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ヒューストン陥落

 北米討伐軍。


 それが、この時点での北米大陸派遣部隊の中華帝国軍内での正式名称であり、ヒューストン制圧時点でその勢力は以下の通りとなる。


 投入兵力55万

 戦車1,500両。

 装甲車両28,000両

 メサイア350騎

 航空機2,200機


 問題は、これほどの勢力が、今、どこにいるかだ。

 彼等はヒューストン見物に来ているワケではない。

 あくまで戦争に来ているのだ。

 当初こそ、電撃戦効果で北米大陸の各方面へと侵攻出来た彼等だったが、今では防戦一方となりつつあった。

 破竹の勢いを見せた東海岸方面軍は、サウスカロライナ攻略戦の途中で、その伸びきった補給線をフロリダ方面からの横やりで寸断され、同州攻略を断念。

 続くアラバマ・ジョージア両州境での攻防戦に敗北。

 アラバマ川を超えた米軍に、逆にミシシッピー州にまで浸透を許した。

 ミシシッピー川を渡河出来た時点で、方面軍は戦闘能力の8割を喪失。

 司令官が自決した後、移動を続けた残存兵力はニューオリンズ防衛隊下に編入され、米軍の包囲網の中に孤立している。


 一時はセントルイスを望めた五大湖方面軍は、地の利を活かした米軍に各個撃破される形で後退戦を続けている。


 西海岸方面軍はテキサスの防衛で精一杯。


 冗談ではない。


 これが中華帝国軍北米討伐軍の現実だった。



 その最大の原因は、騎士だ。


 この作品を読んでいると、騎士はメサイアのパイロットだと誤認するだろうが、この世界において本当に騎士として称えられるのは、そんな存在ではない。

 剣をもって戦う、従来の騎士の方だ。


 音速で襲いかかり、数十メートルの防壁を飛び越え、素手で人を殴り殺すことなど朝飯前の彼等の前にあっては、精強を称えられる中華帝国軍兵士と言えど、単なる犠牲者になるしかなかった。


 対する中華帝国軍が、北米討伐軍に何故、ほとんど騎士を投入しなかったのかは謎のままだが、とにかく米軍は、大統領警護騎士団や各州軍騎士団を、敵陣地や後方支援施設に対する夜襲に大々的に投入した。

 一個大隊が防衛する陣地が一晩で壊滅したり、補給所が丸ごと焼き払われたなんて報告が司令部を襲った時には遅すぎた。


 中華帝国軍は、数に任せて劣勢を挽回しようと予備兵力までを最前線へ投入。

 背後はすべて海軍力によって防御する方針を打ち出した。

 それはつまり、ヒューストンの防衛力が手薄になること以外の何者でもなかった。





「何事だ!」

 まどろみの中から現実に叩き戻された毛参謀は、ベッドから飛び起きるなり軍服を掴んだ。

「港湾に米軍が出現!」

「馬鹿な!」

 毛参謀は思わず従兵を怒鳴った。

「寝ぼけたことを!」


 そう。

 毛参謀の知る限りでは、米軍はフロリダ半島沖の大西洋に海軍機動部隊を集結させつつあり、同時にノーフォーク周辺にも輸送艦が集められている。

 諜報部からは、米軍によるニューオリンズ上陸作戦計画を掴んだとの連絡が入っている。

 となれば、大西洋に集められた艦隊は、フロリダ海峡の制海権を奪取するための存在と判断出来る。

 現在、ヒューストン周辺に展開していた我が軍の空母機動部隊がフロリダ半島へ向け移動中だ。

 しかし、それは昨日の朝のことだ。

 たった一晩でメキシコ湾を米軍は突破したとでもいうのか?


「しかし!」

 若い従兵は、緊張気味に大声を上げた。

「岸壁の船からは、続々と米兵が!」


 ドガガガッ!

 ズンッ!


