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陳大校 第二話

「敵は新型、規定通り、データ収集してください」

 漆黒の装甲に身を包んだ巨大なメサイアは、50メートルを超える大型騎。

 しかも、その装甲の分厚さというか、無骨さは帝剣のそれとは性格が違う。

 帝剣は、間違いなく打撃系武器攻撃を被弾した際、ダメージを受け流すために曲線を多用している。

 それに対して、この得体の知れないメサイアは、不思議と直線を多用しているのだ。

 言ってみたら、箱の塊を身に纏っているような、奇妙に不格好なデザインとでも言おうか?

 しかし、美奈代はどこかで、このデザインの理由に思い当たるフシがあった。

 問題は、それが何なのか、喉の辺りまで答えが出かかっているのに、それ以上上がってこないことだ。

 しかし、見たことのない敵であることは間違いない。

 敵を見るなり、美奈代は牧野中尉にデータ収集を命じたのは当然なのだ。

「“鈴谷すずや”とのデータリンクは?」

「モニター、リンクしています。レベルA」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームで、目にも止まらぬ速さでパネルを操作しながら牧野中尉は分析結果をデータ変換していくが……。

「帝剣よりもパワー、トルクバランス……圧倒的に安定しています。別物に近いですけど……これって?」

「これって?」

 訝る美奈代に、牧野中尉は奇妙なことを言った。

「私……“この子”と“よく似た子”と出会った覚えが」

 その顔には、明らかな困惑が見て取れる。

「はっ?」

「津島より和泉騎!」

 通信装置一杯に入った元気な声は、間違いようもない。

「津島中佐!?」

「このデータ、間違いないわね!?」

「わ、私は何もしてませんっ!」

 美奈代は怒鳴った。

「データいじれる程、器用じゃないですし!」

「脳みそないの間違いでしょう!?」

「ひ、ヒドい!」

「悔しかったら分析に使われているDSS言語喋ってみろっ!和泉、天儀両騎へっ!いい?これは厳命!」

「やだっ!」

「殺すぞ黙れっ!生きたまま脳みそ引き出される前に、1騎でいいから、可能なかぎり無傷で手に入れて!」

「そんな無茶な!」

「その無茶をやるのがあんたの仕事っ!天儀中尉?成功したら都内の食べ歩きプレゼントしてあげる、和泉大尉のお金で!」

「美奈代さん、ごちそうさまですっ!」」

「転職してやるぅっ!」




「姉御っ!」

 孟が叫ぶのと、その無骨な装甲が吹き飛んだのは同時だった。

 脚部に仕込まれた巨大なアイゼンが地面に突き刺さる。

 装甲―――そう見えたのは、実はパネルに覆われた箱と、その中にびっしりと埋め込まれた筒の塊―――違う―――ミサイルのランチャーだ。


「至近というより、危険距離ですが、やってみせますっ!バイザー下げてください―――吹っ飛びますぜぇっ!?」


 孟はトリガーを引いた。


 その直後、騎体が爆発したのかと思う程、派手か光と煙が孟騎の全てを包み込む。


 放たれたミサイルの集団が、白いメサイア達めがけて襲いかかる。


 全ての音と色覚を無に染め上げる。

 連続した爆発が白い光の塊となって、やがてはキノコ雲まで作り上げた。


「や、やったか!?」

 その衝撃の強さから、モニターもセンサーもパニックから解放されていない。

 本来、数キロから数十キロの広域殲滅用の攻撃システムを、わずか1キロ足らずに存在する相手に使用したのだ。

 “そういう目的”用にセッティングされた機器類も、想定外の近さに耐えられなかった。

 開発者に言わせれば、悲鳴を上げるなとう方が無茶な使い方だ。


 あれ程、“派手”にやったんだ!

 だから、敵だって“派手”に吹っ飛んだに違いない!


 心の底から沸き上がるそんな自信が、孟にはあった。


 どんなヤツだろうと―――この“派手”さの前には!



