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封印、解除 第二話

「……何?」


「中佐、位にはしてあげましょう」

 ダユーはお前の価値は値踏みしきった。といわんばかりの顔で言った。

「あなたの望む力は―――人類にはない」


「……」

 中佐。

 力。

 目の前に突然現れた栄光の二文字。

 死んでいった部下達の顔。

 無様なまでに潰されたあの戦闘の記憶。

 査問委員会の様子。

 部隊指揮官章を返納した時の記憶。

 様々な、ただ、共通することはどす黒い屈辱にまみれた記憶が、月城の心の中で渦巻いた。



「……全ては、上手くいった後のことです」

 ダユーは月城大尉から視線を外した。

 “お前との会話は終わった”と、月城大尉は言われた気がした。

 ギュッ。

 無意識に紙を掴む手に力がこもる。

 まるで、突然、全ての灯りを消されたような虚無感が月城大尉を掴んで離さない。


「読み上げなさい。読まなければ進まないわよ?」


 その一言に、月城大尉は紙に縋り付いた。

 まるで、漆黒の闇に包まれた地獄の中で、一筋の光明を見いだした罪人のように。


 声がうわずっているのが自分でもわかる。

 何を喋っているのかさえわからない。

 ただ、月城大尉は、必死に舌を動かした。

 自分の体で動くことが出来るのは舌だけだ。

 そういわんばかりに、舌を動かし続けた。




 我は美貌称えられし者


 我は背の高き者


 我は胸豊かな者



 ……読んでいる方も意味不明な言葉の羅列が洞窟内に響き渡った。


 それを熱望していたはずのダユーが爆笑を、そしてユギオが哀れみに近い色を、それぞれの顔に浮かべていたことに気付く者は、今時点では、誰もいなかった。



「……何?」

 視線を感じて、不愉快そうに相手を睨み付けた。

 その先には、自分に視線を送る、先程の銀髪の女の子がいた。

 気に入らないのは、その視線だ。

「その、気の毒な人を見ているような目つきは」


「背が高いとか、若いとか、おっぱいが大きいとか……誰のことです?」


「……」


「……誰、指さしてるんですか?―――痛い痛いっ!」

 突然、口の中に指を突っ込まれ、力任せに引っ張られた少女は悲鳴を上げた。

「ううっ……お師匠様を知っている人が知ったら、どう思うんです?」

「本当のコトじゃない―――こら、どうして突然、姿見なんて取りだしたのよ」

「鏡、見たことないのかなと思って」

 グシャッ!

 室内に、およそ人体から聞こえてはいけない音が響き渡ったのは、その瞬間だった。



「……さて」

 朗読が終わり、沈黙が続く洞窟内で、最初に喋ったのはダユーだった。

「あのおチビちゃんの痛い痛い自己主張が終わったところで」

 それまで、白い光を放っていた水晶柱に光はない。

 持ち込まれた照明の光を鈍く反射するだけだ。

「封印は解除されたようですね」

 ダユーは、控えていた兵士達に命じた。

「“これ”をすぐに艦に運びなさい。傷をつけないように厳重に梱包して」

「お任せ下さい」

 兵士は頷いた。

「三界相手に安心輸送がモットーのシロネコ運輸出身のスタッフが担当します」

 水晶柱にとりかかる部下を見守るダユーは、不意に自分に注がれる視線に気付いた。

 視線の主に気付いたダユーは、ちょっと前に自分がどういう約束をしたのか思い出した。

「……採用面接は省いてあげましょう」

 その視線の先にいるのは、月城大尉だった。

「そちらの……博士でしたね」

「ふむ?」

「ここからは女同士の話です。席を外していただきましょう。ユギオ殿?先に艦に戻って受け入れの指揮を執ってくださいな。それと、途中、博士を人類側に引き渡してくださいな」