 銃声は爆発音が風に乗って部屋にまで届いた。

 宿舎である高級ホテルから港まで約3キロ。

 銃声は、中華帝国軍の使うそれとは違う。


「……そうか」

 毛参謀は、大きく深呼吸すると、従兵に言った。

「身支度を整える間に、コーヒーを一杯頼む」



 まいったな。

 毛参謀は、軍服を纏いながら焦る頭を励起して事態の把握を試みた。

 米軍が何をやったのかはわからない。

 ただ、状況はかなりマズいことだけは確かだ。

 この北米大陸。

 米軍は、陸から来ると考えるのが当然のはずだ。

 実際、五大湖方面、東海岸方面からの侵攻の動きがあり、我が軍はメンフィスとアラバマ川で双方からの流れをやっと喰い留めているのが実情だ。

 そんな状況で、このヒューストンに遊ばせておく兵力は存在しない。

 部隊の再編成でさえ、前線に近い都市を指定してそこで行わせている。

 兵力は、ヒューストン防衛隊というが、実際には2個大隊規模。

 しかも実質、銭司令官の個人的護衛部隊に近い。

 いわば、このヒューストンは、司令部と物資集積所ではあるが、無防備に近い。


 海からは来ないだろう。


 その判断が間違っていたことを、毛参謀は痛感していた。


「くそっ」

 制帽を掴んだ彼は一人毒づいた。

「どこのどいつだ?何をやったんだ?」

 カーテンを開いた窓の向こう。

 爆音を轟かせながら横切った巨人。

 それがグレイファントムと呼ばれるメサイアであることを理解した毛参謀は、自軍の敗北を悟るしかなかった。




 北米討伐軍司令部の入っていた高級ホテル前に立っていた赤兎が、グレイファントムに真っ二つにされた。

 ヘリから降下した兵士達が、ホテルの中へと消えていく。

 上空は、さっきからヘリの爆音がひっきりなしに響き渡って煩わしい。

 兵士の一人が、ホテルの屋上に掲げられていた中華帝国旗を引きずり降ろした。

「これで終わりですね。レミントン枢機卿」

「……そうだな」

 ビルの屋上からその光景を眺めていたのは、黒服の一団。

 しかも、そのうちの数名は尼僧の衣を纏っていた。

「栄光ある第13課の仕事としては、認めたくない仕事だがな」

「法王猊下より賜った仕事ですよ?」

「実質、今の法王庁を仕切っているのは、ピスウ枢機卿ではないか?シスター・フォルテシア」

「……はい」

ゲートの座標設定プログラムを新大陸の大統領と皇帝に売りつけたあの商才は、奴がどういう神に仕えている俗物かを教えてくれる」

「またそういうことを」

「聖杯などという、どうでもいいシロモノに欲を出した奴のおかげで、私はシスター・イーリスに課を潰されたのだ」

「……」

「奴には必ず、天罰が下るものと信じよう」

「……天罰が下る前に、我々は?」

「我々は残存戦力をまとめ、北米を離れることになるだろう」

「しかし」

 シスター・フォルテシアは奇妙な顔をした。

「妖魔達がまだ」

「魔法騎士達をこの時点で投入したくない……というより」

 レミントン枢機卿は悔しそうに顔をしかめ、ロザリオを握りしめた。

「聖堂騎士団は、ピスウ枢機卿の直卒だ。私では動かせない」

「ヴァチカンから精鋭が派遣されているのですよ?」

「ふん。奴らの甲冑をみればいい。胸元に募金箱がついているぞ」

「……それは」

「不安に脅えるこの北米のカソリック信者を安心させるための客寄せパンダに過ぎん。ピスウ枢機卿は、この戦いで魔法騎士達を動かすことはない」

「そんな!」

「シスター・フォルテシア」

「はい?」

「私は一週間程、休暇をとる。君はどうするね」

「何を悠長なことを!」

「ニューヨークの教会で犠牲者追悼のミサがあるそうだ。顔を出してくるといい。あそこのシスター・マリンダは、君の親友だったのではなかったか?」

 シスター・フォルテシアは、レミントン枢機卿の顔を見て思った。

 目の前にいるのは、私服で歩かせたらオヤジ狩りは避けられない程、冴えないオヤジだが、その腹の中は恐ろしいものを秘めている男。

 その男が、何かをしようとしている。


 ―――休暇中に何をするつもりですか?


 そう、聞いてみたい。

 だが、知るのが恐い。


「主の御心のままに」

 シスター・フォルテシアが出来たことは、そう答えるだけだった。





「ヒューストンが墜ちた、だと?」

 報告した若い女性将校は、ベッドから起きあがった載賢に殺されると思った。

 載賢は、自らの私室には見目麗しい女性士官しか入室を許さない。

 女だけ。

 それが、どういう意味を持つかはあえて語る必要もないだろう。

ゲートのプログラムを書き換えられました」

 女性士官は脅える声で答えた。

「ヒューストン、上海間をつなぐゲートの座標が変更され、ヒューストンは、ノーフォークとつなげられた模様です」

「どこのどいつだ!」

 唸るような声が空気を揺るがせた。

 載賢の横にいた裸の女が、シーツの中に潜り込んだまま出てこようとしない。

 フーッ!