 ノイズばかりのモニターが、やっと映像を浮かび上がらせようとしている。


「……へへっ」


 モニターが映し出すのは、孟の思う、“派手”に吹き飛んだ敵の惨状でしかない。

 孟は、そう思うと、愉快でしかない。


 しかし―――


 回復しはじめた孟騎のモニターが映し出したのは、自らめがけて突き進んでくる何か―――。


 それを理解する前に、孟は、その“何か”に体を貫かれて絶命した。


「……まぁ、これで」

 ズシャッ

 コクピットブロックに突き刺した斬艦刀を孟騎から引き抜き、美奈代は言った。

「浅くコクピットブロック破壊しただけだし……いいわよね?」

「私も、MCRメサイア・コントローラー・ルームだけですし」

 孟騎の額から同じく斬艦刀を引き抜いた祷子が頷いた。

「文句言われたくないです……もっと被害が少ないのが必要なら」

「……そうね」

 二人が同時に見たのは、丁騎だ。


「ば……バカな」

 全てを見ていた丁は、泣きながら、目の前で起きた現実を受け入れることを拒んだ。

「そ……そんなこと……出来るはずが……」


 あのミサイル攻撃の雨―――違う!

 ミサイルの面攻撃をかいくぐるなんて、反則だ!


 だけど―――


 敵騎は2騎とも、孟騎から放たれたミサイルを、難なく回避しきって、孟騎を喰った。


 そう。


 敵騎は、あの面で敵を叩く攻撃を避けきったのだ!


 そんな非常識な!



「あ、姐さんっ!」

 丁は泣きながら叫んだ。

「ど、どうすれば!?」


「自分で考えな!」

 陳大校は怒鳴った。

 弱い男は嫌いではない。

 ただし、ベッドの中で弄ぶ時だけだ。

 こんな時に弱さを出す男に用はない。

 そんなヤツが側にいると思うだけで反吐が出そうだ。

「奥の手使っちまうんだよ!男だろう!?こんな時ぁ、張るんだよ!」

 

「は、はいっ!」

 


「敵、動きます」

 牧野中尉の言う通り、狙いを定めた騎がホバー移動で美奈代達と間合いを取りはじめる。

 先程撃破した別な1騎と共に守ろうとした騎は、大きく後方に跳躍した。

「どうします?」

 祷子が訊ねた。

「どちらか1騎、私が引き受けますか?」

「どっちでもいいけど」

 美奈代は言った。

「さっき見たいな玩具おもちゃが側面から出たら困る。2騎で行く」

「はい」

 祷子が頷いたタイミングと、ホバー移動を開始した敵騎に変化があったのは同時だった。

「?」

 祷子が首を傾げたのも無理はない。

 ホバー移動をかける敵騎の首がハリボテじみたボディーの中へめり込んだのだ。

 それだけではない。

 背面からせり出してきたヘルメットのような装甲が、それまで頭部のあった場所を覆い尽くしたのだ。

「……なんですか?あれ」

「段ボールにお釜乗っけたら、あんな感じかしらねぇ」

「ふふっ……美奈代さん、表現が上手いです」

「とどのつまり」

 美奈代は言った。

「―――何考えてるのかしら」

「仕留めればわかりません?」

「多分ね」


 二人の前で、装甲板が吹き飛んだ。


 孟のとは違う。

 あっちは遠距離制圧型だけど、こっちは―――

 丁は2騎をロックオンすると、すかさずにトリガーを引いた。


 ミサイルが発射されるなり、その弾頭が砕け散り、無数の子爆弾が2騎めがけて飛びかかる。


 そう。

 こっちは近接防御用の集束弾クラスタータイプのミサイルだ。

 孟の一撃より、回避は絶対に困難だ。

 だから―――やれる!


 丁は、何度も自分にそう言い聞かせる。


 やれる!


 やれるんだ!


 解放された子爆弾が爆発の連鎖を引き起こす。


 やったか?


 違う!


 ここで気を抜いたらダメだ!


 孟は、ここで気を抜いたから―――死んだんだ!


 僕は、同じ目には遭いたくない!!


 だから―――


 だからっ!


 丁はジグザクに後退を続け、あの集落の中まで飛び込んだ。


 住宅が、あのペンションまでが、ホバーのエネルギーで跡形もなく吹き飛ばされる。


 丁はそんなことお構いなしだ。


「て、敵はっ!?」


「バカっ!上だっ!」


「上っ!?」

 陳大校の声に弾かれたように、丁は両方の腕を空に向けた。

 まだ発射していなかった腕部ミサイルランチャーを発砲。

 空中めがけて子爆弾の雨を降らせる。

「―――っ!」

 陳大校の怒鳴り声が、爆発音に掻き消された。

 遅い!

 丁の耳にはそう聞こえた。

 だけど……何が?


 ズンッ!


「っ!?」

 ピーッ!

 鋭い音と警報が走り、騎体に鈍い音が走った。

「腕部損傷っ!」

 MCが警告する。

「両腕部切断!動力、油圧切断します!PASTシステム、パージッ!」

 バンッ!

