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傭兵の仁義 / 欲に溺れた者

 サリューンを始末した後、

「よく帰ってきた」

 母艦に戻ったティアリュートを出迎えたのはユング少佐だった。

 コクピットから出たティアリュートは、出撃前と艦内の空気が違っていることに敏感に気付いた。


 周囲の視線だ。


 金のために動くことを裏切りとはいわない。

 それが傭兵だ。

 だが、サリューン達への攻撃はどうだ?

 仲間を何故、撃った?

 お前は一体、何様だ?


 傭兵達は、そんな言葉を視線に込めてくる。

 そんな中、彼は部下である傭兵達を押しのけながらティアリュートへと近づくなり、その腕をとった。

「とにかくこっちへ」

 その有無を言わさぬ態度に、ティアリュートは従うしかなかった。



「やったことが間違いだったとは言わん」

 ハンガーデッキから居住ブロックに通じる通路で、彼は苦々しげに言った。

「サリューンの奴が、金に目がくらんで我々を裏切ったのは間違いない」

「……」

「ただ、命令もなしにやったのは拙かったな」

「そうでしょうか?」

「ん?」

「敵の包囲網の中です。あのままなら、命令を待たずに殺されていたはず。

 人類にみすみすなぶり殺しにされる位なら、“同僚”として、“楽”にしてやる方が、余程慈悲深い行動だと思いますが?教官」

「助けることは出来たはずだ」

「20騎近い敵の包囲網に単独、しかも損傷状態で残された騎を助けに?」

「……私は、お前の育て方を間違えたようだな」

 ユングは苦笑しながら、ポケットに両手を突っ込んだ。

「それとも、お前が傭兵の色に染まったか?」

「職種不問の共通原則だと思います」

「それが答えか?」

「何とでも」

「まぁ、いい」

 ユングは言った。

「この大陸での人類同士の戦争は、あと数日でケリがつく」

「……は?」

「現地政府軍が、侵略軍の本拠地に奇襲攻撃をかけた。陥落は目前だ」

「……」

「艦は城へ戻るし、我々もこの艦を離れる。ただし、お前とユースティア、それとフレイは別だ」

「別……とは」

「あの狂姫に預けることになった。この艦に残れ。以降、お前達の雇い主はユギオ様からダユー様に移る」

「えっ?」

「狂姫様が、専属のメース隊を編成する上でお前達をお望みだ。お前はその隊長だ。それと、お前に預けるはずだった部下達も、おっつけ送ることになる」

「し、しかし」

「立場が上がったんだ。少しは喜べ」

 ユングはポンッとティアリュートの肩に手を置いた。

「どんなご託並べても、仲間殺しのお前を、部隊に置いておくことは出来ん」

 その声は、ティアリュートが候補生時代から今まで、彼の喉から出た声として聞いた、どんな言葉よりも重かった。

「仲間を殺すのは、傭兵の間でもタブーだ」

「で、ですから」

「介錯ってのはな?やったほうの自己弁護にしかとられない。そういうものだ」

「……」

 ティアリュートは何とか反論を試みるが、言葉が思いつかない。

 ただ、口をパクパクさせるのがやっとだ。

 裏切り者としての殺意がなかったわけじゃない。


 だが―――

 何故、撃った?

 その理由が、今となっては自分にもわからない。


「……教え子が便所で背中を刺されて死んだなんて話は聞きたくない。サリューンは傭兵仲間でも顔役だった。

 奴を慕っている奴は、俺の部隊でもごまんといる。

 今夜は、ユースティアと一緒に医務室にいろ。あそこならまだ安全だ。武装を忘れるな?」



 そう言われて、ティアリュートは律儀に武装したまま、医務室で一晩を過ごした。




●“鈴谷すずや”艦橋

「いい加減」

 戦況モニターを眺めながら、後藤は言った。

「そろそろ白黒つけないと、マズいんですよねぇ」

「それは?」

「時間ですよ」

「……」

 美夜は時計を見た。

「すでにかなりの時間が経過している。魔族軍との停戦、あれが終了したら、“よーい、ドン”で俺達ゃ潰されますよ。潰されないためには防波堤がいる。だからこそ、俺達ゃ、ここにいる。アメリカ製の“素材”を確保するためにね」