「……わかりました。フェルミ博士?どうぞ」

「……月城大尉と話がしたいが」

「……」

「いいですよ?ただし、その場で」

「感謝する―――月城大尉」

「……はい」

 月城大尉は、フェルミ博士の顔を見なかった。

「相手が人間ではない。魔族でもない。だからか?」

「……」

「部下を失い、地位を失った。その埋め合わせを、人類以外に求めるとは」

 フェルミ博士は、普段通りの感情の読みづらい発音を続けていたが、しかし、聞き慣れた者が聞けば、その発音には怒りが込められているのがわかったろう。

「どういう変節だ?何を考えてる。君には良心というものがなのか?それとも、それが」

 フェルミ博士の視線が、月城大尉の襟元で鈍く光る階級章に注がれた。

「それが、近衛騎士の価値観か?」

「……」

 月城大尉は、無言で階級章を掴むと、力任せに引きちぎり、そして、それをあらぬ方向に放り捨てた。

「―――力が欲しい」

 ポツリと、月城大尉は言った。

「二度と部下を失わない力を、栄光を、近衛は保証してくれなかった。私は何も悪くない。何も落ち度はない。私のプライドを傷つけるのは、私以外の存在だ」

「……」

「私を傷つける者から、私自身を護るために、私には力が必要だ」

 月城大尉は、背筋を伸ばし、そしてフェルミ博士にきっぱりと言い切った。

「私は力が欲しい!力を求める身なら!力を与えてくれる御方の元へと馳せ参じて何が悪い!」

「自決したまえ!」

 フェルミ博士は怒鳴った。

「君に人間としてのプライドがあるのなら!」

「プライドを護るために!私は力を求めるっ!私の全てのプライドを踏みにじってくれた全てに復讐する力を与えてくるのは、この方だけだ!」

「得体の知れぬ力にすがって誰が評してくれるというのか!」

「誰の評価もいらぬ!」

 月城大尉は真っ赤になって、力を込めてフェルミ博士を睨み付けた。

「私一人が!私が私を評価すれば、それでいいっ!

 私のことは私にしかわからないっ!

 栄光を潰され!

 部下を失い!

 積み上げてきた全てを失った者の思いなぞ!

 あなたにわかってたまるものですか!」

「……」

「……私は、力を求める」

 月城大尉はダユーの前に跪いた。

「あなたが求めるなら、私はあなたに忠義を誓おう。その代わり」

 月城大尉は、まっすぐにダユーを見つめる。

 対するダユーは、ただ冷たく、跪いた月城大尉を見下ろすだけ。

「―――私に、私の全てを満たすだけの力を。あなたにしか与える事の出来ない、人にとって未踏の力を、私に下さい」


「―――いいでしょう」

 ダユーは、冷たい、本当に冷たい笑みを浮かべて言った。

「三界を圧する獄族。その私に忠誠を誓うのか?語られる言葉の意味すらわからず、それでも尚、忠誠を誓うか?

―――愚かな狗の如く」


「―――御意」


「―――これでもか?」


 ガンッ!


 ダユーの爪先が、月城大尉の顎を捉えた。

 蹴り飛ばされた月城大尉が、洞窟の床を転がった。


「これで尚、私に振る尻尾を持つか?」


「……はい」

 口から流れる血を、グローブの甲で拭った月城大尉は、再び跪いた。


「幾度、どのような扱いを受けようと、私は、力を―――求めます」


「……よかろう」

 クックックッ

 ダユーの喉から、心底楽しい。そう言わんばかりの笑い声が零れた。

「―――同胞を全て敵に回すか?」

 その声は、楽しい。とはいえ、聞きたい声色ではなかった。

「私に忠義を誓うとは、人類全てを裏切るのと同じだ。それでも尚、私に忠義を誓うとは……これまでの全ての名声を地に落としてなお、私に尻尾を振るとは……とんだ忠義者だ!」

 ダユーは、笑いながら何度も頷いた。

「よかろう。私への忠義は信じよう。なら、私はお前に何を与える?何が欲しい?」

「―――力を」

「よろしい。ならば、私は、見返りとして上げましょう。三界最高最強の装備と―――殺しの快楽を―――」


 言いかけて、ダユーは自分のミスに気付いた。


「まず、名前を名乗りなさい」


「―――月城真菜」




「さぁ。博士」

 ユギオに促されたフェルミ博士が最後に見た月城大尉の姿。

 それは、這い蹲ってダユーの爪先に口づけする姿だった。



 最後の酒とはな?