 切断された腕部からあふれ出たオイルが、切断された電圧部から噴き出した火花が引火。

 炎に包まれた腕部が、MCメサイア・コントローラーの手によって上腕部の根本から爆破切断された。

 グシャンッ

 ガラッ!

 奇妙な音がして、騎体の足下へ腕が落ちる。

 その音が合図だったかのように、白い2騎が丁騎へと襲いかかった。


「!?」

 丁は驚愕するしかなかった。

 僕は騎士だ。

 弾丸だって見切れる!

 その訓練だって受けているんだ!

 なのに!?


 ―――メサイアの動きが……見えなかった。


「脚部っ!」

 両脚が切断され、騎体が奇妙な感覚と共に落下。

 地面にひっくり返った。

 ドンッ!

「……くうっ!」

 衝撃が騎体を通じて、背中に走った痛みに歯を食いしばった丁は、コクピットの脇にあったレバーを引いた。

「まだだぁっ!」



「っ!?」

 騎体が爆発した。

 美奈代達にはそう見えた。

 とっさにシールドを構えるその向こうで、爆発の中から何かが飛び出してきた。

「前方―――敵騎出現っ!」

「馬鹿な!?」

 美奈代は叫んだ。

「今までのは何だったんですか!どこにいたんですか!?」

「こ、これ……私の推測ですけど……」

 牧野中尉は言った。

「……強化骨格装甲」

「何です?それ」

「メサイアがすっぽりおさまるサイズの追加装甲です」

 牧野中尉は答えた。

「あの戦争で、大型妖魔対策に開発されて、実用化される前にお蔵入りした計画の産物です。要するにメサイアに、一回り以上大きい着ぐるみを着せているような状態です。着ぐるみ部が破損したり、消耗したら、随時パージしてゆくことで身軽になっていく……」

「ダメージを回避する回数を増やして、その分、生存率を高めようと?」

「ええ。ただし、機動性が恐ろしく落ちてしまい、移動砲台としてしか役立たないことから、計画の段階で断念されて……」

「あのずんぐりむっくりは、その着ぐるみ部で、あいつはその中身だと?」

「……そう、なります」

「とにかく、仕留めるぞ!天儀っ!」

「はいっ!」



「姐さんっ!」

「……」

「ぼ、僕、もうここまで頑張ったんです!もういいですよね!?」

「……ああ、いいさ」

 陳大校はニヤリと笑った。

「よくやったよ。ご褒美だ。“例のレバー”を引いて、脱出用スラスターを作動させな―――それで“楽”になれる」

「あ、ありがとうございますっ!」

「敵をよぉく引きつけて、ギリギリで使用するんだ。いいね?焦るんじゃないよ?」



 正直、美奈代達に迷いがなかったわけではない。

 ―――可能な限り無傷で。

 その中に、この1騎を加えるべきか。

 つまり、この敵を無傷で仕留めるべきか。

 それを二人共、判断に躊躇したのだ。

 外見は、単なる赤兎。

 大した獲物じゃない。

 だけど―――


 MCRメサイア・コントローラー・ルームの情報


 それだけは確保しておきたかった。

 MCRメサイア・コントローラー・ルームには、メサイアの全ての情報が入っている。

 擱座した場合、半ば自動的に内部データが破壊されるように出来ているが、大抵はMCメサイア・コントローラーの手動破壊だ。

 MCメサイア・コントローラーが破壊を実施する前にMCRメサイア・コントローラー・ルームの情報を手に入れられれば!


 そんな、都合のいいことを思っていたのも事実だ。


 ガンッ!

 美奈代の斬艦刀が腕を切断。

 ザンッ!

 祷子が左足を切断した。


「ひっ!?」

 悲鳴がでかかった丁は、指定されたレバー、黄色と黒のストライプに塗られたレバーを、すがる思いで引いた。

 緊急時、メサイアの全出力を利用して、戦域から脱出する、俗称“消失トリック”をさらに強力にしたものだと聞かされている。

 逃げることが大切。

 逃げることさえ出来れば―――死なずに済む!

 丁は死にたくなかった。

 祖国には恋人がいる。

 家族がいる。

 逢いたい人がたくさんいて、食べたいものがたくさんある。

 死にたくなかった。

 だから、丁は、自分を助けてくれるレバーを引いた。


 ピッ

 

 メインモニターが真っ暗になったかと思うと、真っ赤な文字の列が表示された。


 『自爆装置作動中 自爆まで03秒』


「……えっ」

 文字を読み終わるのと、カウントが0秒をさしたのは同時だった。





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