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カナンの渦の向こうで 第一話

 ゆがみの先。

 そこに広がっていたのは、北米大陸の地平線ではなかった。

「こ……ここは?」

 ユギオは目を凝らして周りを見た。

 そこには、地平線なんてどこにもない。

 あるのはせいぜい、水平線だ。

「座標の確認急げ!」

「必要なら、人類側の艦艇にも問い合わせ―――いや、人類にもやらせろ。そっちの方が近いっ!」

 天壇所属艦“エーラスティア”の艦長達が矢継ぎ早に命令を出し続ける中、ダユーは面食らった様子で言った。

「なんだ……ここか」

「ご存じなのですか?」

「艦長?人類に指示を出すだけ無駄です」

「はっ?」

 ダユーの突然の言葉に、艦長は面食らった顔で訊ねた。

「失礼ですが―――姫?それは一体」

「人類は」

 ダユーは嬉しそうに微笑みながら言った。

「この地には、足を踏み入れたことはないでしょうからね」



「GPSがダウンしただと?」

「GPSだけではありません。他の衛星とも一切通信不能」

「他の衛星ともか?」

「はい。現在、帝国の他の衛星との通信も試みていますが」

 モニター上のCIC長は、背後に立つ魔族をちらりと盗み見た後、「この状況では」と、小さく肩をすくめた。

「……しかたない」

 美夜は顔をしかめて頷いた。

「CIC長、何か動きがあったら伝えてくれ。副長、すまんが座標の割り出しを頼む」

「これを使うのは、本当に久しぶりですな」

 高木が艦橋の端に置かれていたケースから取りだしてきたのは六分儀だ。

 天体の高度や角度を測定する航海計器で、天体の高度を正確に測定すれば、例え大洋中の船であろうと、地球上における自己の位置が正しく割り出せるので、古くより遠洋航海の必需品とされてきた。

