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330/338

封印、解除 第四話

「ようするに」

 涼はポツリと言った。

「私達、“鈴谷すずや”ごと捨てられたってわけ?」

「まぁ、そういうことね」

 寧々が頷いた。


 場所は、ハンガーの騎士待機ブース。


 といっても、床に区分けテープが張られ、弾薬ケースが椅子やテーブルの代わりに置かれているだけ。

 騎士配給用のペットボトルや簡易食料の箱が置かれた場所を、休憩スペースとして使っているだけ。

 そこでは、皆が整備を受ける乗騎を見上げながら、所在なさげにぼんやりとしている。

 高級ホテルのロビー顔負けとされるMCメサイア・コントローラー専用ブースとは雲泥の差だ。


魔族あいつらが、私達をここに連れてきた理由はわからない。でも、ここが本当に、あの龍の巣の中だとしたら、私達が置かれた立場だけははっきりとわかる」

「外から入ることの出来ないってことは」

 かおるも頷いた。

「つまり、外へ出られないってことでもあるしね」


「勘弁して欲しいですよね」

 話し相手がほしい有珠ありすが話に割り込んできた。

「命は保証するみたいなこと言って、結局これじゃ、詐欺じゃないですか」


「今、死んでないじゃん。ってことじゃない?」


「平野少尉。そういうことじゃ」


「同じだよ」

 うんっ。と、かおるは背伸びすると、大きくあくびをした。

「ふわぁぁっ。とにかく、もう敵はいないんだし、エライ人達が、解決策見つけてくれるまで、私達は待機でしょ?」


「うん……」


「じゃ」

 かおるは椅子代わりに座っていた弾薬ケースから立ち上がった。

 涼は、やたらと落ち着いているかおるに驚きつつも、どこかで羨ましいと思った。

「部屋にいるから―――いいですよね?えっと……柏中尉?」


「いいですよ?」

 すぐ近くで話を聞いていた美晴は答えた。

「美奈代さんには伝えておきます。私も仮眠が取りたいです―――といっても」

 美晴は、悲しげに苦笑した。

「本当は、そんな権限、私にはないんですけどね」

 

