カナンの渦の向こうで 第三話
「本来なら」
美奈代達と共に、走り去っていく少女達を見守っていた殿下は、残念そうに言った。
「着陸して話を聞きたいところだが」
「そうねぇ」
おでこに冷却シートを張り付けた紅葉は小さく頷いた。
「……何よ」
ジッと見つめる視線に気付いた紅葉は、恨めしそうに殿下を睨んだ。
「そんなにおかしい?」
「可愛いですよ」
ニコリと笑って殿下は言った。
「写楽保介みたいで」
「後で殴らせて」
「褒めたのに」
「女に対する褒め言葉じゃない」
「あなたの傷は勲章ですよ……って、紅葉さん?その拳銃は何ですか?」
―――こうしていると、本当に年頃の子供達なんだよなぁ。
悪ガキ二人組と、鬼の老教師。
三人のやり取りは、まさにそんな感じだと、白石はそう思って笑いをかみ殺していた。
ピピッ
魔族軍から渡された通信装置から反応が入った。
普通の通信装置の横に据え付けられ、バンドで固定された得体の知れない装置。
白石の前に座る通信兵がその装置を使って通信を開く。
「通信、入りました」
「何だって?」
「魔族軍のTACが着陸します。こちらは指定されたポイントに着陸しろとのことです」
「ポイントって、こっちの座標割と規格が一緒なのか?」
「マーカーを投下するから、その辺に着陸。その後は、こちらの指示があるまで好きにしろ―――とのことです」
「んなこと言ったって」
白石はちらりと紅葉達を見た後、
「紅葉様?あの―――」
「選択肢があると思っているの?」
言葉を遮るように言われた白石は、肩をすくめた後、通信兵に言った。
「指示に従え。マーカーを見逃すな?」
「了解―――新規通信入りました。魔族軍のメースが散開します。それまで、TACの護衛にメサイアの半数を寄こせと」
「これも選択肢があるとは―――ですか?」
「お師匠様にもしものことがあったらどうするのよ。……ったく、不愉快だけどね」
「不愉快と言えば、これ以上のことはないにしろ」
メース達が遠ざかっていくのを不愉快そうに見送った美奈代は、ポツリと言った。
「魔族軍の護衛をやったなんて、国で知られたらどうなるかしらね」
「クビになったら」
涼は嬉しそうに言った。
「私が面倒見てあげますからぁ♪」
「……そうしてくれ」
「はいっ♪幸せにしてあげますからね?お姉さまぁ《はぁと》」
「今、この瞬間に幸せが欲しい」
「ですけどぉ。さすがに公開プレイは……でも、お姉さまが望むなら……私ぃ」
「頼む涼。少しだけ現実に帰ってきてくれ―――それより宗像」
「悪いとは思っている」
美奈代の言葉を遮るように、早口で宗像は言った。
「私にも思うところがある。今は、それしか言えない」
「あの、金髪の美人さんのことか?」
「……」
「……お前。まさか」
「―――なんだ」
「どこかで会ったことがあるとか言わないだろうな?」
「さぁな」
「そう即答するのが怪しいが……」
美奈代は心に何かがひっかかった。
「……お前、あの時」
「周辺の警戒はどうなっているんだ。魔族の護衛も出来なかったなんて、ギャグにもならんぞ?」
宗像は、舌が回り切れていない程の早口でそう言うと、一方的に通信から外れた。
―――おかしい。
そう思わないはずがない。
宗像も指揮官だ。
美奈代に次ぐ指揮権―――指揮官としての責任がある。
魔族とのトラブルを恐れた美奈代が、魔族のTACを護衛することを引き受けたとなれば、後任の指揮者は宗像になって当然なのだ。
ところが、宗像は自分も行くと言い切った後、美奈代の命令を待たずに魔族軍のTACへとむかってしまった。
命令違反なのは明白だ。
とはいえ、月城達が心配とか、そんなセリフが聞こえてくるとは、その雰囲気から全く思えない。
美奈代は、不意に自分のポケットのボタンをつまんだ。
あの時―――
そう。
あの時しかない。
宗像は、チベットで―――
「馬鹿なこと」
美奈代は、脳裏に浮かんだ推測を、頭から追い払った。