 フェルミ博士は、ポツリと言った。

 破滅―――そういう意味なんだよ、大尉。



 自ら望んでいたのかは知らない。

 望んで最後の酒を飲んだのか。

 それとも、飲まされたのか。

 フェルミ博士は知らない。

 ただ、博士にわかることは、月城真菜が、人間として破滅したことだけだった。



「動きがありました!」

 牧野中尉からの声に、美奈代が顔をしかめたのも無理はない。


 この時点で美奈代達は、集落側に展開し、反面、メース達は集落から離れた場所にある祭祀施設を護る形で展開。

 両勢力は真っ向から対峙している。

 対峙して尚、決定的な事態が起きないのは、美奈代達が母艦を差し押さえられているからに他ならない。

 ここで、美奈代が何かしでかしたら、その代償は“鈴谷すずや”乗組員の命で支払うことになる。

 美奈代も、皆がそれを知っている。


 祭祀施設周辺に待機中のTACタクティカル・エア・カーゴが動き出そうとしていた。

「あれに、何が?」

「不明です。ただ、“お宝”があそこに運び込まれた。そう見て良いでしょうね」

「……リスクは覚悟の上ですか?」

「無論」

「“鈴谷すずや”の乗組員達に無駄な犠牲が出るかもしれませんよ?」

「……」

「そんなこと知ったことか、とか、思ってません?」

「思ってません」

「度胸がないんですね」

「常識はあります」

「嘘おっしゃい……あら?」

「どうしました?」

「津島中佐達が乗ったTACタクティカル・エア・カーゴが動き出しました」

「どこへ」

「祭祀施設の方へ!」

「柏達はどうしたの!?」



「―――成る程?」

 洞窟から出たフェルミ博士は、離陸していく魔族軍のTACタクティカル・エア・カーゴと入れ替わる形で着陸態勢に入った、見慣れたTACタクティカル・エア・カーゴを見上げた。

「護衛のメサイアの姿が見えないのは?」

「連中には、動くな。そう命じてあります」

「リスク回避は徹底している。そういうワケか?」

「その通り」

 ユギオは自信満々に答えた。

「まさかのことを考えると、我々だけでコトを運ぶことにはリスクが高すぎる」

「臆病者の戯言とも聞こえるが?」

「それこそ何とでも」

 ユギオは肩をすくめた。

「何でしたら、チャーター料位は負担しますよ?」

「大盤振る舞いで羨ましいな」


 二人の前で、TACタクティカル・エア・カーゴ背後にあるコンテナハッチが開いた。


「お師匠様!」

 ハッチから飛び出してきたのは、フェルミ博士の教え子達だ。

 二人は何故か、真っ青になって博士の下に駆け寄ってきた。

「お気を確かに!」

「施設にすぐに収容しますからっ!」

 二人は涙目になって声を張り上げるが、フェルミ博士には意味がわからない。

「何を言っているんだね?」

「博士が!」

 紅葉は言った。

「急性の認知症にかかったって!」

「脳がイカれたから、すぐに引き取りに来てくれと!」

 ガンッ!

 ガガンッ!

 フェルミ博士の両手の拳が、二人の脳天に炸裂した。

「人を何だと思っている」

「で、ですけどぉ……」

 脳天にでっかいタンコブを作った紅葉が泣きながら言った。

「もう、いいお年ですし……痛い……」

「それで認知症……だと?脳がイカれただと?」

「何で、僕の方がゲンコツが一発多いんですか?」

「理由を知りたければこっちへ来たまえ……」

 痛い痛いっ!