 元々、航海術に長けていた高木にとって六分儀は得意技で、何故か美夜にとっては大の苦手な代物だ。

 近衛飛行艦隊有数の技術者と言われる高木がこの場で観測を任されるのは、何も力関係ばかりではないのだ。

「山アテもしませんか?」

 六分儀を準備しながら高木が言うと、

「……それもしたいんだが」

 美夜はしきり首を傾げ続けた。

「この地形は……環礁だぞ?」

 “山アテ”は、地形の特徴から現在位置を把握する方法だが、美夜はこんな奇妙な地形を見たことがなかった。

 翼を丸めた鶴のように円状に広がる陸地の特徴は、日本海軍が根拠地に用いているトラック環礁のそれとそっくりだ。

 トラック環礁と決定的に違うのは、鶴の本体にあたる部分に大きな島が存在することだ。

 元来、環礁とは珊瑚礁が沈降して出来る存在。つまり、環礁に巨大な島が存在すること自体が希なはずだ。

 だが、しっかりと高い山をいただく島が、そこにはあった。

 美夜は、こんな奇妙な地形を見たことはなかった。

「―――失礼」

 艦橋に入ってきたのは、フェルミ博士だった。

「津島中佐の容態は?」

「軽度の脳しんとうを起こしているだけです。それより、現在位置は?」

「ここが地球上であると仮定するならば」

 美夜はフェルミ博士に予備シートを勧めながら、視線だけは船窓の外に向けていた。

「―――不明。全く不明です。こんな謎めいた地形は見たことがない。副長?割り出せたか?」

「もう少し、お待ち下さい」

 高木は六分儀から顔を離すと、操舵士に声をかけた。

「小野少尉。代わってくれ」

「はっ。しかし、どうしたんですか?」

 小野少尉は、艦の操舵席を離れて六分儀を高木から受け取った。

「30年近く、六分儀訓練も百件以上指導してきたが、今度ばかりは自信がなくなった」

「まさか」

 小野少尉は六分儀を準備すると測定にかかった。

「六分儀の鬼とまで言われた副長の測定が外れるはずないですよ」

 GPSに依存しすぎることで、艦の居場所がわからなくなることは、あってはならないことだ。

 それは何も海軍の艦艇に限ったことではない。

 例えば、不運にも艦が沈没し、脱出ポッドで漂流する可能性がある飛行艦乗り達も同じなのだ。

 つまり、飛行艦乗りである以上、六分儀はある程度扱えて当然のこと。

 艦橋では高木に次いで六分儀に慣れているのが小野少尉なのだが……。

「……」

 何故か、小野少尉もまた、高木と同じく測定を何度もやりなおしている。

「どうだ?」

「……」

 小野は困惑した顔で首を横に振った。

「正直、自分の測定結果に自信が持てません」

「私の測定結果はこれだが?」

 高木は、自分が測定した結果を書いたメモを小野少尉に手渡した。

 それをチラリと見た小野少尉が、驚いた顔で高木に言った。

「副長もですか!?」

「ああ。小野少尉まで同じだというなら、この結果が真実なんだろう」

 高木は頷くと、美夜に敬礼した。

「艦長。本艦の現在位置がわかりました」

「随分、時間がかかったな。どういうことだ」

「……本艦の現在位置は」




「カナンの大渦?」

 ユギオは、その名前に聞き覚えがなかった。

「何ですか?そりゃ」


「ご存じありません?」

 紅茶を勧めながら、ダユーは小さく笑った。

「少しは有名なところ何ですよ?」


「誰にとって有名なんですか?」


「この人間界」

 ダユーは艦長席の隣に用意された席にゆったりとした仕草で腰を下ろした。

 心地よい香りが艦橋乗組員の鼻腔をくすぐる。

「領有権を確保しているのは、何も魔族と神族だけではないのですよ?」

「は?」

「あまりに主張が弱いから、知らなかったでしょう?」

 ダユーは悪戯っぽい仕草で口元を抑えた。

「ここは、神族の土地でも魔族の土地でもない。ここは、私達、獄族の土地です」


「しかし」

 ユギオは“信じられない”という顔で反論した。

「先の休戦協定以来、魔族も神族も人間界の土地を放棄した。獄族が……」

 何故か、ユギオはそこまで言って、“あっ!”といわんばかりに口を開いた。


「わかりましたか?」

 してやったり。

 そんな笑みを浮かべ、ダユーは頷いた。

「獄族は、先の休戦協定締結に参加していてません。というか、人間界での神族と魔族双方の張り合いに関わろうとしなかった」


「では」

 ユギオは、興味深そうに船窓の外の景色を眺めた。

「ここはつまり」


「先の争い以前から、ずっと―――ずっと遙か昔ら、気象コントロールによって周辺から断絶して、純潔を保ちながら管理・支配し続けた島。それがここです」


「気象コントロール?」


「ええ。島周辺は人間の船舶が航行できない程、強い渦潮が取り巻いていますし、衛星軌道上より高くまで筒状に伸ばされた魔法防御が生み出す嵐―――気象上の嵐と、電子装備なんて一発でオシャカにする電磁嵐の双方が外部からの侵入者全てに立ち向かいます。

 ですから、今の人間の技術なら中をのぞこうとしたって無理というわけですね」


「完全な箱の中なんですね」


「そうですよ?」

 ダユーは嬉しげに答えた。

「だから、この島は昔からアークと呼ばれていたのです」


アーク

 ユギオは、少しだけ考えていたが、何を思ったか、突然苦笑を漏らした。

「成る程?」


「どうしました?」


「現在、この島の管理をしているのは?」


「当然、獄族ですけど」

 ダユーは言いかけて言葉を止めた。

「―――実情は、人間達の自治に委ねています」


「人間?」


「ええ」

 ダユーは答えた。

「人間の規格を作る時、神族の規格“アダム”と、魔族の規格“エヴァ”が存在したのはご存じでしょう?」


「そりゃまぁ」

 ユギオは曖昧に頷いた。

 話があまりに飛躍しすぎている。

「……知識としては」


「計画は妥協点として、互いのプロトタイプ同士を遺伝操作で掛け合わせることになりましたけどね?

 この人類製造プロジェクト自体に関して、獄族は獄族で独自の規格を用意していたのです」


「初耳です」


「でしょうね。“アダム”と“エヴァ”の規格ばかり話題になって、獄族の規格の“リリス”なんて開発当時、メディアでは取り上げられることさえ希だったと聞きますし。

 肉体労働重視の両族に対して、自然界における一種族という立場をとる獄族の規格は都合が悪かったんでしょうね」


「つまり、ここにいるのは“リリス”の規格で作られた人間?

 わからないなぁ。

 自然界における一種族って、つまりは何です?

 被創造物に対等の立場を与えるとでもいうのですか?」


「少しどころか、全く違うんですけどね?とにかく、“道具”としての生命体を作り上げることは、魂を管理する獄族のモラルに反します。それは確かでしょう―――まぁ、見ればわかりますよ。彼等を見れば」