「そう……考える必要もない!」
数回、強く頭を左右に振った美奈代は、まるで逃げるように牧野中尉に語りかけた。
「中尉。この時点で、メースが動くということは」
「―――そうです」
牧野中尉は、ケースからアンプルを取りだしながら頷いた。
「考えなくて良いですよ?少し、アタマ冷やしましょうか」
「はっ?」
「なんか、一人でいろいろやり出したから、お疲れだと思うんですよ。これ一発、プチュッと注射すれば、ぐっすり休めますから―――“さくら”?」
「何考えてるんですか!」
「安心してください。精霊体は簡単な治療が出来ます。当然、注射なんてお手の物で」
「便利なんですねぇ……じゃなくて!」
「開発局のっていうか、津島中佐の特製です。結果は保証しないそうですけど」
「私、薬殺される程の問題行動はしていませんっ!」
「言い切れますか?」
「……た、多分」
「ほらそこが」
「中尉っ!」
「……わめけば済むって問題はありませんよ?メースが動いたのは、連中もまた、ここに何があるのか、どこにあるのか。決定的な情報を持っていない良い証拠のようなものです」
「連中、一体?」
「私達を泳がせて、そして今、それを手に入れようとしている」
牧野中尉は答えた。
「かなりのリスクをあえて受け入れる。つまりそれは、目指すモノが魔族軍にとって、それ程大切な代物―――そういうことですね」
「―――で」
「はい?」
「私、出撃前からすっごく気になっていることがあるんです。もし、知っていたら教えて下さい」
「……何です?」
「後藤隊長は、どこに隠れたんです?」
「臆病な人ですから」
「卑怯―――そうは思いますが」
美奈代は言った。
「あの人は臆病という言葉からは縁が遠いと思っています」
「まぁ」
牧野中尉は目を細めて微笑んだ。
「あの人が聞いたら喜ぶでしょうね。ところで。どうして私に聞くんです?」
「カンです」
「カン……ですか?」
「はい」
「……」
牧野中尉はしばらく考え込んだ後、言った。
「まぁいいでしょう。でも、聞く必要もないでしょう?」
「あの人は」
美奈代は天を仰いだ。
「そういう所が恐いんですよねぇ」
「でしょう?」
そう言った牧野中尉は、心底楽しそう。と言わんばかりに妖艶に微笑んだ。
「でも、あの人も言ってました」
「何てです?」
「“俺達は、彼奴等の掌で踊っている気がする”って」
「……でしょうね」
深くため息をついた美奈代は、ぽつりと言った。
「それでも―――やる」
「人は」
牧野中尉は答えた。
「“それでも”やる。だからこそ、生き延びてきたんです」
「……了解」
「通信兵達には手はず通りにやらせなさい」
ダユーは通信装置を切った。
「反応は?」
「今、フェルト騎のセンサーが拾いました!」
オペレーターが歓声を上げた。
「反応、間違いありませんっ!」
艦橋に驚きの声があがる。
「おおっ!」
ユギオも興奮気味に席を立った。
「これで―――全てが動き出す!これからが始まりだ!」
「……さてさて」
対するダユーはその端正な顔をしかめ、シートの背もたれに体を預けた。
「そう簡単に問屋さんが卸してくれるかしら」
「何を言ってるんです?」
ユギオが訊ねた。
「もう、あと一歩なんですよ?」
「場所はどこ?」
「集落の端―――えっと」
オペレーターは答えた。
「どうやら、その造りから祭祀施設のようです」
「成る程?」
ダユーは楽しそうに微笑んだ。
「祭祀施設を封印の蓋にした―――あの捻くれたチンチクリンが考えそうなことですこと」
「どうするんです?」
「艇長―――針路をとりなさい。あのチビちゃんのオイタにつきあってあげましょう」
クシャンッ
クチャンッ
室内にそんな可愛い音がした。
「ったく……連発?誰か噂してるわね」
「お師匠様」
「……何?」
「最後に聞きますけど」
「だから、何よ」
「僕達、本当にここにいていいんですか?」
