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カナンの渦の向こうで 第二話

「メサイアは一体、どこにいたの?レーダーは居眠りでもしていたの?」

「メサイアだけじゃないよ。涼。あんなデッカイ飛行艦が“鈴谷(すずや)”の300メートル手前に出現したんだよ?それまで、レーダーも見張りも、全っ然気づけなかったって言うし」

「……魔族の技術ってヤツか」

「ホントに」

 有珠ありすは、うんっ。と伸びをしながら言った。

「私達、よく勝ってますよね。そんな連中相手に」

「勝ってるというのは、自覚?錯覚?」

「自覚っていいましょうよ。軍人なんですから。小清水少尉ぃ」

「……そうね」

 何故か涼は、しきりに後ろを気にしていた。

「どうしたの?」

「宗像中尉は?」

 あれっ?という顔になったのはかおるだ。

「そういえば、中尉どうしたんだろ。普通なら医務室なら行くのに」

「看護長のコーヒーは宗像中尉好みのブレンドだから……すぐ来ると思ったのに」

「用事があるって……部屋行っちゃったし」

「うーん」

 腕組みして何事か考えるかおる

 どうせこいつのことだから、ロクなこと考えないだろうなぁ。と、涼は諦めに似た感情でなま暖かくかおるを見た。

「そうかっ!」

「……何よ」

「さっきだよ、さっき!」

「はぁ?」

「ほらっ!魔族のお姫様、あれ見たでしょう?」

「あの美人さん?」

「そうっ!あの人形みたいにスッゴイ美人だった人!」

「あれ、スゴいですよねぇ!」と、有珠ありすも興奮気味に割り込んできた。

「人形なんてもんじゃありませんよ!あんなの三次元にいたんだって感じで!」

「わかるわかるっ!コスメ何使ってんの!?みたいな!」

「……で?“アレ”と宗像中尉が部屋に籠もっている理由は?」

「だ・か・らぁ」

 ウププッ。

 かおるは口元を抑えて奇妙に思わせぶりに笑った。

「あんな美人だよ?“あの”宗像中尉が欲情しない理由がないじゃない」

「こらっ!」

「だってぇ。こんな艦内に押し込められて、中尉も欲求不満の中、あんな三次元を無視したような美人目の当たりにして、ついつい我慢できずに、一人でこっそりと」

「宗像中尉にチクるよ?―――失礼しまぁす」

 医務室のドアを涼が開けたが、

「―――あれ?」

 ドアは半開きのままで止まった。

 というか、涼がドアの所で立ち止まっているのだ。

「涼?どうした?」

 涼より頭一つ背が高い美奈代は、涼の頭越しに中をのぞき込んだ。

 そして―――


 そこに見たのは、


 ベッドの上で半身を起こしている紅葉と、

 紅葉へと爪楊枝に刺したリンゴを手にしたままの殿下。

 共に凍り付いてこちらを見ている。


「し、失礼しました」

 美奈代達は思わず敬礼して、すぐにドアを閉めた。





「医務室にも行けない……と」

 結局、あまりに気まずくて医務室から離れた美奈代達は、ブリーフィングルームで屯するしかなかった。

「でも」

 有珠ありすは興奮気味に言った。

「あの子、変わった趣味していたんですねぇ」

「というか、殿下、ここへどうやってきたんだろう」

「お見舞いってことでしょうね。殿下、意外と優しいじゃないですか」

「私もそう思うけどさぁ」

 かおるは、居合わせた全員の顔を見回し、ぽつりと言った。

「柏中尉達除けば、この中で一番進んでいるのって、実はあの子だったんですねぇ」

「私とお姉さまの関係は」

「涼……とりあえず、男女の話だ」

「そうでした。女女なら、私達はぶっちぎりですから♪」

「ぶっちぎりで、何か間違えている気がしないか?」

「全っ然っ♪」

「……平野、次から拳銃は川崎中尉に預けておけ。常時携帯を禁止する」

「いいんですか?」

「反乱防止……そんな所だ。少なくとも、私に銃口を向けるな」


