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封印柱争奪戦 第六話

「距離、500切りました!速度変わらず!」

「少佐、攻撃命令を!」

「―――待て」

「少佐!?」

「敵はすぐ間近ですよ!?」

「敵の意図を見る」

「すれ違い様にやられますよ!」

「―――避けろ。騎体につけたグリックシュヴァインのエンブレムは伊達か?」

「……やって見せます」



「しゃらくせぇ!」

 フレイの駆る騎は、あろうことか人類の軍勢の中へ飛び込んだ。

 サリューンは激怒しながら怒鳴った。

 フレイは傭兵隊の中でも新米中の新米。

 メースの操縦経験よりシミュレーターの方が長いという、実戦未経験者だ。

 訓練校時代のセクハラがイヤで、訓練校卒業と同時に軍を辞めたはずが、〝ある種の貴族〟特有の理由で傭兵隊に入ったという、サリューン達ベテランの傭兵にとっては迷惑な存在だ。

 同じ理由でも、ティアリュートのようなベテランとはワケが違う。

 実戦と訓練が同列にある奴なんて、傭兵にとっては邪魔なだけだ。


 邪魔な存在。

 無能な存在。


 それこそが、サリューンにとってのフレイだ。


 そのフレイが、ここまで自分達を翻弄してくれた。

 ありえない!

 あってはならないことだぞ!?

 この俺が!

 この俺様が!

 あんなクズにここまで!


 頭に血が上ったサリューンにとって、フレイ達が飛び込んだ人類側のメースなんて意味はない。

 単なる障害物に過ぎない。


「探せっ!探し出して、お宝を手に入れるんだ!」

「応っ!」

「デミ・メースはどうるんだ!?」

「ぶっ潰せ!」

 サリューンは怒鳴った。

「人類風情にデカい顔されるんじゃねぇぞ!」



 目の前に立つメースをギリギリで右に回避、左2騎目の目の前で、今度は左へターン。

 メースを木に例えた宗像の表現力は、ある意味、フレイにとっては暗示のようでさえあった。

 フレイの故郷は、魔界有数の銘木の産地。樹齢数千年の木々が大切に育てられている森の世界。

 材木の切り出しにメースが使われるなんて場所を、フレイは故郷以外には知らない。

 フレイにとって、メースとは木こりの道具であって、戦争の道具ではない。

 そう。

 自分は木こりの道具であるメースに乗って、森の中を駆け回っている。

 そう考えるから、恐怖はない。


 あと少しで〝森〟を抜ける。


 そうしたら?