「階級と部隊の席次では」

 ペットボトルから口を離した祷子が言った。

「ここにいる人達の中では、美晴さんが一番になりますよ」


「私からすれば、スコアの関係から見て、あなたが一番のはずよ?祷子」


「私はイヤです」

 祷子はペットボトルを弄びながら答えた。

「私は、人を使うなんて面倒くさいの嫌ですから」


「あなたなら、ちょっと言えば誰でも動かせると思うけど?」


「えっ?」


「祷子は、不思議と人を動かす素質があるんじゃないか。そう思っているのよ。前から」


「私に?」


「そう。威圧感にも似た、何だろう?別に偉ぶっているワケじゃないけど、有無言わさないみたいな」


「私、そんなに押しが強いですか?」


「いえ?全然、押してない。でも」

 うーん。

 美晴は言葉を選びながら言った。

「祷子の存在が―――全てを押している?みたいな」


「……?」

 祷子は首を傾げた。

「要するに、私はみなさんに、自分の意志を?」


「お願いされたら断れない。そう言ったらわかるかしら?美人って得よね。ホント」


「私より美晴さんの方が綺麗ですよ。ね?山崎さん?」


「ははっ……」

 山崎は苦笑いして、優しい視線を美晴に向けた。

「個人的には―――そうですね」


「ね?」

 祷子は自信満々で、美晴に同意を求める。


「そう言うところが、押しが強いって言うのよ」


「―――難しいですねぇ」

 祷子は、眉をひそめた。

「自覚出来ません」


「まぁ、いいです。私もちょっと、部屋で仮眠を取らせてください。ここん所、ロクに寝た覚えがないんです」

 美晴も弾薬ケースから立ち上がると、皆に一礼してその場を去った。


 皆が、私室へ仮眠を取る理由で去っていく。

「……天儀中尉」

 その背中を見送ったのは祷子と寧々。

 寧々がポツリと言った。

「今回のこと、どうお考えですか?」


「―――鬼龍院中尉って」

 祷子は苦笑気味に答えた。

「私になんて、そんな敬語使わなくていいのですよ?中尉は周囲に気を使いすぎです。

 現に、階級からすれば指揮権はあなたにあるべきなのに、狙撃隊の指揮を小清水少尉に執らせているし」


「あの子の方が」

 心外。といわんばかりに寧々は片方の眉をつりあげた。

「指揮官の素質があるってことです。和泉大尉との意志疎通も、あの子はお手の物ですから」


「―――まさか美奈代さんが」

 ハアッ。

 祷子は天井を仰ぎ見た。

「そっちの趣味がおありとは思いませんでした」


「両刀って言われているそうですね。艦内では……あら?そういえば、えっと、和泉大尉と恋仲と言われていたのは」


「染谷少尉ですか?」


「ええ。あの方、どうなったんです?」


「詳しいのは津島中佐ですけど」

 祷子は手にしていたペットボトルをダストボックスに放り投げた。

 無重力下を移動したペットボトルが、ダストボックスの縁に当たってあらぬ方向へと流れていく。

「……もうっ」

 祷子が顔をしかめて立ち上がった。

「容態が安定してきたそうです。かなり腕利きの療法魔導師が施療に当たったそうです」


「運がいいですね」


「親御さんでしょうね」

 ペットボトルを掴んだ祷子は、平然と言った。

「貴族議員の親御さんが手を回したようで―――津島中佐によれば、水瀬家まで動したとか。お金と権力は偉大ですね―――私はお金の方が好きですけど」


「水瀬家って、あの?」


「さすが鬼龍院家の方。詳しいですね」

 祷子は小さく笑いながら、ダストボックスめがけて、ペットボトルを慎重に押しやった。

「本家ではご同業ですものね」


「―――ご存じでしたか?」

 ペットボトルの行方を目で追いながら寧々は答えた。

「私の実家のこと」


「元は四国最大の任侠組織の家。明治ご一新以降は廃業して、神主になられたんでしたよね?表向きは」


「新撰組にケンカ売って潰されたんです。以降、表向きは神主で、裏は拝み屋でやってます。裏家業でしかしられてませんけど」

 寧々は頷いた。

「同業とはいえ、あの超名門の水瀬家とは、格が違いすぎますから、並んで語るのには抵抗があります。

 とにかく、一族に流れる魔法騎士や魔導師の力……私は、騎士の素質は受け継ぎましたけど、他に何もないので、一族では肩身の狭い所です」


「次期当主は、お姉さまでしたっけ?」


「というか」

 寧々は怪訝そうに訊ねた。

「中尉は、そんな事情まで、どうしてそんなに詳しいのですか?」


「さぁ?」

 祷子は笑って肩をすくめた。

「あなたは赴任当時から話題性のある方でしたから。いろいろと耳に入ってきた―――そんな所です」



「……信じましょう」

 寧々は憮然として頷いた。

「話を戻して良いですか?」


「染谷少尉のことですか?」


「今回のこと、としておきましょう」


「もう滅茶苦茶です。こんなコト」

 祷子は吐き出すようにそう言うと、ハンガーベッドに固定されている“白雷改”を見上げた。

「理沙さんはともかく、月城大尉が……」


「そう、ですね……ところで、“理沙さんはともかく”って、どういう意味です?」


「私、そんなこと言いました?」


「ええ」


「言葉のアヤですね。きっと」


「……月城大尉のことは?」

 この人は、美人だけど、中身はかなり太々《ふてぶて》しいな。と、寧々は内心で舌を巻き、話を合わせた。

 柏中尉じゃないけど、この人は本当に威圧感がある。


「自殺したかったんでしょう。本当は」

 祷子はさらっと、言った。

「でも、死ぬなら死ぬで口実が欲しかった。だから、死ねるんじゃないか。そう思って、魔族の要請に応じたけど、ここで心が変わった」


「……」


「死ぬのが恐くなった。それに、死ぬより他のことが、手に入るような気がした」


「他のこと?」


「月城大尉が」

 お茶でも飲みにいきませんか?