「それにしても」

 寧々は顔をややしかめて言った。

「月城大尉―――どうするんですか?」

「……」

 今、彼女はここにいない。

 帰還するなり、コクピットから降りて自室へ一直線だ。

 誰とも会話すらしなかった。

 職務放棄に近い態度に、反感を感じたのは何も寧々だけではない。

「私が決めることではない」

 一番、彼女と対立するのは自分だ。

 そう思う美奈代は、顔を苦痛に歪めて言った。

「人事権は後藤隊長にある。私にはない」

「―――本音、やっていけますか?」かおるは訊ねた。

「私はちょっと……あんな態度とる人の側には」

「部下を失って、地位を失って……」

 美奈代は、涼からお茶を受け取った。

「転げ落ちていくと、人間、ああなるのかもしれないな」

「味わいたくないですけど、だからといって、私達がフォローしなくちゃいけないものなんですか?あの人、元エリート部隊の幹部でしょう?私達がフォローされてしかるべきじゃないんですか?」

「世の中、そう簡単には行かないさ……。怒りをあの人は必死に押さえようとしているんだ」

「お姉さま?」

 涼は、そっと美奈代の手の上に自分の手を重ね合わせた。

「それは、お姉さまも同じでしょう?」

「……ああ」

 美奈代は手を握りしめた。

「だが、フィアを諦めたわけじゃない。津島中佐は、救出に力を貸してくれると約束してくれた」

「後藤隊長の所に行きませんか?」

 有珠ありすが言った。

「ここがどこで、何が起きているのか。私達、何もわかりませんし、聞いていません」

「艦橋へは入れないぞ?魔族軍が艦橋を抑えている」

「報告とか何とか、理由があれば」

「……どうかな」

 渋い顔で、美奈代が湯飲みに口をつけた。

 食堂に配置されていた魔族軍の兵士が、所在なさげに美奈代達を見ていた。

 お茶でもあげたらどうかな。

 美奈代がそんなことを思った時だ。


 ジリリリリリッ!!


 艦内に緊急事態を告げるベルが鳴り響いた。

 艦内で火災が発生した場合最も使用されるベル―――つまり、艦内では火災警報として任地されている音が鳴り響いたのだ。

「何だっ!?」

 食堂に居合わせた乗組員達も、一斉を腰を上げた。


「艦長より全乗り組みへ達する。火災は発生していない」


 ベルが響き終わった後、美夜からの艦内通信が入った。

 火災警報ではないという。

 なら、この時点で?


「機関・航行要員を除き、艦内全乗組員は15分以内に第一ハンガーへ集合せよ。くり返す。艦内全乗組員は、15分以内に第一ハンガーへ集合せよ」


「……魔族からのお呼びでしょうね」

 有珠ありすが手を擦りながら言った。

「さてさて―――何があるのやら」



 美奈代達は全員、第一ハンガーへ集合した。

 魔族軍の命令とはいえ、集合に一人でも遅れたなんて恥ずべき振る舞いを、魔族軍にさらしたいと考える者は、艦内に誰一人存在していない。

 床に座る時、少し離れた場所に、月城大尉を見た。

 月城大尉は、こちらに視線を向けようともしない。

 整列の後、ひんやりとする床に座らされた美奈代達の前で、弾薬ケースの上に登った魔族軍の若い兵士がメガホンを手に怒鳴った。


 ―――志願者を集める。

 ―――希望者は名乗り出るように。


 美奈代がびっくりする程流ちょうな日本語でしゃべり続けた。


 ―――仕事と言っても、危険はない。

 ―――我々の指示に従って、ある場所に行ってくれればいい。

 ―――帰還と報償は保証する。

 ―――たった一回、我々の手助けをするだけで、これほどの金になるぞ


 魔族が腰のポケットから取りだしたのは、金の延べ棒だった。

 ザワッ。

 強制されるものと思っていた乗組員達の間からざわめきが起きる。


 ―――これが2本だ。

 ―――悪いことじゃないだろう?


