なんかあった時、あんたを撃ち殺すため」
ハンガーから逃げ出したものの、安全な場所はどこにもなかった。
何が起きているのかさっぱりわからない。
ハンガーの外は一面、火の海だった。
「地下シェルターへ!」
二宮はためらいもなく教え子達に避難路を指さした。
大規模な化学薬品系の爆発など、地上の全てを焼き払うような事故でさえ、メサイアに関わっていれば、自ずと覚悟しなければいけない事だ。
そのような事態に備え、富士学校では地下深くに避難用のシェルターと、そこに通じる通路が至る所に設置されている。
丸腰の人間がメサイアに歯が立つはずもない。
爆発音に混じってメサイアの駆動音が響く。
いつ、戦闘に巻き込まれるかわからない。
さらに、時に建材の破片が落下する危険な状況だ。
教え子を護る義務が二宮にはある。
「急げっ!」
シェルターの通路を開く緊急ボタンのカバーをたたき割ってボタンを押す。
せり出してきたゴツいレバーを引くと、旅客機のハッチさながらにシェルターに通じるドアが開く。
二宮は教え子を次から次へとそこに押し込んだ。
メサイアの駆動音は複数。
しかもそれは……。
「音からして、来ているのは……2騎だけじゃない?」
最低限度の照明に照らされた通路を美奈代達はシェルターに進む。
「宗像がS3を起動させたし、音からして、Cハンガーでも“幻龍”が動いたな―――全員、このままBハンガー下のシェルターに移動するぞ!」
「な、我々が何か戦う手段は!?」
「メサイアに通常の武器が通じるか!」
「Bハンガーは確か“雛鎧”の!」
美奈代は言った。
「定数からして、ここにいる全員が搭乗する数はあったはずです!」
「せっかく生きて帰ってきたというのに、ここで実戦をやれと!?」
「都築達はやっていますっ!」
「死ぬぞ?」
「生き残ってみせますっ!」
「よし」
二宮は口元を不敵に歪め、怒鳴った。
「続けっ!」
「はいっ!」
素手のケンカならいつものことだ。
だから―――こんな時も怖くない。
そう思っていたのに。
「くそっ!」
都築は何回目かの舌打ちでそんな思いを振り切ろうとしたが、ダメだった。
相手は戦斧で武装している。
それを振り回させないために間合いを詰め、腕を押さえている。
こんなことが、あと、どれだけ続けられるのだろう。
もうそろそろが限界だ。
「最新鋭っても、丸腰じゃ、この程度か!」
逃げるか?
それとも―――。
どうしていいのか、わからない。
「都築っ、よけろっ!」
突然、通信装置に入った宗像の声に弾かれるように、都築はとっさに騎体を謎のメサイアから放した。
途端に、連続した爆発が、謎のメースの正面で発生した。
「や、やったか!?」
ハンガーのウェポンラックからもぎ取った180ミリバズーカ砲を3発叩き込んだ宗像は、硝煙の向こうに意識を集中した。
これで済むなら……。
そんな“楽な相手”じゃなかったけど……。
これで……終わりにしてくれ。
「敵、動きますっ!」
MCからの悲鳴が、その淡い期待をうち破った。
「このバケモノがっ!」
「宗像っ!」
「何だっ!」
「俺にもエモノくれっ!」
「ハンガーの中は空だ!武器なんてないっ!」
「そのバズーカは!」
「知らんっ!タマはもうないぞ!」
「おいっ!」
着弾の衝撃に失神でもしていたのか、黒いメサイアが再び動き出した。
戦斧を握りしめた腕がゆっくりと動く。
邪悪なまでのその動きに、都築の背筋が凍った。
「っ!?」
突然、黒いメサイアが、横からの衝撃に襲われた。
破壊力はそれほど大きくはない。
機体表面で連続する小さな爆発。
それが衝撃の正体だ。
都築達は、その正体を知っている。
120ミリ機関砲弾。
それを撃ったのは―――。