「信仁はいいって言ったわよ―――お茶」
「はぁい。後藤さんも、もう一杯、どうですか?」
「もらうとしよう―――それにしても、こんな所があるなんて、艦長も知ってるのかね」
「この区画は、私達のためだけに修理のどさくさ紛れに作られた代物。知っているのは後藤さんだっけ?あんたと私達を除けば、信仁達だけよ」
「ははっ……あんた達にゃ、最大限の便宜を払うように詩織様から命じられていますけどね」
「詩織も、“ここ”で使い物になる狗を飼ってるなら、さっさと言えばいいものを」
「こいつはどうも……おやおや」
場所は和室というか、ほとんど安アパートの一室といった風情の部屋。
作りつけの台所があって、ユニットバスがあって、卓袱台が置かれている所に四人が座って、卓袱台に置かれたお菓子なんかをつまんでいる。
大学生あたりが下宿に使っている類のアパートを連想すれば、それで大凡間違いない。
電車やチャルメラが聞こえてくればお似合いだと、皆が思うだろう。
都内のアパートにいます。
事情を知らない人がそう言われれば、全員が納得するだろう。
そんな室内にいる四人の内の一人は、あろうことか、あの後藤だ。
「魔族が来た時にトイレに入り込んでいてよかった」
「悪運の強さは生き残る必須要件よ。それで?」
「いえね?俺がとやかく言わなくても、外に出ている連中が騒ぐだろうし」
「……いざという時は」
「いざという時は?」
「人間の一人として“コイツ”を使うけどね?ほら、お茶が終わったら用意して」
「本当にいいんですか?」
「私に文句言わない」
「はぁい」
「TACが移動します」
美奈代達の目の前で、魔族軍のTACが浮上。針路を南にとった。
美奈代達に選択肢はない。
TACの周囲を固める以外、何が出来るわけでもない。
海岸線に沿ってTACは高度をとる。
「連中、どこへ?」
「目的地は―――」
TACが高度を下げたことから、牧野中尉は見当をつけた。
「あそこじゃないですか?」
「あそこ?」
美奈代が目を凝らした先。
それは、さっきの丘の下。
よく見ると、そこには木と石で作られた質素な家が建ち並ぶ小さな集落があった。
「……あれは」
グンッ!
「きゃっ!?」
騎体が激しく揺れ、すぐ間近をメースが数騎、突き抜けていった。
「何てことすんのよ!」
「一体」
牧野中尉が悔しそうに呟いた。
「接近するまで反応、まったくありませんでした……どういう技術をしているんでしょうか」
「反応がない?」
「レーダー、センサー、共に全く」
「チベットの時も」
美奈代はポツリと言った。
「そうでしたよね?中尉」
「はい」
牧野中尉は固い表情のまま頷いた。
「宗像中尉騎が撃破されるまで―――いえ」
中尉は、そこで言葉を句切った。
「戦闘中も、かなり接近するまで、一切の反応を感知出来ませんでした」
「……今回の接触で」
美奈代はポツリとこぼした。
「津島中佐達が、対策の見込みだけでも得てくれればいいんですが」
「……期待薄ですけど、願いたい所ですね」
メース達は、美奈代達と通信する装置を持っていないらしい。
手でしきりに“下がれ”という仕草を繰り返している。
こういうのは、意外と一緒なんだなぁ。と、美奈代は変に感慨深いモノを感じた後、皆にTACから離れるように命じた。
メース達に護衛されたTACが着陸したのは集落から少し離れた場所。
林の入り口に当たる広場だった。
TACからは武装した兵士達が次々と飛び出し、その周辺を固めていく。
美奈代達は少し離れた場所に着陸して、事態の推移を見守るしかない。
兵士達に護衛されるように、TACから降りてきたのは、あの金髪の女性と、月城大尉達だった。
毅然とした。
少なくとも月城大尉の態度は、そう評価出来るはずだが、美奈代はため息しか出てこなかった。
血走った目。
歩き方からまで苛立ちが伝わってくる態度。
暴れていいと言われれば、問答無用で暴れ出すだろう。