「……そのことなんですけどね」

 美夜はシートの脇に挟んでいたバインダーを取りだした。

「アメリカが動きました」

「ほう?」




●イギリス ロンドン ダウニング街10番地

「……あの若造」

 その報告に触れたヒース首相は、口元に皮肉な笑みを浮かべた。

「ギリシャ系の割に思い切ったマネをするものだ……いや、むしろその血のせいか?」

「今は現代です。ホメロスのいる時代ではない」

「……そうだな。それで?」

「すでにあの周辺でめぼしいものは、中華帝国に略奪されきった後でしょう。ベネット大統領にとっても苦しい選択ですが、他にはもう」

「それにしても」

 ヒースは喉の奥で笑いながら、デスクの上に置かれた革張りの本の表紙を撫でた。

 彼が幼い頃から親しんできた聖書だ。

「そのベネットに手を貸したとは……彼奴等―――どういう魂胆だ?」

「この辺で合衆国に貸しを作っておきたい。大事な金蔓の合衆国在住の信者達をこれ以上失いたくない。それが本音でしょう」

「貸しなら講和条約の座でも作ればよいだろう。中華もそろそろ手を引きたい頃だ。奴らにとって悪い条件での講話にはなるまい」

「それでも困るのですよ。奴らは」

「ん?」

「奴らの本当の望みは、合衆国の金蔓を確保して、なおかつ、中華全土における布教の自由を奪い取ることです」

「だから載賢だけではなく、ベネットにまで手を貸した?」

「その通り」

「金にまみれた俗物が。あの麗しき聖堂の裏を知ってなお、信仰を持ち続ける事が出来る者が何人いるやら」

「……MI6のつかんだ情報ですが、合衆国政府がこの作戦にゴーサインを出した翌日に、奴らの特使が北京に入りました。しかも、合衆国には極秘で」

「何だと?」





●中華帝国 北京 紫禁城

「ベネットもバカなマネをしたものだ。この俺を出し抜いてくれた、“あの一撃”で満足しておけばよかったものを」

「それでは―――」

 祭服キャソックに身を包んだ白人男性の態度は落ち着かない。


 場所は紫禁城の一角に設けられた極秘の謁見場。

 朱塗りの柱に黄金で装飾された室内は、巨大な玉座を包み隠すようにカーテンが設けられているが、今はそのカーテンは開かれている。

 玉座に座るのは、あの載賢だ。

 まるで野生の虎を連想させる殺気だった男を前に、彼に出来ることは気絶しないことが精一杯なのだろう。

 何しろ、武装した兵士達が物陰から銃口を突きつけているはず。

 下手なことでもしたと思われたら終わりだ。


 しきりとハンカチで汗を拭くのが、一国の中でもどういう地位にいるのか。

 それを考えるだけで載賢はおかしくて仕方ない。

「ヴァチカンからの情報提供には深く感謝している。法王にはそう伝えろ―――ウルジー枢機卿」

「で、では」

 ウルジー枢機卿。

 そう呼ばれた男は、脅えながらも訊ねた。

「こ、こちらの要請には」

「ああ」

 載賢は頷くと、虎のうなり声にも似た声で言った。

「布教がどうのだったな―――心配するな。この戦争が終わったら認めてやる。

 だが、今の時点で白人共が我が国土を歩き回ろうものなら、皇帝として、そいつらの命の保証は出来ない」

「そ、それは―――!」

「心配するな。信者がいて初めて成立するのが宗教だ。それくらいは俺にも分かっている。獲得できるかわからん信者の代わりに、俺が慈悲を示してやろう」


 載賢がアゴでしゃくると、載賢から見て右のカーテンの影に隠れていた誰かが、カートを押しながら現れた。

 枢機卿が目を見張ったのは無理もない。

 カートを押してくるのは、妙齢の、しかも一糸まとわぬ白人の女。

 抜群のプロポーションに豊満な胸を露わにした女が、枢機卿を誘うように腰を振りながら近づいてくる。

 ゴクッ。

 枢機卿は、自分が大きく唾を飲み込んだのを知った。

 最後に女を味わったのはいつだったか。

 彼はその忘れかけていた“味”を思いだし、生唾を飲み込んだのだ。