 魔族は楽しげに、本人としては親しげに笑った。

 乗組員達は、互いに顔を見合わせている。

 結局の所、乗組員達は軍人だ。金を積まれても、こんな時に動けば処罰される。

 日本軍の中で最も規律違反が厳しいことで知られる近衛。

 しかも、賞賛する時は徹底的に部下を褒め称える反面、その真逆の厳しさでも知られる美夜の艦の中だ。


 ちょっと小遣い稼ぎで。


 そんな理屈が通じるとは誰も思っていない。

 金は欲しいが、罰は恐い。

 皆を躊躇させているのは、まさにそんな感情だ。


 ―――心配するな。

 魔族は言った。

 ―――このフネの艦長は、君達の協力を承認している。


 そう言っても。

 皆がどうしても、一線を越えられない。

 下手に名乗り出たら、周りからどういう評価を受けるかわからないのだ。

 後で、金に目のくらんだ裏切り者として報復されるかもしれない。

 金と命を天秤にかけるのは、正直、皆が嫌がるところだった。


 ―――男女二人―――最悪は強制的に連れて行くことになるが?


「―――私が」

 ハンガーに響いた声。

 皆が驚いて声の主を捜した。

 皆が驚いたのも無理はない。

 片手を挙げて、立ち上がっていたのは―――月城大尉だった。

「私がやろう」


 ―――女だな?


「……そうだ」


 ―――報償は先払いだ。


 魔族兵の一人が金塊を月城に押しつけた。

 月城は礼も言わずに金塊を脇に挟んだ。


 ―――あと一人。


 どうする?

 あの月城大尉が引き受けたんだ。

 だったら―――。


「失礼」

 次に響いたのは、冷たい声だった。

「艦乗組員ではないが、私では駄目かね?」


 片手を挙げているのは―――フェルミ博士だった。


 ―――問題ない。

 魔族兵は答えた。

 ―――必要なのは、人間だ。

 金塊を手渡しながら、人選があっさり決まったことに魔族兵は満足そうに微笑んだ。

 ―――連絡艇がすぐに来る。二人はそこに乗ってもらいたい。


「済まないが」

 フェルミ博士は言った。

「こちらからも一隻、出してはだめか?」


 ―――理由は?


「この地を調べたい。そちらの仕事に差し障らない限りで」


 ―――上層部に申請してやろう。

 ―――志願してくれたことへのせめてもの礼だと思ってくれ。



 上層部。

 つまり、ダユーからの返事はすぐに来た。


 許可。


 ただし、護衛のメサイアは人類側でつけるように。



「ったくさぁ」

 “白雷はくらい”の発艦準備をしながら涼は毒づいた。

「魔族ってのは、バカなの?それとも私達をよっぽど信頼しているっての?」


「足下見られているんだよ」

 コクピットに乗り込もうとして、美奈代は言った。

「もし、ここで魔族を相手にコトを起こしたら?下手すれば、私達はここから生きて出ることが出来ない。だから、私達がここで何かするなんて、魔族は考えていないし、出来るとさえ思われていない」