「次は!?」

「とりあえず」

 宗像は答えた。

「そこで停止。突っ立っていろ」

「はいっ!?」

 フレイは、ぎょっとしながら騎体を急停止させた。

 そこは、2騎のメースの背後。

 白と黒。

 2色に塗り分けられたメースが立っていた。




「東洋のことわざに」

 フォイルナー少佐は言った。

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとあるが……」

「あなたが格言を持ち出すなんて、明日は雨かしら?」

 ブリュンヒルデは、突然、自分達の陣地に突っ込んでくるなり、その総大将である自分達の背後で止まった正体不明のメースを、どう判断して良いか迷っていた。

 どうやら、状況からして、魔族軍のメースに追われてるのは間違いない。

 しかし、それだけで味方と判断するのは愚かだと思う。

「とりあえず、どうするの?」

「関わりたいと思うか?」

「全然。でもね?」

 ブリュンヒルデは答えた。

「光輝あるグリックシュヴァインの陣を荒らした者に例外があってはいけないと思うの」

「例外なき規則は存在しないが……」

「規則を守らせるのが、今のあなたの役目のはずよ?」

「……」

「成る程?」

 通信モニター上で見る限り、フォイルナー少佐は無表情だが、ある感情を浮かべているのを、彼女は見抜くことが出来た。

「せっかくもらった〝この騎〟の初陣を、こんな〝ちゃち〟なイベントで飾りたくないんでしょ」

「……作戦に豪華もちゃちもない」

「うそおっしゃい。ねぇ?イリス」

 すでに目の前では、魔族軍のメースがずらりと並んでいる。

 狙いは自分達ではない。

 あくまで後ろの、得体のしれない存在にすぎない。

「我が光輝あるグリックシュヴァインの陣を汚した罪深き魔族軍のメサイアが10騎ほど」

 ブリュンヒルデ騎がゆっくりとハルバードを構えた。

 ハルバードの斧が金色に輝き、辺りを照らし始める。

「この〝ヴィーグリーズ〟の歯牙にかけるに値すると思わない?」

「……」

 彼女の幼なじみからの返事は、彼の騎の持つハルバードの輝きだった。

 クスッ。

 その光に誘われるように、ブリュンヒルデの口元に笑みが浮かんだ。

処刑パーティは、楽しいことになりそうね」




「ち、ちょっとよぉ」

 通信装置に入った声が、困惑に震えていた。

 そりゃそうだろう。

 今、自分達は、20騎近い敵の陣地のど真ん中にいるのだ。

 ここが魔界で、これが正規軍だったら、サリューンでなくても、ためらいもなく降伏しているような状況だ。

 だが―――

「なにブルってんだよ!」

 通信装置の向こうで、クラッツが怒鳴った。

 褐色の肌に傷だらけの体が自慢の、サリューンの部下の中で最も血の気の多い男だ。

「相手はたかが人類だぞ!」

 そう。

 サリューンは自分に言い聞かせた。

 ここまで勢いだけで来てしまったが、判断は正しかったのだ。

 何騎、メースを持とうと、そんな意味はない存在に過ぎない。

 こんな連中、ちょっと動く巨木程度だ!

「そうだ!」

 アラットが勢いのある声をあげた。

 部隊では鼠と呼ばれる小柄なお調子者で、クラッツの手下を自負している。

 メース使いとしての戦いぶりは、姑息な所はあっても確かなものがある。

 奴は、クラッツの合いの手をとるつもりなんだろう。

「人類なんて、俺達の敵じゃねぇ!なぁ!?クラッツのダンナ!」

「そういうことだ」

 幇間タイコモチの言葉が気に入ったのか、クラッツが鷹揚な声で言った。

「サリューンよ」

「ん?」

「俺とアラットが行くとしよう。分け前は、俺が7、残りはテメエ等で山分けだ」

「おいおい……」

 文句を言おうとしたサリューンだったが、

「いいだろう。ただし」

 そう答えた。

「ただし?」

「他の連中は、牽制のために周囲に斬り込む。斬り込みに参加しない奴ぁ、分け前無しだ。それでいいな?」

「あんたは、その見届け役ってワケか?」

「一人はやらなきゃならん仕事だ。違うか?」

「へっ。あんたらしいな―――いいぜ?」

「シンテ、テキュー!文句を言わずに周囲のゴミを刈り取れ!」

「い、いや……」

「だ、だけど」

 傭兵達に、躊躇する声が上がる。

 無理もない。

 傭兵というのは、金で動く。

 戦争はあくまでビジネスなのだ。

 だからこそ、勝てない戦はしない。

 成算のないビジネスに関わるなんて、まっとうな神経を持っていれば、誰もやらないのと同じだ。

 2倍もの敵を相手にすることは、その範疇に入らない。

「お前ら」

 サリューンは怒鳴った。

「望みは金か?それとも死か!?」



通信装置を雄叫びが占領する。

 傭兵達が、戦斧を掲げ、敵陣に斬り込んでいく。

 圧倒的な勇猛さ。

 芸術的な武器裁き。

 敵を粉砕し、

 敵の血を銀に換え、

 敵の首を金に換える。

 討ち取った敵将の頭蓋を杯に、手を下した無数の兵士達の死骸を肴に、勝利の美酒を飲み干す。

 それこそが、傭兵の美学。

 そうだろう?


 サリューンは思った。


 彼等は、自らの美学のために戦いに及んだんだ。

 俺は何もしていない。

 そうだろう?