 フーッ!

 載賢は荒い息の中、

「―――まぁ、いい」

 そう、言った。

「奪えるモノは奪った。これはこれでいい」

 それは、自分に言い聞かせるようにしか聞こえなかった。

「……紅」

「はい」

支門サブ・ゲートは生きているな?」

「は?はい」

 支門サブ・ゲート

 中華帝国軍が北米へ侵攻した際、急遽建設した違法なゲートのことだ。

 船舶が通れるほど大型ではないが、メサイアまでなら何とか通ることが出来る。

「総司令部はともかく、生き残った部隊は、支門サブ・ゲートを使って本国への撤退を許可する」

「失礼ですが」

「―――認めん」

 載賢は紅の言葉を遮るように言った。

支門サブ・ゲートにたどり着けない部隊に投降を認めろというのだろう?」

「は、はい」

「だめだ!」

 載賢は怒鳴った。

「ここで投降を認めるなんて言おうものなら、全軍が瓦解するぞ!全メサイア隊に支門サブ・ゲート死守命令を出せ!メサイアは、最後まで撤退を認めない!最後の一兵まで支門サブ・ゲートにたどり着かせろ!」





 ●“鈴谷すずや”艦橋

「ヒューストンが陥落……ですか」

「早い、ですね」

 後藤は戦況モニターを眺めながらぼんやりとした口調で言った。

 米軍は攻勢のポジションにはいるが、動きがない。

 中華帝国軍だけが、一方的に数を縮小している。

 ほとんどが、都市へ向けて長い車列を作っている。

 分析の結果、空間反応から、各地に設置されたゲートに向かっているのは間違いないという。

「米軍は追跡の手を緩めてはいないが、あえて叩くマネもしない……か」

「逃げる敵に無駄弾を使いたくないのでしょう」

「まぁ、そう考える方が妥当でしょうな―――ところで」

 後藤は通信兵に言った。

「ウチの悪ガキども、そろそろ戻して?」



「幕開けは派手だったのに」

 “鈴谷すずや”に帰還したかおるが紙コップを弄びながら言った。

「終わる時はこんなにあっさり?」

「そんなものですよ」

 寧々は言った。

「血みどろの戦いの方がお望みだった?」

「ううん?」

 かおるは答えた。

「楽出来て嬉しいけど、何だか……こう、もっと白黒はっきりしてから終わるものだと思っていたから」

「ところでお姉さま?」

 その横で涼が訊ねた。

「私達は、これから?」

「“鈴谷すずや”は日本に戻る―――ドイツ軍も一緒だ」

「ドイツ軍も?」

「次の主戦場は、日本だからな」

「……」

「後藤さんが指定したブリーフィングがそろそろだ。いくか」

「はい」



「中華帝国政府がついさっき、北米からの撤退を正式に発表したよ」

 ブリーフィングルームの壇上、後藤は言った。

「“転進”っていうそうだけど」

「転進?」

「日本で魔族軍が勢力を伸ばしている。我々は驕慢なるアメリカ人を懲らしめた後、この人類の敵に備えなければならない―――そうだ」

「アホですか?」

「バカげたセリフだと思うよ?さすがの俺もね」

 後藤も苦笑しながら頷いた。

「完全撤退はあと7日だ。ただし、米軍はそれを待たない」

「……えっ?」

「いいか?ここで黙って見送ることは、次の戦いで敵の数を増やす行為でしかない。米軍は6時間後に本格反攻作戦に転じる」

「そんな!」

「俺達もそこに参加する。俺達メサイア隊の最重要目的は、敵メサイアの撃破だが、他の連中も容赦するな。撤退する中華帝国軍を死体で返す位の打撃を与えるんだ」

「……」

「中華と、日本で殴り合った経験を忘れたとは言わさないぞ。和泉」

「……はい」

「連中も、死に物狂いで抵抗してくるだろう。この北米での戦い、最後にして最大の正念場だ。気合いを入れろ」





「そんなもの置いていけ!」

 車両の手配がつかなかったのか、砲兵達は、何と人力で野戦砲を押していた。

 あの戦いから撤退した後、部隊を立て直した唐少佐達は、第6支門サブ・ゲートの防衛に回されていた。

 すでに兵力のほとんど喪失した彼等は、前線に出る力はない。

 北米討伐軍総司令部が降伏した現在、残存兵力をまとめているのは、前線部隊の司令部なのだが、対等の立場の司令部同士が互いに上位指揮権を主張しあっていて、必ずしも指揮系統がまともとは言い難い。