「……っ」

 涼は顔をしかめた。

 バカにされているにも程がある。


「感情的になるな。いつも通りだ。前衛は私と天儀―――天儀?」


 何故か祷子は、“D-SEED”のコクピットの前で、周囲をキョロキョロと見回していた。


「どうした?」


「……いえ」

 祷子は首を横に振った。

「何か、視線を感じたので」


「視線?」

 思わず、美奈代も周囲を見回すが、相変わらずの、見慣れた艦内の光景だけしか見えるものはない。

「何だ?」


「気のせいかも知れませんね」

 そうやんわりと微笑んだ祷子。

 その美貌を目の当たりにした同性の美奈代でさえ、その容姿は魅力的に見える。

 だから、

「まぁ……天儀なら」

 そう。

 誰か手すきな整備兵が、盗撮していたとしても、何もおかしいことはないのだ。

「無理もないか?」


「はい?」


「何でもない。気にするな」


「―――ところで、大尉」

 寧々の声は苛立っていた。

「月城大尉のことは、どう考えていいんでしょうか」


「自己犠牲だよ」

 美奈代は答えた。

「自分が犠牲になることで、誰も罪を被らずに済む―――そんな発想だよ」


「……本当にそうでしょうか。私、何だか、とてもイヤな予感がするんですが」


「鬼龍院中尉は」

 美奈代は悲しげにため息をついた。

「カンが鋭すぎるな」


「……」


「あの人は、完全に自暴自棄になっている。ここで死ぬならそれでいい。好きにしろ。多分、あの人にあるのは、そういうことだと思う」


「もし、無事に帰ってきたら?」


「後藤隊長には頼んでみるよ」

 ちらりと、美奈代は寧々をモニター越しに見た。

「中尉の切望に耳を貸してもらうように」


「私の?」

 寧々は思わず自分を指さしてしまった。

「それは?」


「都築達とトレードしてもらえないか―――そういうことだ」


「ちょっと待って下さい」

 心配そうに割り込んできたのは有珠ありすだ。

「もう一人、追放された人、いませんでしたか?」


「人員に余裕が欲しいのは本音だからな」

 美奈代は何でもない。という顔で答えた。

「特に、私達は女ばかりだ―――わかるだろう?」

「そういう時、代理してくれるなら」

 かおるが言った。

「大の字つけて感謝です」

「そうですよね」涼も頷いた。

「私、結構キツいんで」

「そういうことだ―――大尉に悪いが、人柱になってもらおう」

 美奈代は、機動シークエンス中の手を止めた。

「いいか?これ、月城大尉には言うな?大尉を追いつめてしまうからな」

「了解」

TACタクティカル・エア・カーゴが発艦します」

「殿下と紅葉が乗ってるのか?」

「ああ。フェルミ博士だけじゃなくても、ここは徹底的に調べたいそうだ」


 この世界で人類の英知が及ばないとされる場所に行きたければ、何も宇宙まで足を運ぶ必要はない。

 飛行機か船さえあればいい。


 “大渦おおうず


 そう呼ばれた所に行けばいい。


 あってはならない所で生み出される激しい渦潮。

 それは、海洋学者から始まって、多くの学者を悩ませ続けている不可思議な現象だ。


 たかが渦潮と思うだろう。


 だが、その最大直径が800キロといえば、どうだろう。

 しかも、場所によっては、巨大船舶を飲み込み、空を飛ぶ航空機を墜落させるすさまじさから、地獄へ引きずり込む“地獄門ヘルゲート”がその英名として与えられているとすれば?

 その激しい海流と、航空機を墜落させる現象は、気候や海流の流れなどで説明できるはずもなく、とどのつまり、そのメカニズムは誰にも説明出来ない。

 一応、重力をねじ曲げるほどの魔力兵器使用の名残とか、気象コントロール技術暴走の結果という二つがよく語られるところである。


 日本周辺では、1928年12月7日、横須賀奇襲を目指す合衆国艦隊が、針路状に発生した渦に巻き込まれ、艦隊ごと壊滅した千島沖大渦群ちしまおきおおうずぐんや、大陸との交易上の障害となり、13世紀の元による日本侵攻を阻止したとさえいわれる対馬大渦群つしまおおうずぐんが存在するし、世界的には他に6カ所ほど存在する。

 共に渦潮の大きさは最大で10キロ程度の上、航空機による上空の通過も可能だが、南太平洋に存在する、“カナンの大渦”と呼ばれる渦潮については話が全く異なる。



“カナンの大渦”


 直径800キロとされる巨大な流れに巻きこれれば、強い潮の流れに逆らえず、10万トンを超える巨大船舶でさえ航行の自由を奪われ。二度と戻ってこない。

 渦の中心へ近づけば近づく程、電波が妨害されるため、レーダーは使い物にならず、通信も出来なくなるため、脱出出来なくなる謎の現象も起きる。


 17世紀の大航海時代に発見されて以来、その存在故に南太平洋をして“青き墓場”とか、“エメラルドの地獄”と船乗り達に言わしめ、航空機が発明されるまで、人々は外縁に近づくのが精一杯だった悪夢の存在。