 俺は指揮官として、奴らに敵を示しただけだぜ?


 周囲で起きた、信じられない事態に直面しても、サリューンは自分をそうして正当化した。




 精霊体エンジンを搭載した〝デュミナス〟は、サライマの戦斧の一撃を、難なく受け止めた。

 ノイシアだったら、腕が衝撃に負けていただろう。

「ふざけんな!」

 デュミナスのコクピットで、エレナは怒鳴った。

「こっちは狙撃仕様だっての!狙うなら、他を当たれって!」

「文句言わないの」

 その膝の上に乗る精霊体〝エリカ〟をあやしながら、ヘルガは冷たく言い放った。

「狙撃仕様でも、十分相手になるわよ―――この程度の敵なら」

「ちょっと前なら、悲鳴上げて逃げていたわ。保証できる」

「……極東前線じゃ、その〝保証できる〟状況で戦ってる仲間がいること、忘れないでね?」

「こんな所で教訓話なんて、ずいぶんな教育ママですこと!」

 戦斧を走らせ、力で押し切ろうというサライマから騎体を逃がしたエレナは、すれ違い様にサライマの腹部に膝蹴りを食らわした。

 重武装メサイア〝ローマイヤ〟の〝ガード・スパイク〟を参考にしたデュミナスの近接防御システム〝ガード・ブレード〟システムは、エンジンの余剰エネルギーを膝や肘に、〝光刃〟つまり、魔力エネルギーによる一種のビーム刃を生じさせるが、ビーム刃は、事前プログラムに従って敵へ命中次第、形状を変えることも可能だ。

 普段が刃なのは、メサイアの高速移動時、すれ違い様のダメージを狙ってのことだが、例えば、膝蹴りや肘鉄といった場合は、瞬時に、敵に命中したカ所に、四肢に発生させている他のビーム刃のエネルギーを集中させ、スパイク形状を作り上げ、装甲貫通力を高くする便利な性能も組み込まれている。

 膝蹴りという物理的ダメージを受けたサライマの腹部装甲を襲ったのは、そんな一撃だ。

 単なる膝蹴りの一撃がサライマに強いたのは、背中にまで貫通するそんなダメージ。


「それで!」

 くの字に曲がったサライマの背後に出たエレナは、腹部あたりから煙を吐き始めているサライマの脳天めがけ、容赦なく戦斧を振り下ろした。

「トドメっ!」



 戦斧により、真っ二つにされたサライマ。

 だが、その華々しい戦果は、決して高らかに語られるべきことではなかった。

 何故なら―――



「おいおい」

 サリューンは肩をすくめた。

「まだ1騎も倒さずに全滅かよ」


「よかったな」

 クラッツが言った。

「分け前が増えたんだ」

「勘弁してくれよ。つーか、お前、なんで行かないんだ?」

「俺が行くと言えば、他も動く。そうすれば、勝手に死んでくれると思ってな」

「かけ声倒れか?」

「ん?」

「本当は恐いんだろう?目の前の敵が」

「バカを言うな」

「なら、やって見せろ。豪腕の二つ名が泣くぜ?」

「……ちっ」

 舌打ち一つ、クラッツは言った。

「こいつは傭兵同士の契約だ。いいか?サリューン」

「ああ」

「俺達が、目の前の2騎を牽制する。その間にお宝を奪え。後で合流しよう」

「……受けよう。契約、成立だ」

「よし。分け前はさっきの通りだ」

「その辺は、後の話だ。契約外だ」

「言ってろ……アラット!出来るな?」

「他の蛆虫どもと、俺を一緒にしないでくださいよ」

「よし―――かかるぞっ!」

「おうっ!」



「敵2に動き。距離350」

 MCRメサイア・コントローラー・ルームからイリスの報告が入る。

「さらに後方の騎、エネルギー反応増大中」

「ブリュンヒルデ。やれるな?」

「ええ。勿論」

 ブリュンヒルデは嫣然と微笑んだ。

「オードブルは部下デュミナス達に食べられちゃったけど」

 そして、〝ヴィーグリーズ〟の出力を戦闘機動状態コンバット・モードに引き上げた。

「メインディッシュは私達のものよ!」



 ザンッ!