 子供達は、祖父に耳を引っ張られて近くの藪の中へと消えていった。

 あきれ顔でそれを見送った背後では、梱包された水晶柱をTACタクティカル・エア・カーゴのカーゴルームの中へと搬入する作業が始まっていた。





「……してやられたな」

 苦虫を噛み潰したのは、何も美奈代だけではない。

 あの後藤もだった。

「こっち側のTACタクティカル・エア・カーゴの発艦を許したのは、このためか」


「だから止めさせろと言ったのよ」

「その時にゃ、私ゃまだ、あんたと接触してないよ」

「このバカ息子に、止めさせろっていったのに」

「行ったのに?」

「何だか知らないけど、迷子になったとか行って、ノコノコ戻ってくるし」

「……成る程?」

 後藤は面白そうに、目の前で唇を尖らせて何か言いたそうにしている女の子に語りかけた。

「おじさんの言うこと聞いてくれたら、あのハンガーデッキで見た、髪の長いお姉さんの名前、教えてあげようか?」

「えっ!?」

 びっくりしたらしい少女の体がピョンッと飛び上がった。

「ほ、本当?」

「憲兵隊がね?ハンガーデッキに不審者。しかも子供がいるなんていうからびっくりしたけど―――まぁいいや。写真もつけてあげようか?」

「き、きくっ!」

 ガンッ!

 少女が頷いたのと、その側頭部に湯飲みが命中したのは、同時だった。

「このバカ息子っ!仕事を忘れて女に見惚れていた!しかも人間に姿見られたと!?」

「いやぁ……でも、オンナを見る目はあると思うよ?俺は」

 後藤は言った。

「まぁ、天儀に惚れるってのは―――ちょっと理想が高すぎる気がするけどねぇ」

「天儀って言うの?」

 少女は、それでも興味津々という顔で後藤に訊ねた。

 ヒョイッ。

 飛んでくる菓子皿を器用に避けた。

「天儀―――何?」

「下の名前が知りたかったら、おじさんの言うこと聞いてくれる?」

「いいよ?何?」

「ちょっと―――悪さしてほしいのさ」

「どんなこと?」

「こらっ!」

「お師匠様は黙ってて。僕の人生に関わる大切なことなんだから」

「斬首してやるから刀貸しなさいっ!それで人生終わりにしてやるっ!」

「後藤さん?」

「人生とは大きく出たねぇ……いいかい?」

 後藤は、少女の耳元で二言三言言うと、ポケットから取りだした何かを少女に手渡した。

「……えっ?」

 少女は、きょとん。とした顔になった。

「そんなんでいいの?」

「ああ」

 後藤は心底意地悪い顔になった。

「成功したら、ご褒美に名前どころかご縁を取り持ってあげよう」

「やるっ!」




「おや?」

 藪から出てきた相手を見て、ユギオは意外という顔になった。

 二人しかいない。

「肝心のフェルミ博士は?」

「そこら辺、散策してくるから好きにしろって」

 紅葉は言った。

「お師匠様、気まぐれだし、ここは、人類未到の地だから、興味深いんだと思う」と殿下も言った。

 ただ、その顔に生気はない。

「……ふぅむ」

 二人が嘘をついているのははっきりしている。

 ユギオは判断に迷った。

 ここでフェルミ博士を置いていくか?