 とはいえ、その航空機でさえ、渦の中央に達することは出来なかった。

 数十機、いや、百を超える命知らずのパイロットの駆る航空機が、大渦の中心を目指し、そして、その多くが帰ってこなかった。

 人類が、それでも中心部に何があるのか、朧気ながらにも想像できるようになったは、数少ない生還者であるパイロットが持ち帰った写真による。


 パイロットは言う。


 写真を取るのが精一杯だった。

 計器類は全て狂い、ジャイロとワルツを踊り続けた。

 引き返せたこと自体が、神の奇跡だと信じている。


 そこまで言ったパイロットが持ち帰った写真に映し出されていたモノ。


 それは、天にまで伸びる巨大な積乱雲の一部だった。


 直径150キロに達する巨大すぎる雲の壁。

 その巨大さ故に、壁の全体像を知るまで数十回の飛行と、数名のパイロットの犠牲の元、やっとわかったのはサイズだけだ。

 何しろ、近づけば、特にジェット機は確実に墜落する。

 プロペラ機でも、計器類を狂わされた状態で数百キロのフライトは自殺行為だ。

 それ故に、20世紀半ば以降、周辺は航行・飛行禁止区域に指定されて以降、その巨大さに畏敬をこめて“龍の巣”と呼ばれた積乱雲は、地上最後にして最大の“禁断の領域”とされ、現在に至っている。



 美奈代達は、そんな人類未到の地にいた。



「外部温度摂氏25度。空気に毒素なし……って、私、いつから」

 涼は面白そうに言った。

「冒険家になったのよ」


「ジョーンズ博士でも連れてくれば喜んだんじゃない?」

 かおるが苦笑気味に言った。

「彼より厄介な学者先生なら、そこのTACタクティカル・エア・カーゴにいるけどね」


 涼はチラリと自分の斜め前方を飛行するTACタクティカル・エア・カーゴを見た。

 場所が場所だ。学者先生も探求心が抑えられないんだろう。

 そう思うと、口元がゆるんでしまう。

 帰ったら、センセイ達の講義を聴いてみるのも面白いだろうな。

 ふと、そう思った涼の耳に、有珠ありすの驚いた声が届いた。

「和泉大尉。10時方向。丘の上!」


「何だ?」

「ヤギと思われる群がいます」

「ああ。本当だ。あれ、ヤギか?」

 美奈代には、ヤギとは白くてメーと鳴く程度の知識しかない。

 茶色の長い毛に覆われた曲がった角のある四つ足の獣たちが集まって草を食べている。

 青い空に美しい緑の絨毯の敷かれた綺麗な丘陵。

 まるで写真のようだな。

 美奈代はそう思った。


「いや、それだけじゃなくて」

 有珠ありすが言った。

「群の中心にいるの、あれ、人じゃないですか?」

「人?」

 美奈代は、えっ?となって目を凝らした。

 美奈代の瞳孔の動きに連動して、“死乃天使”のカメラがズームとなって丘の上に向けられた。


 有珠ありすの言うヤギの群の中。

 白っぽい何かが立っていた。


 それは―――人。しかも、年端もいかない女の子だ。

 青白い髪に白い肌を装飾の施された白い服に包んでいる。

 白い服は、穴に首を突っ込む、スモックに近い造りをしているのが不思議とわかった。


 少女はヤギの群の中で、ポカン。とこっちを見つめていた。


「こんな所に、人がいるのか?」

 美奈代が驚いたのも無理はない。

 ここは人類未到の地のはずだ。

 そこに人がいるなんて、信じられない。


「あれ、女の子ですよね」

 かおるも気付いたようだ。

「でも、あの子―――ヘンですよ」

 丘の下から駆け上がってきたのは、多分、女の子の関係者だろう。

 年上のお姉さんという感じの女が、女の子を抱きしめると一目散に丘の下へ向かってかけだした。

 そのせいで、美奈代はかおるの言う“ヘン”の意味がわからなかった。

「どう、おかしかったんだ?平野少尉?」

「あの子」

 通信モニター上で、かおるは両手を耳に添えた。

「耳がこんなになってました」

「えっ?」

 美奈代はきょとん。とした後、かおるを真似て自分の耳に手をつけた。

「こう?」

「そうです。こう」

「……何の冗談?」

「大尉が、ゲームやマンガご存じなら楽なんですけど」

 かおるは困った。という顔で言った。

「―――エルフってご存じですか?耳の長いファンタジー世界の住人」

「エンジンオイル?」

「何ですか。それは―――とにかく」

「耳がとんがって長いんです」

「それがエルフ?」

「……それにそっくりなんですけど」

「それだけじゃないですね」

 寧々が言った。

「服の後ろから尻尾が生えてました」

「装飾品じゃなくて?」

「狐のそれに近い……あんな動きする装飾品があれば、私、見てみたいです」

「……人間と断定することは無理、か」





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