 サリューンは、その音を確かに聞いた。

 鈍い、クラッツの呻くような断末魔の声も、確かに聞いた。

 アラットは、悲鳴をあげる暇さえ与えてもらえずに、あの世に叩き送られた。

 生き残ったのはたった一人。

 サリューン自身。

 そんな状況下で、彼は何をしていたのか。

 サリューンがやろうとしたことは一つだ。

 クラッツとアラットが、白と黒のメースを相手にしている間に、その頭上を飛び越え、フレイ騎に襲いかかろうとしたのだ。

 後ろはともかく、前の2騎はフレイ騎に接触する上で最後にして最大の障害。

 それを回避するまたとないチャンスを、サリューンは無駄にするつもりはなかった。

 否。

 サリューンこそが、この状況を作り上げた張本人だ。

 彼は、自らの作り上げたチャンスを活かしただけだ。

 ブースターを全開、一息で敵という障害を味方ごと突破しようとした。


 二人の死は最初から織り込み済み。

 その死さえも踏み台にしてお宝を頂戴する。


 それは―――彼にとって勝利と栄光への跳躍となるはずだった。

 だが―――


 鼓膜が破れそうな激しい音。

 シェイカーの中に放り込まれたような激震。

 サリューンを襲ったことで、彼自身が理解できたことはそれだけだ。

 コクピットの電源がブラックアウト。すぐに非常電源が入るが、情報系モニターのほとんどが死んでいる。

 コクピットに煙が入り込んで呼吸さえ困難になりつつある。

 よくわからないが、とにかく、騎体に何かが起きたのは確かだ。


 よもや、エレナ騎によって、跳躍したタイミングを狙って狙撃されたなんて想像も出来ない彼は、全身に走る痛みに歯を食いしばって耐えつつ、自分の置かれた状況を、混乱しつつも把握しようとした。

「お……お宝は!?」

 騎体が倒れているのがやっと理解できた彼は、ハッとなってモニターを見た。

 丁度、フレイ騎が地面を離れ、離陸しようとしている所だった。

「畜生、お、お宝が!」

 サリューンは騎体を何とか動かそうとしたが、

 ―――システム再起動中

 そんな無情な表示が、その努力が無駄だと告げていた。

「くそっ!」

 遠ざかっていくフレイ騎を睨み付けるしかないサリューンだったが、

「お、おいっ!」

 まるでフレイ騎を見送るように宙に浮かぶ騎を見つけた。

 バラライカ。

 間違いない。

「おい、ティアリュート!」

 返事はない。

「聞こえているんだろう!?そいつが持っているのはお宝だ!とっとと、そいつを止めろ!封印柱の中身を考えろ!狂姫は絶対に交渉に応じる!あの小娘の財産を二人で山分けだ。悪い条件じゃねぇだろう?」

 ティアリュートからの返事はない。

 ただ、バラライカの手にした銃の筒先が自分に向けられたことだけはわかった。

「お……おい」

 サリューンは、その意味がわかった。

 わかるしかなかった。

「俺は―――仲間だぜ?」

 そう。

 バラライカは仲間。

 俺達は仲間だ!

 その言葉に一縷の光を見いだしたサリューンは叫んだ。

「俺は仲間だぞ!?仲間に武器を向けるのか!?」




「―――どうします?」

 上半身を吹き飛ばされたサライマの残骸。

 遠ざかっていく魔族軍のメース達。

「追撃は無用」

 フォイルナー少佐は言った。

 事情はわからないが、魔族軍の中で仲間割れがあったのか、或いは、もっと特別な理由で、〝処刑〟が行われた。そんな所だろうと彼は見当をつけていた。

 なら、去る敵まで叩く必要はない。

 周囲に敵は存在しない。

 なら、新しい敵はどこで見つける。

 ―――決まっている

「イリス。新大陸軍の状況はどうなっている?」





 

 

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