 それとも―――。

「姫に一報は入れておくか」

 ユギオは、ポツリとそう呟くと、二人を促してTACタクティカル・エア・カーゴに乗り込んだ。

 彼がダユーから受けたのは、博士を人類に引き渡すこと。

 その約束は果たした。

 後で博士が何をしようと、自分の感知することではない。

 それが、ユギオの結論だった。


 それに―――


 ユギオは、ワイヤーで固定される水晶柱を見上げながら嬉しそうに微笑んだ。


「こいつの前に、人間一匹、どうということもあるまい」



 それが、彼にとってに正論なのだ。



「くそっ」

 美奈代は、離陸するTACタクティカル・エア・カーゴを苦々しく睨み付けるしかない。

TACタクティカル・エア・カーゴごと吹っ飛ばしてやろうか」

「“見通者シーカー”3人、しかも世界最高レベル、ウチ一人は国家元首。それを、ですか?」

「事故はあるものですが……」

 美奈代は言葉を飲み込んだ。

「責任は取りたくありません」

「それが理性と言うものです。覚えておきなさい」

「……はい」

「それで?」

「ここから、TACタクティカル・エア・カーゴのカーゴだけ狙撃出来ますか?」

「理屈上は可能ですけど、敵メースがTACタクティカル・エア・カーゴの上下を護衛しています。さらに、狙撃の報復として、TACタクティカル・エア・カーゴ乗組員達にどんな悲劇が待ち受けているかは考えたくないです」

「……ですよね」

 ハァッ。

 美奈代はため息と一緒に答えた。

「万事休す―――これでチェックメイトです」

「残念ですね」

「人質取られていたのです。まだ言い訳は立ちますよ」

「後藤隊長はどう動くと見ていました?」

「何ですか?いきなり」

「質問に答えて下さいな」

「……艦内で武力蜂起。各ブロックを完全確保の後、魔族を艦内から追い出す」

「それで?」

「その間に、私達が逆に魔族軍艦を制圧する」

「……本当に」

 牧野中尉は驚いた。という顔になった。

「―――ですねぇ」

「はい?何て言ったんです?声が小さくて聞き取れませんでした」

「いえ別に?今は気にする必要もないことです」

「……はぁ?」



「どうするのよ!」

 ユギオの見えないところで、紅葉が殿下の袖を引っ張ると、耳元で囁いた。

「お師匠様、いくら何でも」

「しかたないだろう?僕達に止められるはずもないじゃないか」

「薄情よ!」

「だったら、どうして君は止めなかったんだ」

「そ、それは」

「自分に出来なかったことを、人のせいにしないでほしい」

「っ!」

「―――僕だって辛いんだ」

 殿下は吐き捨てるように言った。

「自分だけ、特別扱いだと思わないで欲しい!そんなのは卑怯だ!」

「……御免」

「……」

「だけど……だけど……」

 ……ヒック。

「……紅葉さん?」

 殿下はびっくりした顔で紅葉の顔をのぞき込もうとしたが、

「……ちょっと、トイレ行ってくる」

 紅葉は、殿下に顔をのぞきこませるまいとして、トイレに向かって駆けだした。

「……おい」

 殿下は、呆然として、お付きの武官に訊ねた。

「僕は、何をしたんだ?」

「殿下達に何があったかは存じません」

 武官は答えた。

「しかし、何か、思いの上でやり場のない出来事があったと拝察します。紅葉さんは、その思いを、殿下に向けてしまった。年下である殿下を年齢的にも立場的にも護るべき紅葉さんは、それに気付いた時、思いが胸の中で爆発した。そんなところでしょう」

「つまり―――僕は」

 殿下は言葉が出てこない自分にじれったそうに、言葉を一つ一つ選びながら言った。

「僕は、何も、悪いことをしていない」

「いえ?」

 武官は答えた。

皇后エトランジュ様がこの場にいらっしゃったら、きっと殿下をお叱りになったでしょう」

「何故?」

「殿下は、年下とはいえ、男性です」

「それで」

「男性は、ああいう状況に立った時、女性を護るべきです」

「どうすればよかったというのか」

「それを知るのが、男の子が男になる一歩でしょうな」

「……そうか」

 殿下はしばらく考えた後、訊ねた。

「トイレに行って、慰めてきた方がいいかな」

「やめておくべきです。感情が収まったら、普段通りに接してあげるのが優しさでしょう」

「そういうものか?」

「そういうものです」

「―――なら」

 コホン。

 殿下は咳払いした。

「お前にも一つ、覚えて置いて欲しい。ただ、出来れば母上には内緒にして欲しいが」

「何ですか?」

「今日、この日、この時間、この瞬間を覚えていてくれ」

「それは何故?」

「―――今」

 殿下は頬を赤らめて、そして言った。

「僕は生まれて初めて、女の子を泣かせたのだから」





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