それほど、月城大尉は美奈代の目にも余った。
正直、ご意見番として期待していたが、今、意見を聞くどころか会話もしなくない。
まして、部下として使いこなせる自信は、美奈代にはなかった。
―――ここで死んでくれれば。
ふと、そんなコトを考えて、美奈代は自分にため息をつくしかなかった。
月城大尉達が林の中へと消えていったのと、集落から住民達が飛び出してきたのは、同じタイミングだった。
耳の尖った、奇妙な姿をした住民達が集団でTACに詰め寄り、林の中へと向かおうとして、阻止する魔族軍兵士ともみ合いになった。
「ちょっと……」
美奈代が呆れる目間の絵では、魔族軍の兵士の一人が、恰幅の良い男を突き飛ばし、或いは兵士達が男達に逆に押し倒されそうになっている。
兵士達は、何とか住民を林の方角へ行かせまいとスクラムを組んで阻止に賢明だ。
集音マイクが、男達の怒鳴りあいを拾ってくる。
「これ、何が起きているのよ」
「地元の人達」
牧野中尉は、住民達の背中でしきりに動く尻尾を見ながら、ぽつりと言った。
「あの人達が人でしたら……余計なことですね。とにかく、地元の人達にとって大切な施設か何かが林の中にあって、そこに行くのを止めたい―――そんな所では?」
「林の中には何が?」
「センサーの反応では、石造りの施設があるようですね」
「……石造り……ですか」
「反応からすれば、重要な貯蓄施設か、あるいは祭祀施設かもしれませんね」
「成る程?」
パンッ!
破裂音がしたのはその時だった。
「―――えっ?」
何が起きたかわからない美奈代の前。
さっきまでもみ合いになっていた兵士達と住民達が、共に動きを止めていた。
ボウガンを構える兵士の前に、体格の良い住民が仰向けになって倒れている。
兵士は、何が起きたのかわからない。といわんばかりにしきりに周囲を見回している。
もみ合いの中、思わずトリガーを引いてしまった―――いわば事故だ。
「バカが」
美奈代は舌打ちした。
「住民とのもめ事やってる時に銃に手をかけるバカがあるか」
何が起きたかを理解した住民達が、怒りの叫びをあげながら兵士達に襲いかかり、耐えられなくなった兵士達が次々と武器にを手をかける。
一瞬で、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
逃げる住民達に兵士達は容赦なくトリガーを引いた。
住民達が血みどろになって地面に倒れていく。
それはまるで、強風になぎ倒される稲穂のようだった。
「バカがっ!」
住民達の中に巻き込まれていたんだろう。
年端もいかない女の子達が逃げ出そうとしていた。
一人が、何かに躓いて転んだ。
兵士達が、その少女に狙いをつけたのか、美奈代にはわかった。
―――間に合うか!?
下手に住民と兵士達の間にメサイアで割り込めば、望まない犠牲を生み出しかねないことはわかっている。
だが、美奈代は体を、衝動を止めることが出来なかった。
「和泉っ!?」
「お姉さまっ!」
宗像達が驚いている間に、美奈代と祷子が動いた。
「ったくっ!」
宗像が斬艦刀を抜刀し、涼騎がHMCを構えた。
対するメース達も一斉に抜刀。
メースとメサイアが武器を持って互いににらみ合う状況が生まれた。
だが、美奈代にとってそんなことはどうでもいい。
美奈代にあるのは、
女の子を救いたい。
ただ、それだけだ。
その美奈代の目の前で少女達めがけて魔族兵は容赦なくトリガーを引いた。
「くそっ!?」
集中砲火で少女達が挽肉になることを覚悟した美奈代だったが、
「―――えっ?」
唖然として、操縦の手を止めてしまった。
魔族兵達は、数十発の魔力攻撃を少女達めがけて放ったのは、美奈代も見ていた。
それなのに、少女達は全く無事。
互いに抱き合って震えていた。
「な、何が起きたの?」
驚く美奈代が発見したのは、少女達の前。
そこには、小さな女の子が立っていた。