「……はぁ?」

 ユギオは首を傾げた。

「僕の推論、かなり自信なくなりましたけど、とにかく、ここに?」


「考えたものですよ。イツミも」

 ダユーは従兵に紅茶を求めた後、席を立った。

「確かにここなら、人類は絶対に入って来ることはない。神族も魔族も、まさかこことは思いもしないでしょうし」


「最後に教えて下さい」

 ユギオは訊ねた。

「ここの地名は?」


「カナン島です」



「規模的には」

 偵察機を出すことも出来ず、ただ、窓の外の景色を眺めるしかないフェルミ博士は、相変わらずのポーカーフェースで、呟くように言った。

「30キロほどの火山性の島―――か」

 博士が注目しているのは、島が抱き込むようにして存在するその湾だ。

 湾の内側から外へ向けて、岩石が波状に放射状に走っているのは、巨大な爆発があった証拠。

 つまり、この島はクレーターの外縁だと判断できる。


「かなり大きな火山性の爆発のクレーター。その意味では葉月湾と構造が類似している」

 うーむ。

 博士は腕組みしてしばらく考えた後、

「艦長」

 艦長席の美夜に訊ねた。

「下に降りることは出来ますか?」


「さぁ」

 美夜の視線は、艦橋入り口にいる魔族達に向けられた。

「彼等がどういう命令を下すか。それ一つですね」


「……ふむ」

 フェルミ博士は、しばらく考えた後、魔族めがけて何事かを話しかけた。

 すると、魔族は驚いた顔をして、互いの顔を見合い、恐る恐るという感じでフェルミ博士に返事をした。

 驚く周囲を無視して、フェルミ博士と魔族のやりとりは数回続いた。

 最後に短い挨拶らしい言葉を告げた博士は、それ以上は不要といわんばかりに船窓の外へ視線を固定してしまった。


「あの?博士?」

 美夜が信じられない。という顔で訊ねた。

「今のは?」


「魔族と人類は会話が出来ないと思ったかね?」


「で、ですけど……博士が、魔族と会話できる言語を、どこで、いつ、習ったのか。それを知りたいのです」


「魔族と神族は共通言語を持っている。この共通言語は学ぶ気になればいくらでも学べる」


「どうやってです?」


「私が講座を開催しているよ。

 気になるならラスベガスに来たまえ。

 通信教育も良心的価格でやっている。魔族や神族は、この世界、様々な国家や組織に接触している。そういう連中に頼めば、簡単な会話程度は出来るようになる」


「それで。連中には何と訊ねたのです?」


「大したことではない」

 フェルミ博士はポケットからシガーケースを取り出そうとして、手を止めた。

「あの島の名前。ここに来た目的―――そんなところだ」


「で、どうなのです?」


「少佐。君の六分儀測定の結果は正しかったことが、魔族によっても証明された」


「嬉しいのか。悲しいのか」

 高木は複雑な顔で答えた。

「つまり、我々は今」


「そう。人類の誰もが超える事の出来なかった“カナンの大渦”の内側に存在する“龍の巣”あるいは“死の積乱雲”と呼ばれる嵐の内側。

我々、“見通者シーカー”にも割り出せなかった地上最後にして最大の謎の答えの中にいる」


「……こ、ここが?」


「左様。衛星でも高々度航空機でも侵入できない、いわばあの“絶対領域”というべき内側には、こんな世界が広がっていたのだよ。

 おめでとう艦長。

 君と君の艦は、何人も超えることの出来なかった領域を乗り越える人類史上最初の偉業をなしたことになる」


「記念撮影でもしておきたいですが、下手なことすれば……」


「そこの魔族は“いい”と言っている」


「いいんですか?」


「自分達が命じられているのは、通信を繋ぐことだけ。不審な行動があれば通報する義務はあるが、航行や通常業務を妨害する権限は与えられていないそうだ」


「副長。魔族を刺激しないように周辺のデータ収集を始めろ。指揮は」

 言いかけて、美夜はチラリとフェルミ博士を見た。

「―――博士。お任せしてよろしいですか?」

「私が?」

「これは専門家の指揮に入った方がいい。私はそう判断します」

「成る程?ならば」

 フェルミ博士はシートから立ち上がった。

「部下と機材をお借りしようか―――医務室で居眠りしている紅葉を叩き起こしてくれたまえ」




「どうなっているのよ?」


 外部と通信さえしなければ、何をしても自由。


 魔族からそう伝えられたものの、メサイアは、メース達に銃を向けられたままで、動かすことなんて出来るはずもない。

 別に作戦もなければ、書類仕事もない。

 つまり、美奈代達に出来ることは何もない。

 整備兵達は、むしろ“このメサイアは動きません!”と証明するかのように整備を始めている。 

 メサイアの足下で、ただぼんやりと整備の行方を眺めているのが、美奈代達に出来る精一杯だ。

 ヒマをもてあました皆が思いついたのは、紅葉の見舞いだった。

 TACタクティカル・エア・カーゴが一回転した際、シートから投げ出された紅葉は、頭を激しく打って意識不明に陥り、すぐに医務室に担ぎ込まれた。

 皆はそう聞かされていた。





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