「ヴァチカンで神に仕えると言っても、お前も男だ。女にうつつを抜かすもよし。とりあえず、トランクの中身を確かめろ」

「トランク?」

 載賢の声に我を取り戻した枢機卿は、慌てて十字を切る。

 そして、女が押してきたカートの上に乗せられたのが、巨大なトランクであることを知った。

 それを合図にしたかのように、女はトランクの蓋を開いて見せた。


「こ、これは!?」

 枢機卿が目を見開いたのも無理はない。

 人間がそっくり入ることが出来る、ほとんど棺桶に近いサイズのトランクの中身は、ぎっちりと詰め込まれた金と宝石だった。

 室内灯を反射する黄金の輝きが枢機卿を照らし出す。

「法王への、俺からの手みやげだ」

 載賢は言った。

「欲しいのは、信者ではなく、信者から“喜捨”される“これ”だろう?」

「そ、そんなことは」

 否定の言葉を口が紡ごうとするが、目がトランクの中身から離れようとしない。

「お前にも、個人的な土産は用意してある。

 欲しいだろう?

 あんな老いぼれに、これだけの財宝が与えられるんだ。なら、俺個人にも。そう思ったろう?」

「な、なんということを!」

「俺は人間の」

 載賢の目には、目の前の相手を全て知り尽くしたかのような暗い光が輝いていた。

「欲望というものを知り尽くした男だ」

 すると、音もなく左側のカーテンに隠れていた黒髪の美女が、手にトランクを提げて枢機卿に歩み寄った。

「その二人の女、好きにして良い。お前の部屋には世界中の酒がある。望むなら、我が国が抱える最高峰の料理人達が腕を振るった料理を届けさせる」

 金髪の女がスルリと枢機卿の膝の上に座ると、両の腕で枢機卿の顔を抱きしめた。

 即座にはねのけようとした枢機卿だったが、その手は躊躇いに震え、そしていつしか、女の体のラインを愛おしげになで始めた。


「用事はそれだけだな?―――女を連れて下がれ」

 載賢は玉座から立ち上がった。

「布教とやらは戦後のことだ。無論、市民に殺されるのがお前達の言う所の布教だというのなら、即座に認めてやるが?」


 枢機卿からは、反論さえなかった。




 その謁見場からの帰り。

 待っていたのは載賢を待っていたのは載武だった。

「お帰り。どうだった?」

「神に仕えるなんて、お題目はご立派だが、裏を返せば身内も裏切るようなド汚い連中だ。聞かなくてもわかるだろう。お前なら」

「見る?スゴいことになってるよ。あの爺さん」

「しっかり記録しておけ?交渉材料だ」

「了解―――ところで」

「何だ?」

「北米で何が起きるの?」

「電磁波攻撃だ」

「電磁波?」

「俺達が北米で使った“アレ”を小型化して、効果を限定させたものだ」

「それをヴァチカンが?」

「入手先を聞かれたら、“信者から”。使った理由を聞かれたら“神のご意志”とでも答えるだろうさ」

 載賢は用意された酒をあおった。

「宗教なんてそんなものだ」

「―――ま、いいけどね」

 載武も酒に手を伸ばした。

「ヴァチカンへの賄賂だって、北米やアジアからの略奪品だったし。ああ、そうそう」

「ん?」

「あいつの賄賂の中に、アジアで捕まえた宣教師達が持っていた金や宝石がゴロゴロしてるんだよ?死体から抜き取った宝石や金歯とか」

「ほう?」

「あいつが換金して市場に出た時が楽しみだよ」

「ふん……思わぬ余興だ」

「でしょう?それで、北米は?」

「すでに手はずは整えてある。連中の狙いは間違いなくヒューストンだ」

「陸上から……だよね?」

「湾外はすでに機雷封鎖してある。タンカーと人間の壁もある。やれるものならやってみろってんだ」

「……まぁ」

 載武はグラスを弄びながら言った。

「東海岸と五大湖側からの攻撃だよね。一々、海に出る理由がない」

「そういうことだ。北米総軍司令部にはテキサス死守。油田を奪われることなく、絶対に敵を食い止めるように厳命してある」







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