 そう言うと、祷子は寧々を通路へと促した。

「どうして死にたがったか。問題はそこです」


「死ぬ程の屈辱―――ですか」


「エリートの人って、一度転落すると、そうじゃない人達よりスピード速いですからね。転げ落ちる距離が長い分」


「たかが」

 寧々は反論しかけて、言葉を飲み込んだ。

「……失礼」


「いいですよ」

 祷子は笑って言った。

「プライベートでしょう?」


「―――はい」

 祷子の笑顔に安堵を覚えながら頷いた。

「指揮官として、戦場で部下を失うことは避けて通れないはずです」


「そうですよ?現に、美奈代さんなんか、身内から脱走と寝返りまで出してます。しかも、一回に」


「……それでどうして」


「あの人は、プライドの塊です。実績と実力の裏付けがあるって―――そう思いこんでいた」


「あるのでしょう?だからこそ」


「周囲から、そう評価されていただけ―――実績も実力も、周りから評価を受けなければ、ないのと同じ。違いますか?」


「光を浴びなければ、どんな宝石も輝かない―――ですからね」


「お上手ですね」


 祷子に、やんわりと微笑まれた寧々は、少し鼓動が早まったのを感じた。

「過去の評価の分、部下の暴走と、その死。さらに仇も撃てずに敗北したこと……すべてがマイナスの功績として大尉を襲った」

 寧々は、辛い。という顔で首を左右に振った。

「過去の栄光まで含めて」


「過去の栄光―――高い評価の分、失態に対する叱責が厳しかった。部下の死と最新鋭メサイアの複数喪失は、麗菜殿下でもカバーしきれなかったのでしょう。

 その叱責が、大尉のプライドをズタズタにした挙げ句、エリート街道から彼女を追放した……でも」

 祷子は言った。

「後の選択を間違えたのは、大尉ご自身ですからね」


「えっ?」


「大尉は、命令ではなくて志願でこの部隊に来た。そのことです」


「月城大尉は志願だったのですか?初耳ですが」


「知りませんでした?他の部隊でも指揮官として頑張って、実績示せばよかったのに、一般兵として、この部隊に来た。選択肢を誤ったというのは、そのことです」


「意味がわかりません」


「牛丼が食べたいです」


「おごります―――ただし、特盛まで」


「私仕様の?」


 寧々は、祷子専用として、ハイパーハイメガ盛りとかいうのがメニューに載せられていたのを思い出した。

 あれは確か、ご飯5合だっけ?


「普通の!」


「……ケチ」

 祷子は口を尖らせた。

「大尉のプライドは、結局の所、騎士としての腕と同時に、指揮官としてのプライドでもあるんです。人の指揮に従うなんて、元から耐えられることじゃなかったんです。

 大尉も自覚があったかどうか―――内心で出撃の度にプライドにヒビが入った挙げ句、今度のことが決定打となったのでしょう」


「魔族軍の撤退を見逃せという、あれですか?」


「そうです。あの時の、美奈代さんの毅然とした対応は指揮官として当然のこと。でも、元指揮官としての大尉は、その命令に従うなんて、耐えられなかったのです」


「……」


「帰艦した後の態度からはっきりわかるでしょう?魔族が来なければ、月城大尉と美奈代さんが衝突していたでしょうね」


「そして」

 食堂へと入りながら、寧々は言った。

「大尉は魔族の方へとなびいた。大尉の発想がわかりません。憎んでいたはずの魔族にどうして?」


「フェルミ博士も、伝言として津島中佐達に、“彼女は寝返った”としか伝えていません。肝心の博士まで行方知らずでは、詳細はわかりませんけどね」


 祷子は、食堂のおばさんに“牛丼、卵とつゆダクダクで”と言った。

 すかさず、寧々が、“おばさん。私達仕様で、特盛で!天儀中尉仕様では困ります!”とフォローを入れた。


「……少ないですよぉ」


「出撃前は、胃の中に詰め込みすぎない方が良いんです」

 絶対、それはドンブリじゃない!というサイズの器を準備しはじめたおばさんが、安堵した顔で普通の器を用意しはじめた。

「……で?」


「大尉も考えたのでしょう。大尉のプライドの裏付けは、あくまで彼女自身。つまり、組織にはない。長年の功績に対して罰をもって報いてくれたなら、私も私なりに報いてやろうって」