銀髪をポニーテールした、小柄な女の子。
ただ、その服装は、地元の住民のそれではない。
白いウィンドブレーカーにジーパン姿のラフな格好。
つまり、地元の住民ではない。
それでも、立ちふさがった以上は敵。
魔族兵は、どうやらそんな判断に立ったらしい。
雄叫びをあげなから、兵士達は狂ったように少女めがけてトリガーを引き続ける。
魔力の爆破の連鎖が、数十秒に渡って少女達を包み込む。
メサイアだって無事では済まないだろう、魔力攻撃に集中砲火。
美奈代は、何かの間違いで生き延びた少女達が無惨に死ぬ光景を連想して背筋が寒くなった。
なんとか割り込んで助けたかった。
しかし、あちこちに転がる住民達の死体、或いは重傷者を踏みつけかねない危険性を考えると、近づくことさえ出来ない。
メサイアの図体のデカさが恨めしかった。
「和泉―――こりゃ、事態は最悪だぞ?」
「虐殺を黙って見殺しにしろと!?」
「そうは言わんがなぁ……」
「お姉さま。指示を下さい!」
涼が怒鳴る。
「こいつら、皆殺しにしてやる!」
「―――やめなさい」
通信装置に、物静かな。しかし、絶対的なまでの力が籠もった声が聞こえたのはその時だ。
「単なる事故です。これ以上は望みません」
「これで事故か?」
美奈代は、自分の騎の周囲に転がる住民達の死体を前に、言葉が出てこない。
「これで、事故だというのか?」
「その通り」
自分のつぶやきに答えられた美奈代は、コクピットの中で飛び上がって驚いた。
「き、聞こえているの?」
「通信は全てモニターされています。下手な発言は命取りですよ?いいですか?これは事故です」
「無抵抗に近い住民を殺しておいてよくも言う」
美奈代は言った。
「説得することだって出来たはずだ!接触して、説得して、そうすれば無駄な犠牲は」
「私達は」
通信の主は冷たく言い放った。
「ここの住民達の創造主―――つまり、この住民は、私達の道具に過ぎません」
「なっ!?」
「あなたも人ならば―――そうですね。豚とか牛とか食べるでしょう?人間によって交配された両親から計画的に生み出された生命―――それを屠る時に一々、方法とかを交渉したことが一度でもあるんですか?」
「それこそ詭弁じゃない」
言い返そうとして、美奈代は、この相手に自分風情では口で勝てる自信がないことをどこかで悟っていた。
「被造物って……何よ。この人達はモノだというの?」
「つくり主からすれば―――そういうものです。いい機会ですから。住民を遠ざけてくださいな。翻訳装置はすぐに届けます。それに」
クスクス。
奇妙に艶っぽい笑みが、美奈代の神経を逆撫でする。
「よくご覧なさい―――虐殺の被害者は、生きているじゃないですか」
「……えっ?」
美奈代は目を凝らした。
先程の攻撃によって生じた爆煙が立ちこめる中。
転んだ後、抱き合ったまま震えていた少女達。
その前に立つ、ウィンドブレーカー姿の少女まで含めて、誰一人として、傷ついている者はいなかった。
「これは一体?」
「天界軍が動いた……というのとは違うようですね」
「えっ?」
「対暴徒用装備です。心配なら、住民達の治療を許可します。治療方法は、そこに現れた正義の味方さんにでもお聞きなさい。TACの中に待機している医療部隊も遣わせましょう」
「あ、あのっ!」
美奈代は思いきって訊ねた。
「さっきから、誰なんですか!?あなたは!」
少しの沈黙があった。
聞いてはいけなかったか?
そう思った美奈代が、何か言おうと口を開いた時、
「―――ダユー」
ポツリと、そんな声が聞こえた。
「ダユーと言います。以後、お見知りおきを」
「……了解」
薬が通じるかわからない。
しかし、せめて止血くらいは出来るだろう。
美奈代が頭に浮かべるのは、ダユーとかいう得体の知れない通信相手ではない。
住民達をどれほど助けられるか。
美奈代はコクピットのハッチを開いた。