 唐少佐は、さっさとゲートの中に消えた司令部からメサイア大隊指揮権を引き継いだばかりだ。

 周囲には、自分以上の指揮官はいない。

 いわば、この支門サブ・ゲートは彼の縄張り。

 だから、誰に対しても彼は文句を言える。

 兵士を満載した車両が通過するたびに、彼は怒鳴る。


 車両を置いていけ!

 徒歩でゲートをくぐれ!


 戦況を見る限り、車両を与えられていない歩兵達がかなり遅れている。

 政府は7日で撤退を完了させるというが、最前線から徒歩では無理だ。

 だから車両がいるというのに、誰一人、一台たりとも、彼の声に従う者はいない。

 自分達が生き延びるのだけで精一杯なのだ。


「少佐」

 MCメサイア・コントローラーが言った。

「第203戦車大隊がそろそろ」

「大隊長を呼び出せ。防衛に回すんだ」

「その大隊長からです。歩兵の列をどかせと」

「馬鹿な!」


 バンッ!


 遠くで破裂音がした。

「敵弾飛来っ!」

「距離は!?」

「15キロ!着弾地点は張隊集結地点!」

「奴ら、帝刃が16騎だったな」

 張隊は、ゲートに通じるまでの防衛部隊の一つだ。

 テキサスの石油精製施設の防衛が任務だった部隊の生き残りで、誰の指揮かもわからない命令で、ただ数の多さから前衛に回されている。

 この張と黄、紅の3隊計45騎が突破されれば、唐少佐達は全滅覚悟で戦うか、諸手をあげて降伏するしかない。

 メサイアを捨てて逃げるという選択肢がないわけではないが、愛騎をあっさり捨てるのは、彼の美学に反した。

「何とかしてくれよ?」

 そう、祈らずにはいられなかった。





 攻勢に転じた米軍騎士に、容赦という言葉はなかった。


 グレイファントムの力任せの一撃が、帝刃の脳天をかち割る。

 横薙ぎの戦斧が帝刃をくの字にへし折る。

 それは戦いというより、虐殺に近い、一方的な状況だ。

「こいつぁ、七面鳥狩りだぜぇ!」

「何が撤退だ!生きて帰れるなんて思うんじゃねぇっ!」

 息巻く騎士達はグレイファントムを駆り、自らの国土を荒らした対価を中華帝国軍騎士達に求める。


 対する中華帝国軍騎士達も死に物狂いだ。


 性能的に劣る帝刃でありながら、彼等は一歩も引かずに抵抗を試みる。

 例え性能で勝てないにしても、時間を稼ぐことが彼等に出来る精一杯のことだ。

 1分で30人がゲートを渡れるなら、10分で300人が生きて祖国に戻れる。

 それは、命がけで時間を稼ぐ十分な理由だった。

 グレイファントムはたったの4騎。

 対する彼等は、当初16騎が、すでに8騎まで減らされている。

 戦闘時間はすでに10分。

 300人分の同胞を助けたという達成感は、彼等にはない。

 もっと時間を!

 あるのは、そんな焦燥感だけ。

 時間を求める彼等は、グレイファントムとの間に間合いを設けた。


 とにかく、時間さえ稼げばそれでいいんだ!

 1時間でも、1年でも!


 悲壮感さえ漂う彼等を前に、騎兵隊気取りのグレイファントム達が立ちはだかる。


 ―――くやしい。


 中華帝国軍騎士の一人は唇を噛み締めた。

 この装備では、あの重装甲を割ることが出来ない。

 せめて赤兎があれば、十分な装備があれば!


 そう思うと、くやしくてしかたながない。


 敵に一方的に殺されるなんて冗談じゃない!


 せめて―――装備が!



 悔しげに唇を噛み締める彼の目の前で、信じられないことが起きたのは、その時だった。


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