「それが寝返りにつながった?」


「普通の企業ならありえることですよ」

 祷子は、牛丼を受け取りながら、ホクホク顔で笑った。

「会社が気に入らない。そんな時、ライバル会社が破格の値で自分を雇ってくれると知ったら?普通はどうします?それを寝返りといいますか?」


「……しかし。我々は軍人、しかも、騎士です」


「力に対する正当な報酬を求めるという点では、騎士は世界で最もシビアな部類の職業でしょうね。MCメサイア・コントローラーの方には負けますが」


「その辺は同意しますけど……」

 寧々は、祷子の言いたいことはわかるが、割り切れないものを強く感じた。


「要するに、大尉は寝返ったというより、転職したんだ―――と?」


「そうです」

 祷子は、何でもない。という顔で言った。

「大尉は、陛下の狗になりきれなかった。

 それは、彼女が、主人である陛下の求める芸をこなしきれずに怒られたのがイヤになったから。

 または、ご飯の質を下げられたのがイヤになったから。

 だから、彼女は別な御主人様に尻尾を振った」


「それが寝返りじゃないですか」


「彼女に、私達を見捨てたとか、そんな意識はないと思いますよ?」


 祷子は椅子に座ると、唐辛子のビン掴んだ。

 ピンッ

 親指の辺りからそんな音がして、ビンのキャップが回転して宙を舞った。

 そのあり得ないビンの開き方に唖然とする寧々の前で、祷子がキャップをキャッチしてテーブルに置く。

 そして、牛丼の上が真っ赤になるほど唐辛子を注ぎ込む。


「むしろ、彼女にあるのは、自分の方が見捨てられたという、被害者意識と、そこから来る自らの行為の正当化。そして、憐憫の念だけのはず」


「見捨てられた?」


「そうです。左遷されたことはつまり、自分は組織に見捨てられたってことになる。しかも、自分が悪くないことで」


 慎重に醤油を注ぎ、卵をかき回す。

 まるで爆発物の調合でもやってるようだと寧々は思った。


「それは違うでしょう?組織に人的にまで損害を出したのは大尉です」


「そこが違うんですよ。

 部下の失態は部下の失態。

 自分はとんだとばっちりを受けた。

 そう。

 自分の左遷は不当なものだ。

 部下がみんな悪いんだ。

 全ては自分の責任ではない。

 大尉はそうやって、自分を正当化することで、精神のバランスを取っていたのです。

 大尉の日頃の態度からそれは察することは余裕です。

 でなければ」


 祷子は、卵を注ぎ込んだ牛丼に、箸を立てた。


「大尉は今頃、うつ病か何かで精神病院のお世話でしょうね」


「……自暴自棄になった挙げ句、不当な責任転嫁に陥った。挙げ句が中尉の言う“転職”。私の言う“寝返り”に通じた」


 お茶を渡そうと、一瞬だけ寧々は祷子から視線を外した。


 ほんの一瞬。


 そのハズだった。


 だが―――


「……えっ?」


「どうしました?」


 寧々が驚いたのも無理はない。

 祷子の持っていた丼の中身はすっかりカラになっていた。


「……」

 丼と祷子の顔を何度も見比べる寧々の前で、祷子は満足げに口元をナプキンで拭う。


「まぁ」

 寧々からお茶を受け取った祷子は、冷たい笑みを浮かべた。


 ゾクッ


 自分でもわからない。

 だが、寧々ははっきりと自覚した。

 自分は今―――この人に恐怖した。

 それだけは、はっきりしている。


「寝返ろうとどうしようと―――待ってるのは同じですけど」


「待っているもの?」


 祷子は頷くと、そっと両手を合わせた。


 ごちそうさま。


 そうは言わなかった。


 その態度が語る所を察し、寧々は顔をしかめるしかなかった。


 そして思った。


 あの人は―――バカだ、と。







 



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